22.君はあなたを英雄と言う。でもあなたを俺は認めない
街が燃えていた。
帝国は中央領邦である帝冠領の大都市インサムディア。その郊外にあたる住宅街がいま、ごうごうと燃え盛る炎に包まれている。
その間を跋扈するのは巨大な怪物。
全長にして
汚染魔力によってその生命の在り方を歪められた生き物の成れの果て。
そんな【魔獣】達が跋扈する住宅街の中を俺は駆ける。
「───」
腰部の跳躍機動装置から杭を打ち出し、それをすぐそばの建物に打ち込む。
鋼線を巻き取る力と背部から噴射する電子噴流によって加速力を得て自分自身の体を砲弾のように前へ向かって跳躍させた。
そそり立つ火柱を割り、遠心力と張力で加速を得てすさまじい速度で宙を翔ける。
すると目の前に巨大な影が見えた。
【魔獣】だ。
昆虫のような節足。人間のような胴体。牛のような顔面。
優に八本はある腕を振り回し暴れ回る怪物の姿を俺は捉えて、そちらへと加速した。見やれば、その足元には人影がある。
「───!」
杭を打ち出し、建物に打ち込むと俺はその名称の通り空中ブランコがごとく振り子運動を使って【魔獣】の足元にいる人影へ手を伸ばす。
「えっ」
「確保ッ‼」
少女を抱き上げ、そのまま俺は跳躍機動装置を吹かし、振り下ろされた魔獣の腕をかいくぐり、一度離れたところにある建物の屋上へ対比する。
「!!??!?」
横抱きにしたまま屋上に着地した俺を見上げて、狼狽した表情を浮かべる少女。
俺はそんな少女を怪我しないようにそっと下ろしてやりながら彼女を見上げた。
真っ暗な暗闇の中、炎だけが周囲を照らすそこでも際立つほどに透き通った青い瞳が特徴的な女の子だ。
そんな女の子は困惑した眼差しで俺を見上げていて、
「あな、たは……?」
「俺か? 俺はマグヌス。猟兵マグヌス・レインフォードだ」
猟兵として名乗る名を口にしながら俺は後ろへ振り返った。
そこにはいまだ魔獣達が跋扈している。その中の何体かが俺達の方へ気づいたらしく、こちらへ接近してこようとする姿勢を見せていた。
俺はそれを見て、やれやれ、と首を振りながら腰元に刺した刀に手を伸ばす。
「なんで、あんな場所にいたのかは聞かねえ。その代わり、ここでおとなしくしていてくれ」
そうすれば、
「俺がここら辺すべての魔獣をぶちのめすから」
告げて、俺は一歩を踏み出した。
☆
「──そうやって、私を助けてくれたマグヌスさんは、告げると同時に跳躍機動装置から電子噴流を噴射させて、瞬時に跳躍し、周辺の魔獣達を瞬く間に倒していったんです」
「へ、へえ」
胸元に手をあて、大切な思い出を語るように言うユキナ。
俺はそれを聞いて、顔をひきつらせた。
──あ、あの時の女の子か……⁉
二年前のインサムディアの魔獣災害に猟兵として出動した際、確かに俺は一人の少女を助けている。それがどうやらユキナであったらしい。
「あの時から私はマグヌスさんに憧れているんです。彼のような魔導師になりたい……そこまで言わずとも彼ともう一度会った時に誇れる自分でありたいために、せめて魔導師としては立派でいようと心に決めているんです」
「お、おう」
顔から火が出そうだ。
それぐらいいまの俺の顔は火照っていた。もちろん、羞恥心で。
「いやー、でもユキナが、お……マグヌスに憧れているなんて知らなかったなー」
白々しくそう告げる俺にユキナは視線を宙に向けた。
「でも、ここ一年ほどマグヌスさんの活躍がないんですよね。それ以前ならば魔獣討伐などで情報も出ていたのですが……」
「……そうだな……」
ユキナの言葉に俺は彼女に気づかれないように目を伏せながら答えた。顔を背けなるべくこちらの感情を読み取られないようにする。
「なにがあったんでしょうか。確か年齢で言えば、私達と同じだったはずなので、病気などではないと思うのですが……」
心配そうな声音でユキナが言う。
俺はそれをちらりと見やりながら、素知らぬ声を装って返答した。
「さあな、もしかしたら今頃、俺達と同じく魔導高専に通っているかもしれねえぜ」
俺の言葉にユキナもこちらを見返してきながら「そうですね」と告げる。
無意識なのか、口角が上がっている彼女の表情を見やりながら、俺はユキナに気づかれないようひっそりと嘆息を漏らした。
──ユキナには申し訳ないが俺がマグヌスだってのは言えねえんだよなあ。
内心でそう独り言ちながら、俺は視線を窓の方へと向けた。開けっ放しのそこにはユキナに寄り添われた俺の姿が映っている。
頭の半分が黒で、下半分が金色をした眼鏡姿の少年。
マグヌス・レインフォードとは似ても似つかないその姿を見て目を細める俺は、窓越しに隣り合うユキナを見詰めた。
彼女は純粋に、マグヌスに対して憧れを抱いているのだろう。
それ自体は少女の想いだ。この文明社会が発展した神地世界のアルカディア帝国において、彼女のその意思を否定する言葉を俺は持たない。
ただ、それでも俺は〝マグヌスが好きだ〟と言ったユキナの想いに複雑な感情を抱かざるを得なかった。
「……あんな■■■に憧れるなんて止めたらいいのに……」
口の中だけでそんな呟きを俺は漏らす。
「……? ハルくん、なにか言いましたか?」
俺の小さな呟きをかすかにでも聞き取ったのだろう。首をかしげてこちらを見やってくるユキナに、俺は首を左右に振る。
「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」
笑って俺はユキナに振り返った。
勉強を頑張るユキナはそんな俺の視線を受けてふんわりと微笑みを浮かべる。
同時に、俺は先ほど呟いた言葉を今度は、思考の中だけで呟く。
そうだ。止めらたらいい。あんな──
──親友を殺した男に憧れるなんて。
内心でそんなことを想いながら俺は過去を追想する。
俺自身が犯した、これ以上のない罪の記憶を──
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