第57話 一撃

 野営地の外を走っていると、すぐに異変に気付く。


 これは慣れ親しんだ空気感……戦いの匂いだ。


「……風の結界!」


 匂いがする方に最大の結界を伸ばし、音を拾おうとする。


「くそっ! 数が多すぎる!」


「情けないこと言うな! この先には学生達がいるのだ!」


「しかし、我々だけでは……!」


「わかってる! だが、フール殿が来るまで持ちこたえるぞ!」


 ……どうやら、広範囲で魔物が襲ってきてる?

 ここを突破されると、すぐに野営地の中にやってきてしまう。


「どうする? 勝手な真似をしていいものか」


 俺がいくら生徒の中では強くとも、実戦となれば話は別だ。

 何より、指揮系統を混乱させる恐れがある。

 その時、俺の側に見知った気配がした。


「ユウマ殿!? ……ここで何をしているのですか?」


「フールさん。いえ、少し運動をしてました。それより、魔物が襲ってきてるようですね?」


「気づいているのですね。ええ、なので野営地に入ってください。ここは、我々が何とかしますので。もしかしたら、防衛する際に手伝ってもらうことはあるかもしれないですが」


「ですが、あっちもだいぶキツそうですよ? ……俺は邪魔になりますか?」


 ここで邪魔と言うなら、大人しく防衛に回るつもりだ。

 多分、この人が野営地の中の冒険者で一番強い人だし。


「……いえ、貴方の実力は校長先生から伺っておりますので。おそらく、私でも勝てるかどうか……恥を忍んで頼んでもいいでしょうか?」


「いえいえ、まだまだ若輩者ですよ。ですが、俺でよければ好きに使ってください。ちなみに、俺の魔法なら一回きりですが敵を一掃できます」


 こういう言い方を出来る人は信頼できる。

 状況を把握した上で、プライドを捨てられる人は中々いない。


「本当に学生さんなんですかね? まったく、指揮系統には従うようにという手間が省けましたよ。では、今だけは命令をします。この先にいる魔物を倒すことにご協力をお願いします。多分、そこが一番数が多いはず。私は、右回りから魔物達を駆逐していきますので」


「わかりました、フールさんもお気をつけて」


「ユウマ殿こそ、無理はしないように」


 フールさんが走り去った後、俺は軽く伸びをする。

 これはライカさんに教わったことで、戦う前ほどリラックスするべきだと言われてきた。

 そうしないと、実力の半分も出せないとか。


「……他の箇所もあるけど、そっちは頼りになる仲間がいる。だったら、俺はまずはここを片付けるとしよう」


 足に風をまとい、その声のする方へ駆け出すのだった。





 ◇



 走ること数分後、戦いの音が聞こえてくる。


 オークにゴブリンにコボルト、更には上位種もいるみたいだ。


 何より、その数が多い……ここだけで数百体はいそう。


「ひるむなっ!」


「怪我人は下がれ!」


「は、はい!」


 ……まずは怪我人の治療が先か。

 俺は後方に固まっている人たちに近づく。


「君は……生徒じゃないか!」


「ユウマと申します。フールさんの許可を得ていますのでご安心を」


「その名前は……確か学生とは思えないと聞いていた」


「ひとまず、ここにいる方々に回復を……聖なる水よ、傷ついた者を癒したまえ——エリアヒーリング」


 青い光が彼等を包み込み、その傷を癒していく。

 回復魔法は同意じゃないから、重傷者がいなくて良かった。


「おおっ……! かたじけない!」


「これで我らも戦えます!」


「君は下がって回復に専念を!」


「いえ、ここは俺に任せてください……責任者の方はいますか!?」


 すると、すぐに銀の鎧を着た兵士さんがやってくる。

 体格も大きく、正に歴戦の騎士といった感じだ。


「私が責任者のモルグだ。まずは回復に感謝しよう。しかし、君は生徒のようだが?」


「ユウマと申します。フールさんから許可は得ていますのでご安心ください」


「君が……」


「俺の魔法で敵を一掃します。兵士達を一度下がらせていただきたい」


「……魔法の腕は校長先生から話は聞いている。わかった、お願いしよう」


「ありがとうございます。それでは、タイミングはお任せしますので」


 モルグさんが頷き、すぐに最前線に踵を返す。

 俺はその間に、目を閉じて特大の魔法を放つための準備に入る。






 ……きたかな。


 戦場の空気が変わったので目を開けると、そこには魔物達しかいなかった。


「ユウマ殿!」


「はいっ! 氷の波よ、全てを凍らせろ——アイスノヴァ」


「ギャキャ!?」


「ブルァ!?」


 俺の放った、幅数十メートルに及ぶ氷の波が魔物達を飲み込んでいく。

 徐々に外側に広がっていき……ほとんどの魔物を凍らせた。


「はぁ……はぁ……流石に全部はきついや。魔力も結構使っちゃったなぁ」


「……これは上級魔法……冒険者Aクラス級だと?」


「宮廷魔導師でも、打てる者は限られてるのに……」


「あ、後は任せて良いですか?」


「む、無論だ! 例は後で必ず! 皆の者、今のうちに殲滅するぞ!」


「「「はっ!」」


 兵士さん達が動くのを見送り、その場でひと息つく。


「さて、魔力はほとんど使ってしまったけどセリス達も心配だ」


 俺は急いで野営地へと引き返すのだった。



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