推しの言葉だけを信じろ!

佐久間清美

本編

開幕

推しのための人生

 平凡な毎日。


 朝起きて、身支度を整えて。


 電車に揺られて出社。


 所謂ブラック企業なうちは定時に上がれるはずもなく。


 残業を毎日こなす。


 精神がすり減っていく日々に一筋の光が差したのは、運だったとしか言いようがない。


 同期が「一緒に行くはずだった人がダメになった。お願いやから一緒に行って」、とアイドルのライブに誘ってきた。


「一人で行けばええやん」


「ぼっち参戦は嫌なんよ」


 人見知りでアイドルなんか興味がなく、テレビもほとんど観ない私。


 今人気急上昇中だという女性7人組の『RAINbow』のことは勿論知らんかった。


「お願いっ」

 

 土下座する勢いで頼み込まれてしまい、断れんかった。


 会社で唯一の友人やし。


 いつも助けてもろとるし。


 そんなこんなで初参戦したライブで、私は運命の出会いを果たした。


 林樹那じゅな


 腰まであるロングヘアをハーフアップにし、ピンクのインナーカラーをいれた彼女。


 後からその色がメンバーカラーやと知った。


 悲しい曲では、今にも泣きそうな表情。


 楽しい曲では、照明よりも明るいんじゃないかっていうぐらい満面の笑み。


 気づいたら彼女をずーっと目で追っとって、彼女は人生初の『推し』になった。


 その日から私は推しのために生活を変えた。


 まず、会社を辞めて在宅ワークに切り替えた。


 Webデザイナー。


 元々そういう仕事をしとったから、在宅にしたところでなんの不便もない。


 次に関西から東京に引っ越した。


 RAINbowは月に数回ライブを行うから、いちいち関西に戻るよりも拠点を移した方が長い目で見て安い。


 浮いたお金でCD積めるしな。


 今日は待ちに待ったライブの日。


 髪の毛を真っピンクにして参戦すんねん。


 周りを見渡したら、派手髪なんは私ぐらい。


 みんな仕事しとったり学生やったりするからな。


 いい意味で目立ってええねん。


 樹那様と何回も目が合うし。


 え、気のせいちゃうかって?


 ちゃうちゃう。


 そりゃ周りに樹那様推しはおるけど。


 目が合ったと思ったら合っとるねん。


 因みに、箱推しではなく単推し。


 樹那様以外興味ない。


 他担には悪いけど。


 平凡で退屈な日常に、天使のごとく現れた推し。


 自分の名前を覚えてもらうために、一人称が「樹那」なとこ。


 表情管理が完璧なとこ。


 見ているだけで心が浄化されるとこ。


 グルの中で一番歌が上手いとこ。


 全部ぜーんぶ大好き。


 やから、なにがあっても推しを信じる。


 推しを馬鹿にするヤツは絶対に許さん。


 自分の人生をかけて推しを愛して守る。


 それが私の生き方や。

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