三の贖罪 亡き家族
自分で言うのもなんだが、俺はエリートだ。保険会社のお偉いさんで、なにもせずとも金が手に入る。たまに客と話すぐらいだな。
コンコンッ
部屋にノックの音が響く。
男「入れ、用件はなんだ?」
入ってきたのは男の部下。弱々しく、反発ができなさそうな女性。
「新しく保険に入りたいという方がいらっしゃって…」
男「年齢は?」
「七十代です…」
男「そんなの金の無駄だ。放っておけ。」
「しかし、我々を必要と…」
男は机を叩き言う。
男「若い奴らに入らせれば、保険を使うことなんてほぼないだろう?こっちの丸儲けってことだ。逆はどうだ?老い先短い奴らに入らせれば会社の金は失くなるんだよ!次からは最初から断れ。いいな!?」
「…はい、わかりました…申し訳ございません…」
そう言って女性は部屋を出た…
男「ふっ…馬鹿な奴しかいねぇな。この世の中はよ…でもその馬鹿のおかげで俺はいい生活できてるってんだ。ちょろい世界だぜ。」
男はそのまま定時で会社を後にした。
男「今日も楽勝でしたっと…下積み時代が嘘みてぇだな!あの頃はゴミだったぜ。何もかもな。俺を評価しない上司も、周りの使えない奴らも…」
独り言を言いながら、駐車場の車に向かう…
ザッザッザ…
男「!?誰だ…?おい!誰かいるのか!」
返事はない。
男「ふざけてるんじゃねぇ!俺を誰だと思ってやがる!」
「クズだな。」
男「なんだ…」
男の首に注射針が刺さる。
男「いっ…!なん…だこれ…?いし…き…と…」
男は倒れた。それを誰かが引きずって連れていく…
「うーん…今日も言えなかった…」
先程の女性が駐車場を通る。
すると…彼女の目に入ったのは…連れ去られる上司と、お面を被った誘拐犯だった。
「誰…!?なにして…警察!」
彼女は急いで警察を呼ぶ。しかしその間に男は連れ去られてしまった…
警察が到着する。
警察官「誘拐ですね?どこに行ったかわかりますか?」
「わかりません…そこを車で右に曲がったのは見えたんですが…」
警察官「右…犯人の特徴は?」
「黒っぽい服を着ていて…何かのお面をつけていました。」
警察官はとても驚いた表情で…
警察官「お面!?また'あいつ'なのか…!?いや、断定は難しい…」
「何か別の事件が?」
警察官「あまり詳しくは言えないんですが…同じような人物を目撃したという方がいるんです。こちらでも調査しているんですが…」
「そうなんですね。お力になれずすみません…」
警察官「いえいえ!ご協力感謝します。家まで送ります…」
そして女性は家に帰っていった…
男「いってぇ…ここはどこなんだよ…!?」
男が目を覚ますと、そこには…
「あんた誰よ!ここに連れてきた犯人ってわけ!?」
男「はぁ!?俺じゃねえ!お前こそ誰だよ?」
知らない女性と同じ部屋に入れられていた。
お互いパニックになっていて、口論になる。
すると…
プツッ
近くにあったテレビの電源がつき、ビデオが流れ始めた。
「目を覚ましたか。ここは贖罪の場所…お前たちは罪を犯した。アーロン、貴様は保険会社で高齢者を突き放し、若者に漬け込み金を稼いでいる。マリア、貴様は高齢者の家に空き巣をして、その生活を破綻させた。お前たちの罪は重い。この場所から脱出できるかは君たち次第だ。己の罪を…自覚しろ。」
アーロン「ふざけるんじゃねぇよ!俺は悪くない!」
マリア「私だって、生きるために仕方なくやってるのよ!」
テレビに叫び続ける二人。
その声を止めたのは…
タイマーの音。カチカチと音を鳴らしている。何かのタイムリミットの様に。
アーロン「なんなんだ!?この部屋どうなってやがる!」
マリア「待って!何かのタイマーだとしたら、私たちの命が危ないわ!ここは冷静になりましょう?」
マリアの一言で、一旦落ち着いた。
アーロン「落ち着け落ち着け…探索しよう。…この部屋…なんか壁が妙じゃないか?タイルが剥がれかけてるっていうか…」
二人はタイルを剥がし始める。
すると…
マリア「これ、ドアだわ!早く剥がして!」
必死にタイルを剥がし、ドアを開ける。
二人とも我先にとドアを開けようとする。
アーロン「俺が先だ!ちょっとぐらい待てよこのクソアマ!」
マリア「なにその口…!…わかったわよ!早く入って!」
二人はドアの奥へ進み、急いでドアを閉める。
ドカンッ
二人がいた部屋に爆発音が響く。
アーロン「間一髪だったな…」
マリア「あんたのせいで死にかけたわ…」
二人が入った部屋は、バスタブが中央に置かれていて、その先にドアがある部屋。しかしドアには錠前がかかっており、鍵無しには開けられなかった。
二人はバスタブを覗き込む…
バスタブの中は濁り、酷い匂いがする液体で溢れていた。
そして…何かが蠢く影…
アーロン「この中に何かあるってことだよな…」
マリア「あんたがやりなさいよ。」
アーロン「はぁ!?俺はタイルのヒントを見つけた!お前は何もしてないだろ!」
二人はまた口論になる。
マリア「私はあんたがドアに入る権利を譲ったでしょ!?」
アーロン「あーもうまどろっこしい!」
アーロンはマリアの腕をつかみ、バスタブに突っ込んだ。
マリア「ちょっ…なにし…」
ブチッ
マリア「いっっ!指…私の指は…?」
自分の指を見るマリア。その指は一本引きちぎれていて、バスタブに浮かんでいる。
マリア「きゃぁぁぁぁあ!!何よこれ!?痛い…!痛い…!あんたのせい!全部あんたのせいよ!」
水面にカミツキガメが顔を出した。
指を食いちぎった正体はカミツキガメだった。
アーロンは急いでカミツキガメをバスタブから出し、部屋の隅に追いやった。
アーロン「これで安心ってわけだ。指一本でよかったな。保険きくぞ。」
マリア「ふっざけんな!!私の指どうしてくれるのよ!血もだらだらでてるし…すごく痛い…訴えてやるからね!」
アーロン「いいさ、好きにやれよ。俺はエリートだ。金なんぞいくらでもあるからな。」
バスタブの栓を抜き、底を確認する。
アーロン「鍵あったぞ。ほら、早く!」
急かすが、マリアは痛みに悶えている。
だが、そんなの気にせずアーロンは先に進む扉を開ける。
マリア「待ちなさいよ…私も行くから…!」
指に破いた服を巻き付けて応急処置をしたようだ。
アーロン「最初からそうしろ。ほら、行くぞ。」
二人は先へ進む。
次の部屋には…一つの等身大の透明ボックスが置かれていた。
しかし…
マリア「なによこれ…コウモリだらけじゃない…!」
吸血コウモリたちが、中で羽ばたいている。
アーロン「これで何しろってんだ?」
すると部屋の隅にあったテレビがつき、ビデオが流れ始める。
「ここに来るまえ、お前たちは何かを失っただろう。カミツキガメによって。ここからは協力ゲームだよ。手を入れられる穴が透明ボックスにあるはずだ。それから、鍵が足についたコウモリを掴め。簡単な話だ。二人で協力して腕を入れて、コウモリを掴み続ければいい。噛まれる痛みが伴うだけだ。」
そしてビデオは終了した。
アーロン「決まりだな。」
そう言うと、アーロンはマリアを掴み、手を穴に入れさせる。
マリア「やめて!お願いだから!」
叫ぶマリアをよそに、吸血コウモリたちはマリアの腕に噛みつく。
マリア「ああぁぁぁぁぁ!!痛い!やめて!お願いよ!」
アーロン「早く掴め。そうしたら早く終わるぞ!」
マリア「くそ!くそ!これが終わったら殺してやる!」
コウモリを掴み始める。
五分ほどたち、やっとの思いで鍵がついたコウモリを掴んだ。
穴から手を抜き、穴の扉を閉める。
マリアの腕から血が滴り、床に溜まっていく。
マリア「っっっっ!!取ったわよ!このくそ野郎が!」
アーロン「いくらでもほざけ。俺は行くからな。」
マリアなど気にも止めず、アーロンは先へ進む。
すると…
アーロン「出口!?出口だ!やっと出られる…俺はじゆ…」
バァンッ
銃声とともに、アーロンが倒れ、若者が入ってくる。
アーロン「いっっっ!!なんだてめぇら!俺を誰だと思って…」
「クズだよ。」
そう言って、銃を持つ若者がアーロンを射殺した。
「俺らはお前たちのせいで家族を失った。癌になったのに金がないからと…首を吊って…!」
一人の若者が泣きながら言う。
「私たちは…あんたを許さない…!死をもって償え!!」
マリアに銃を向ける。
マリア「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…許されないなんてわかってる…それでも、私はあなたたちの家族を奪った…ごめんなさい…!!」
一瞬、銃を持つ手を震わせ…
「それで母さんは帰って来ない!!」
マリアも続いて射殺された…
泣き崩れる若者たちの背後にダリアが現れる。お面を被って。
ダリア「あなたたちの復讐は終わった…彼らの贖罪も、同時に終わった。」
「ありがとう…でも…私たちはどう生きたら…?」
復讐を終え、生きる希望を失った若者たち。
ダリア「亡くなった家族のためにも…生きて、生きて、生きるしかない…それを、お母様たちは願っていると思います。」
ダリアは被害者たちに寄り添い、そう言った。
「復讐の方に…お礼を言っておいてください…私たちは頑張って生きます。苦しいけど、生きます。」
そういい、若者たちは去って行った…
贖罪 月島ノン @tukisimanon
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