37.雷霆と氷結


 冷気の一閃が奔る。


「───ッ‼」


 俺は、それを受けて、とっさの回避を選択。


 その直前まで俺がいた場所が凍てつき、氷で覆われる。そんな氷結の一撃を辛うじて回避することに成功した俺は、そのまま壁を蹴り、天井を走って、シエラに肉薄する。


「ハッ!」


 斬撃。


 振るわれた刀の一撃を、しかしシエラはやすやすと避けてのけた。


「素敵。心的外傷を乗り越えたあなたは、こんなにも素晴らしい魔導師なのね」


 あまつさえ、くすくすと笑ってそう返してきやがるシエラに俺は舌打ち。


 戦闘中にもかかわらず余裕顔を浮かべる彼女は、そのまま腕を振り上げ魔力を発する。


 放たれたのは、やはり氷結術式。


 さすがユリフィスの人間と言うべきか。


 出の速さも、威力も、規模ですらもその氷結系術式は、生半可な魔導師のそれを超える。


 防性術式は間に合わない。


 回避一択。地面を蹴り、俺は素早くその攻撃範囲から逃れた。


「あら、そこに逃げてはだめよ」


 だが、それをシエラは読んでいた。


 シエラによって瞬時に形成された氷槍が、俺へ襲い来る。


 砲弾もかくやというすさまじい勢いで襲い来るのに、俺はとっさに【防壁】を展開。


 俺の防性術式とシエラの攻性術式のぶつかり合いは──なんとか俺の方が勝利を収める。


「さすがね。それなりに渾身の一撃だったのだけど」


 感心するような表情を浮かべるシエラに、俺は顔を歪めながら言い返す。


「ぬかせよ。こんな古い魔法にしてやられるほど現代魔導師はヤワじゃない」


 いま、彼女が使った魔法は、どちらかと言えば三百年以上前、第三マキアと呼ばれる魔法革命が起こる以前に使われていた旧式の術式だった。


 現代から見れば、古い、いっそ古典芸能じみた魔法をシエラは使っている。


「ふふ。ごめんなさいね。私も長い時を生きた古い魔導師だから、どうしても戦い方まで古いものになってしまうのよ」


「……そうかよ……」


 そうのたまうシエラに、しかしそれがバカにできないものだと俺は理解する。


 以前、ユキナを攫った連中もこの手の古い魔法を使っていたが、そいつらが使う魔法と比べてシエラの使う術式のなんと高威力なことか。


 おそらく、帝国が建国されるよりもはるか以前からこうして魔導師同士の戦闘に明け暮れてきたのだろうことがうかがえる戦闘力。


 三百年以上の重みとなって、露わとなる威力に、現代魔導師としては天才と称される俺ですら、侮れない力があった。


 そうして古くも強力な魔導師を向こうに回しながらも、俺は一度視界の端にこの戦いを見守るユキナを収める。心配そうな顔をこちら絵へ向けるユキナ。


 俺はそんなユキナの姿を見た上で、改めてシエラを真正面から見やった。


「……つくづく邪魔だよな。あんたら、俺とユキナが結婚するのがそんなに嫌か?」


「あら、当たり前でしょう。ユキナ・ヴァン・ユリフィスの才能は私達ユリフィス家の手の中にあってこそ完全な価値を持つものよ。それをどこの馬の骨とも知れない魔導師にかっさらわてはたまらないものも」


 こちらことをさらりと愚弄し、あまつさえユキナの人権についてはなんの価値も見出していないシエラに俺は唾棄するような思いを抱く。


「そうかよ……だったら、それを否定するためにもここを押し通らせてもらうッ!」


 叫んで、俺は駆けだす。


 シエラへ向かって肉薄しようと迫る俺へ、もちろんシエラも見逃さない。


 魔力を熾すシエラ。この一瞬後に猛烈な冷気が俺を襲うのは想像に難くなかった。


 だが、彼女のそれは間に合わない。


 シエラが術式を完成させるよりも先に俺が【加速術式】を発動したからだ。


 現代魔法はシエラが使う旧時代の魔法よりも洗練されているがゆえに、発動速度は速い。


 その中でも単純な術式である【加速術式】ならば、その発動速度は圧倒的だ。


 結果、俺はシエラが魔法を発動するよりも先に肉薄することへ成功した。


 駆け抜ける銀色の一閃。


 振るわれた刃は、精確にシエラの銅を捕らえ、切り裂こうとする──


「まあ、危ない」


「───⁉」


 防がれた。


 俺の刃を受け止める半透明の壁。


 それは第二種防性術式【防壁】──


「現代魔法を……⁉」


「古い魔導師だからと言って、いまの時代の魔法が使えないわけじゃないのよ」


 シエラがそう告げると同時に、彼女が事前に展開していた魔法が発動した。


 冷気が俺を襲う。


「───」


 すべてを凍てつかせる冷気にさらされ、俺はとっさに防性術式を展開も間に合わない。


 右半身を強烈な冷気に凍てつかされ、すさまじい激痛が俺を襲う。


「ハルくん!」


 攻撃を受けた俺を見てユキナがたまらず悲鳴を上げる中、俺はシエラから距離を取る。


 ユキナのそばまで後退しながら、俺は顔を歪める彼女へ、安心しろ、と言う視線を向けた。


「……大丈夫だ、ユキナ。たいした傷じゃない」


 強がり半分ではあったが、そう俺は少女へ請け負う。


 一方のシエラはクスクスと面白がるような笑みを浮かべていた。


「本当に素敵。好きな女の子のために体を張れる男性はカッコいいと思うわよ」


「ぬかせよ。テメェにそんなことを言われても嬉しくもねえ」


 俺はシエラを睨みつけつつ、左手だけで刀を構える。


 右腕は先ほどの攻撃でもう動かない。それ以外の全身もここまでの戦闘で満身創痍。


 一方のシエラには、ろくな傷がなかった。


 ここまで何度も攻撃を試みていたのに、そのすべてを防がれていた──それがこの結果だ。


 そうして無傷なまま立つシエラが、傷だらけの俺を見やり、その両目を細める。


「どうするのかしら? 私はあなたよりも強い。いまの満身創痍な状況からもわかるように、このまま続けていれば、遠からずあなたの方が負けるわよ」


「……そうだな。純粋な魔導師としての実力だけならば、あんたのほうがずっと強いよ」


 ……業腹だが、認めよう。目の前の魔導師は強い。


 転生者といえども、せいぜい十数年をこの世界で生きただけの俺と三百年以上、魔導師の世界で生き続けてきた魔女とではあまりにも隔絶した差が横たわっていた。


 それを、俺は認めた上で「だが、それでも」と口にする。


「だけど、勝ち目がないわけじゃない」


「……? それは、どういうことかしら」


 怪訝な顔を浮かべるシエラ。


 それに対して、俺は口の端を吊り上げて、彼女を見やる。


「ここまで戦ってきてよくわかったよ、シエラ・ユリフィス。あんたの弱点を、な」


「それは──」


 俺の言葉に、シエラがなにかを告げようとした。


 そんなシエラに先んじて、俺はそのことを口にする。


「あんたのその魔法は【氷禍】──


 つまり、あんたは、


使……そうじゃないのか?」


 俺の言葉に、そこではじめてシエラの顔が歪んだ。










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