第11話 アルガイアー暦375年6月4日 -3-

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付与術エンハンスの可能性は無限大なんですよ! 多くの人、それも当の付与術師ですらも誤解していることですが、身体対象付与エンハンス物質対象付与エンチャントんですよ。

 エンハンスの『本質』は、にあるんです!

 これは腕力とか脚力とか、そんな部分的な話とは全然レベルが違っていて、人類そのものを『次』の段階へと持っていくものと言っても過言ではないとわたしは考えているんですよね。

 そもそも今の世の中のエンハンスの使い方は全然なってない! 無駄なことをやっているとしか思えない!

 例えば『筋力強化』のエンハンスを使ったとして、『1割』しか上がらないから効果を実感できないって――それはそうでしょうよ。

 だって、筋力だけを上昇させたって、身体がついていけるわけないんですから。

 やるなら筋力と同時に最低限心肺機能も同程度に強化する必要がありますし、欲を言えば反射神経と動体視力も強化しておきたいところですよね。そうしないと身体は1割速く動けるようになった分、息切れもすぐですしそもそも酸欠で倒れちゃいますから。それに結局のところ『頭』がついていけなければいくら強化したって意味がないですよ! 例えるなら乗馬ですかね? 乗馬のスキルを持っていたとして、いつも乗っている馬から一回り大きな気性の荒い馬に乗り換えていつも通り乗れますか? って話です。一回りでは大丈夫でも二回りでは? 一角馬ユニコーンは? あるいは馬ではないけど騎乗できる四足動物なら? 出来る人はごくごく限られた人だけだと思いますよ、わたしは。

 つまり、エンハンスは原理的に『無理』をどうしても内包してしまっている魔法なんです。

 じゃあなんでエンハンスの可能性が無限大かというと、さっき話した『本質』に関わるところなんですけど、筋力強化なんてにだけ目を向けてると一生気付くことはないんですよね。

 いえわかりますよ? エンハンスを必要とする時って、大体が『戦い』ですからね。ちょっと重たい荷物を持ったりとかそういう時にも使えはしますけど、難易度に見合ったもんじゃない。普通は使いませんよね。

 もっと皆『本質』に目を向けて欲しいと思いますね! そんなんだからいつまでたっても人類は進歩しないで同じことを繰り返すんですよ!

 そんな人類を救済するべくわたしたちが長年必死に研究しているっていうのに……ああ、もう皆して邪魔をして!!!」


 段々と興奮してきたイザベルの目には、あたしも、目的の一つだと語っていたフィオナの治療も映っていない。

 ガリガリと頭を搔きむしりながら苛立たし気に、そして異様な早口でぶつぶつと呟いている。

 ――が、ぐりん、とイザベルの首があたしの方へと傾く。

 気持ち悪い。

 人間の女性の姿をしているというのに、その時あたしにはイザベルが獲物を見定めた蛇のように見えた……。


「ああ、ごめんなさい、マゼンタさん。つい興奮してしまいました……マゼンタさんに愚痴を言っても仕方ありませんよね。

 えーっと、それでエンハンスの『本質』と無限の可能性ですけれど、『本質』とはあらゆる身体能力の向上と言いましたよね? そして無駄な使い方の代表例でもより効果的にするには、心肺機能等も合わせて強化しないといけないとも言いました。

 そう、エンハンスの真骨頂はとわたしは悟ったんですよ!

 …………あ、筋肉とか骨もまぁ内側といえば内側ですけどね。そこは置いておいて――

 じゃあそれがなぜわたしの最大の目標である『人類の救済』に繋がるか? なんですけど……大きく3点あります。

 まずは、なんだかんだで有用であることは否めない、ですね。

 同じ構造の肉体ですけど、人間と魔族・獣人には大きく差が出来てしまってるので、あくまでも人間向けがメインになっちゃいますけど……大型の魔物に襲われた時の護身用とか、災害に巻き込まれた時等の生存率を上げるためとか、そういう時にはやはり肉体強化は必要だと思うんです。その時に中途半端な強化で意味がなかった、ってことにならないように、内臓機能の強化を無理なく行えるように技術を磨きたいんですよね。

 2点目は、わたしが『人類の救済』を目標としたきっかけの一つである、です。

 たとえちゃんとした食べ物がなかったとして、適当な草とかを食べてそれが原因で死んじゃうことだってありますよね?

 でも、内臓――消化・吸収・毒素の分解と排出、それに免疫機能とかを強化すれば、極論ですがありとあらゆるものを食料にすることが可能となるとわたしは考えたんです。もちろん限界はあるでしょうし、栄養素の全くないものを食べられるようになっても意味はないですけどね。

 最後の3点目。これはわたしもまだあまり目途が立っていないのでお話しするのは少し気恥ずかしいのですが……『不老長寿』を実現するためのアプローチとして有効ではないか、と考えているためです。

 あ、ちなみになんですけど、わたしが飲んだ『不老不死の霊薬』はもうないんですよね。から貰っただけなのでわたしも作れないし、委員長ももう作らないと言ってました――まぁわたし個人としては、長生きはできればいいことだとは思いますけど、『不死』ってのはいいものじゃないと思いますね。世の権力者たちはよく不老不死を望んだりするみたいですけど、あまり理解できないですねぇ……ま、おかげで研究する時間がいっぱい取れるからいいですけど。

 わたしだけじゃなくての人とかも色々と研究して、どうやら人間――いえ、生物の身体には『限界』があるってことがわかってきています。個人差はあるし、病気とか健康状態によっても左右されるので確たる『限界』はわからないですが……わたしはその『限界』を付与術で引き延ばせないかを考えているんですよ。もちろんずっと付与術を使い続けるわけにもいきませんので、実現するには付与術以外の方法が必要になってくるかもしれませんが……」


 ……頭が混乱してくる。

 一体、こいつは何を言っているんだ……!?


「それでですねぇ、話は大きく戻りますけどもぉ――」


 興奮が収まったのか、早口は収まりいつもの口調へと戻る。


? えっと、いくつ目的があるって言いましたっけ? ……まぁいいかぁ。

 1つ目はフィオナさんの奇跡を間近で見せてもらうこと、は言いましたよね。

 ……あれ? フィオナさん? 治療はどうしました? 手が止まってないですか?」

「あっ、ひっ……!?」

「そうそう、しっかりと治してあげてくださいね。見てないようで、ちゃーんと見ていてあげてますから。

 ――それで、さっきまでついつい熱く付与術について語っちゃいましたけどぉ……」


 ……蛇のような目であたしの顔を覗き込みながら言った。


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