第29話

「昨日、美笛から電話があったんだ」


 僕は朝の教室で、晴希、翔人、紗奈の前で言った。

「マジで? 大丈夫なの? あんなことがあったばかりで。どうだった? どんな様子だった?」と紗奈が矢継ぎ早に聞いてきた。


「まだ元気とは言えない。暗い声も出してた。そりゃそうだよな。あんな酷いことされたら。でも、話してて、最後は少しだけ明るくなってた」


 晴希は「まあ、あれだけのことがあったら、すぐには元には戻れないよ。焦らずにゆっくりゆっくり、傷を癒やしていけばいいよ」


「クリスマスにでもみんなと逢えればいいなって言ってた」


「もうそんな前向きなこと言ったんだ。美笛ちゃんすごいね」と紗奈が言った。


「でもクリスマスパーティーって、このメンバーでしたことないから、やってみたいな」翔人が言った。


「パーティー出来るくらい、クリスマスまでに心の傷が癒えてたらいいね」と紗奈が言った。


「でも、あまり焦らせない方がいいよ。期日が決まってて、それが迫ってきてるのに心が回復してないと、追い詰められてしまうから」と晴希が言った。


「莉緒には伝えたの?」紗奈が言った。

「まだ。今夜にでも伝えようと思って」


「意地悪なこと言っていい?」紗奈が言った。

「こんなことがあっても、やっぱり美笛ちゃんが好き? 気持ちはかわらない?」


「変わらないよ。それで2人の絆が強くなったと思う。俺はこれからも美笛を支えていきたい。傷を癒やす大きな絆創膏になってあげたい。そう思ってる」


「莉緒のことは?」

「莉緒、手術するかもなんだ」


「嘘! 知らなかったんだけど」紗奈が言った。

「うん。ドナーが見つかれば、心臓移植するみたい」


「心臓移植?」晴希が言った。

「それ、マジ情報? すごいお金もかかるし大変なことだよね」紗奈が言った。


「うん、莉緒の祖父が土地を売って、心臓移植の費用を作ったみたい」これは前に莉緒の父親とうちの父親が話してるのを聞いたのだ。


「そんな、まるで医療ドラマみたいだ」翔人が真剣な顔で言った。


「そんな大変な時に、亜土は莉緒のことどうするつもりなの?」

「どうするって?」


「このままただの幼なじみで押し通すつもりなの?」

「莉緒もそう言ってるし」


「莉緒のほんとの気持ち考えたら、つらいよ。これから移植手術なんて大掛かりなことするかもしれないのに、心が誰かにすがりたくてしょうがないのに、その亜土の心の中には美笛ちゃんしかいないなんて」


「でも、亜土もつらいんだと思うよ。莉緒のことだって大事に思ってるよ、亜土は。でもそれが恋愛にならないだけで」と晴希が言った。


「でもつらいんだよ、好きな人に振り向いてもらえないって、心がぺしゃんこになるくらいつらいよ。その気持ち、晴希にわかるの?」紗奈が言った。


 紗奈は自分の切なさを晴希に伝えているのだ。


「わかるよ。好きな人に受け入れてもらえない気持ちなら。誰よりもわかるよ」


 晴希がLGBTだと聞いていたし、好きな人がいる話も聞いていた。だから僕にも晴希のつらさはすごくわかる。


「なんで誰よりもわかるの? 晴希好きな人いるの?」紗奈が言った。頬が紅潮していた。


「いるよ。好きな人。でも受け入れてもらえないと思う。俺なんか」


「誰? 私の知ってる人?」 

「それ、答えなきゃいけない?」


 僕は「もうやめよう。莉緒と僕とのことで、紗奈と晴希がケンカすることないよ」と言った。


 翔人が「今は美笛ちゃんの心の傷と、莉緒の手術のことを優先しよう」と言った。いつもまとめ役の晴希の代わりをしている。


「たしかに、そうだ。紗奈ごめん」 

「私こそ、ごめん」


 僕らはいい仲間だ。誰かがいつもと違うキャラに変貌したら、そのキャラを埋める役を誰かがする。

 

 僕はこいつらと友達になれて良かったと心から思った。

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