第2話 白金佐倉と村林由美
「白金佐倉様〜」
とある病院で名前を呼ばれ診察を受ける。
俺は精神科に来ていた。ネットのテストを受け病院に行ったほうがいいと書いてあったからだ。
近くの病院を検索し、口コミを見て良さそうなところを探した。
結果少し電車に乗らなければいけないが、銀座の街中のビルの5階にある病院を選んだ。
周りの人はみんな楽しそうに上を向き街を満喫している。
俺だけが下を向いて、誰にも表情を見られないようハットを深く被り歩いてる。
俺は常にスーツとハットをかぶっている。昔からだ。スーツを着ていれば自分が強くなれる気がした。ハットをかぶっていれば安心できる。それ故に執着してしまった。言わばスーツにハットは鎧であり、お守りに近い物たちだった。
「白金佐倉様〜」
診察室に呼ばれ入って行く。
ここまで来るのに、俺はかなり頑張った。重い体をベットから起こし、ようやく着替え、外に出た。電車の中も人が多くて敵わなかったが、吐き気も我慢してここまできた。
なのにこの診察室の扉を開けたら、いよいよ自分が弱い存在であることを認めざるを得ないのではないか。
などと考え動けないでいると先生からドアを開け、部屋に通された。
先生は少し若く見えた。30代前後に見え、すらっとしていて白衣と笑顔がよく似合う人だった。そんな先生に笑顔と心配を混ぜたような顔つきで、
「今1番辛いことは何かな?」
と聞いてきた。
「生きていることです」
自分でもびっくりした。何も考えずに気がついたらそう発言していた。涙が流れそうになりハットで目元を隠した。
「そっか。どこから話してもいいから話したいこと話してみようか。今まであったことでもいい。相談でもいい。なんでもいいからゆっくり話してみてくれないかな?」
しばらくは声を出せなかった。声と同時に涙も流れてしまいそうだったからだ。
気持ちを落ち着かせ少しずつ先生に色々話した。話の流れに関係なく、ぽつり、ぽつりと話していった。
「親にも迷惑かけちゃうし、頑張って働いても支払いでほとんどなくなって行く。税金も取られるし働いて国にお金あげるために生きてるのか、生きるために働いてるのか。もしそうなら何故生きる必要があるのか。わからないです。」
優しそうな顔で先生は相槌を打ってくれていた。もっと話しても大丈夫だよって言ってくれてるかのようだった。
「相談も誰にしたらいいかわからないし、したとしても大体言われる言葉は想像がつくから、ただ俺の自己満足で迷惑かけるだけになっちゃうし」
「そしたら、もし白金くんが相談をしたとしてなんて返されると思う?」
先生が初めて質問をしてきた。
「たとえば俺がもう死にたい。消えたい、と言ったらきっと友達たちや親は、生きたくても生きれない人もいるんだよ。ってありきたりのこと言われると思います」
「でも俺は性格悪いので、生きたくても死んでしまう人が不幸だと言うのなら死にたくて生きてる人もまた不幸なのではないかと考えてます」
こんな困らせるような事言って申し訳ないなという気持ちが溢れてきた。
一度言葉にするともう止まらなくなっていた。
「確かにそうかもねえ。そういう気持ちがずっと続いてるのは辛いねえ」
おっとりして撫でるような言葉に涙が出そうだった。
その後も20分くらい話をして、今日の診察が終わった。カウンセリングも兼ねているのかな。
「2週間分のお薬を出しておきますね。安定剤と睡眠薬です。2週間試してみて結果を教えにまたきてください」
と受付で言われ2週間後また来れるかな、と不安もありながらお金を払った。
診断結果は中度のうつ病だった。梅雨特有のじとっとした空気が今の俺の雰囲気にピッタリだとかくだらないこと考えながら病院を出た。
帰りに人気のカフェチェーン店でコーヒーを買った。冷たいコーヒーを飲みながら歩いていると思考が捗ってしまった。周りのみんなは新社会人として頑張っている中、自分だけ逃げてしまった人間、もう優秀な俺はどこにもいなかった。
しばらく歩いていたら、電話がかかってきた。高校から同じクラスで同じ部活とかなり仲のいい柏木からだった。専門も同じ学校に行き、あまつさえバイト先のレストランまで同じところに行くくらい仲が良かった。
「病院どうだった?」
こいつには今日病院行くことを伝えていた。
「やっぱうつ病だった。中度うつだって」
「そっか。仕事終わったら今日泊まり行くわ」
柏木の職場が俺の家の近くだった為、こうしてたまに家に泊まりにきてた。
最初はみんな心配してくれたが、日が経つに連れ気にかけなくなった。今は柏木だけだった。そらそうだ。ずっとうつ病の奴の面倒なんか見ているなんてめんどくさいだろう。別に心配して欲しいわけじゃないが、所詮その程度の関係だったのか、と言うお門違いな怒りが自分の中で募っていくのがわかった。こんなに性格悪かったのかとまた自分を責める。
こんな生活をして1ヶ月半。もう夏が始まりかけてる7月の半ば、前のバイトしてたレストランの料理長からLINEが来た。
〈久しぶり〜お盆なんだけどさそっち休みだったら出れたりしないかな?笑〉
約2年半お世話になったレストラン。みんな暖かくていい人達ばっかで、東京に就職する俺と柏木を応援してると見送ってくれたことを思い出し、応援に答えられなかったな。と涙が出て来た。
今現在の自分の状況を説明したら戻ってきていいよって言ってくれた。すごく嬉しくて力になろうと思えた。きっと誰かの役に立てない自分、何も出来ない自分が嫌だったから力になれるならと思い戻ることを決意した。向こうも無理しないで体調いい時だけでもってことで分かってくれた。戻って少しずつ良くなるのを待とうと思えるくらいには落ち着いてきた。
そのまま月日が経ち学生時代やっていたレストランにバイトとしてまたメンバーに加わり、無事お盆という忙しい時期を乗り切った。
8月も半ばまで来て太陽が地面を焦がしてくる。
そんな中、同じバイトの年は一個上の女性とよく話すようになっていた。名前を村林由美といい、身長が俺より20センチは小さいだろう小柄で清楚な見た目の人だった。
最初敬語を使ってた俺に、「敬語を辞めないとこっちも敬語つかう!」と言われ敬語を外して会話させてもらっている。
家が俺の実家から近く、最近は実家に泊まることにしていたのでシフトが同じ日は職場まで車で送ってもらい一緒に行っていた。
そして8月も20日くらい過ぎて後半に入りまだまだ太陽の勢いが衰えない中、村林さんにうつ病を打ち明けた。職場でうつ病を知っていたのは店長と料理長、副料理長だけだったのでそのほかの人に打ち明けるのは少し躊躇っていた。
「そういや俺うつ病なんだよね、」
とタバコの灰を落としながら切り出す。
「え?そうなんだ」
まあ答えにくいわな。と思ってたら
「そしたら私先輩だね」
とこれまた村林さんもタバコの灰を落としながら答えた。そしてごく当たり前のことを言う彼女に対してなんと答えるか模索し、
「そりゃ年齢的に先輩だろうよ」
「んーん。違くて。私も去年とかまでうつ病だったからさ」
まさか俺が答えにくくなる側にまわるとは。
「えっまじで?そうだったんだ」
タバコの火を消しこう答えるのが精一杯だった。
まさか村林さんがうつ病経験者だとは思わなかった。
タイプで言うと見た目清楚系なのに使う言葉とか声のボリュームが普通にギャルみたいでギャップがすごかった。
そして慣れた相手にだとすごい口が悪くなる。可愛らしくて笑えてくるが笑うと気にしてしまうから心の中で笑ってる。一言で言うと性格は天真爛漫な子だ。
だからこそ余計にうつ病を過去に患っていたとは考えられなかったのだ。
そしていつからか、夜毎日LINEをするようになった。
LINEで話してると夜の1人で考え込む時間がなくなるからすごい助かっている。きっとそこら辺も気を遣ってくれているのだろう。感謝してもしきれないってもんだ。職場でも顔色が少しでも悪いと「大丈夫?」と心配して声かけてくれるし異変にすぐ気づいてくれる。そして話もすごくよく聞いてくれて、こんなに優しい人がいるのかってくらい支えられた。
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