第4話・魔女の災厄・聖女の奇跡
「まず。この絵は左側から物語になっているんだ。全部で四枚。一枚目は、魔女がこの世界に災厄を振りまいている絵だね」
エルの説明を聞き、ジークは左端のステンドグラスを見やった。ぱっと見は模様にしか見えないが、そう言われてみると、中央に描かれている紫色の塊が人間に見えないこともない。そのまわりには赤いグラスが散りばめられ、下に行くにつれ、赤の比率は多くなっている。
「……魔女? 真ん中のひとっぽいやつか?」
「うん、そうそう。絵よりもずっと簡略化されてるからね、これ。俺なんか、最初は説明されてもなにがなんだか分からなかったよ」
「さすがおれさま」
得意満面と言ったふうに鼻と口を持ち上げる。人間で言うならば、にんまりとしている顔だろうか、と思いながらエルは次のステンドグラスの説明に移った。
「じゃ、二枚目。こっちはね、聖女の誕生を表してる。創造神から最初の聖女、フィロメラさまが奇跡のちからを授かっているところだよ」
「この白いのと、後ろのひかってるやつだな」
ジークは一度飲み込むと理解するのが早かった。黄色と水色をふんだんに使った二枚目のステンドグラスは、正直一枚目よりも光ってる印象が強く、余計に抽象的だ。神託だと言われているからそういう絵だとして見ていても、どれが人なのかは輪郭がぼんやりしていて分かりづらい。
人間じゃないぶん、逆に分かりやすかったりするのかな、などと考えながら三枚目の説明を始める。
「次は、魔女と聖女が戦っている絵。これが一番有名な絵かな」
「へえー。そうなのか。確かに、一番色んな色があって、派手だもんな」
「うんまあ、派手……。確かに、派手は派手か」
「なあなあ。カーネリアって、聖女なんだろ? だったら、戦う魔女もいんのか?」
モルモットにとっては、単純な質問だったに違いない。が、エルはぎょっとしてジークを見た。
「な、なんだよ?」
「いないよ。魔女は戦いの果てに聖女に封印されたんだ。最後の絵は、封印して平和になった世界を、聖女が奇跡のちからで癒しているところだね」
「ふーん。魔女がいないのに聖女だけずっといんの? それってなんか、バランスわるくね?」
「……うーん。いつなにが起こってもいいように、じゃないのかな」
「お、なんか起こる予定あんのか」
「ないけど、ほら、保険っていうか……」
「ほけん? よくわかんねーけど、そんなんで聖女になんの?」
「いや、そんなこと俺に言われても」
正に、子供の質問だ。それが普通だから、常識だから。そんな言葉で片づけてしまっているところをついてくる。だからこそ、どう答えれば分からない。自分自身、いつの間にか
好奇心いっぱいのキラキラした視線を送ってくるつぶらな瞳から目を逸らし、エルは答えを持たないことに謎の罪悪感に駆られる。言われてみれば、不思議な感じもする。
魔女。黒髪に黒衣を纏い、赤い瞳を持つ。人と同じ姿をしているが、人とはまったく違う生命体で莫大な魔力を持ち、その魔力で世界に災厄をもたらし破滅させる。
それが、魔女に対する一般常識だ。それ以上も以下もない。そもそも、そこに疑問を持つものなどほとんどいないのだ。
魔女はどこから現れたのか。なぜ災厄をばら撒くのか。その本質はなんなのか。
考えてみれば、いくらでも疑問はあるはずなのだ。
黙り込んでしまったエルを前にして、もう一回ヒップアタックでもかましてやろうかと考えていたジークの瞳に、見慣れた人物が映った。黒く長い髪と黒の衣服を揺らして、カーネリアが戻ってきたのだ。
彼女の、角度によっては赤にも見える紫の瞳にも、大きなモルモットの姿が映る。魔女に間違われる要素を多分に持つ聖女は、口の端を上げて言葉を紡ぐ。
「おや、こんなところで歴史のお勉強か?」
「そうだぞ! おれさま人間のことはなにも知らねーからな!」
「ふむ。知識をつけるのは良いことだ」
そう言ってジークの柔らかな頭を撫でると、カーネリアはゆったりと長椅子に座り込んだ。魔力の消耗と、なにより何階分のぼってきたか分からない体力の消耗で、さすがに立ち話はちょっと辛い。それを知らないジークは驚いて耳をぱたぱたさせた。
「どした、具合悪いのか! エル、なんとかしろ!」
「大丈夫だ。少し休めば治る」
言いながら、ジークの身体を抱きしめる。ふわふわもふもふの手触りが気持ちよく、程よい温かさがカーネリアを包んだ。そのまましばらく、眠ったように目を閉じていた。
「カーネリアさん。魔女って、一体なんなんでしょう」
「なんだ? お前まで歴史に興味を持ったのか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど。言われてみれば、なんなのかなーって」
ふむ、とカーネリアは頷くと、ジークに寄り掛かったまま簡潔に答える。
「分からん」
「……え」
「知らんものはいくら私でも答えようがない。魔女は封印されたんだろう? 見たこともなければ調べたこともない。興味が無いからな」
「興味が無いって、聖女としてど」
「さて。私はなりたくて聖女になったわけではないし、そんなに知りたければ国王に聞けばなにか分かるのではないか?」
エルに皆まで言わせず、さっさと言葉を被せる。
「それにな。魔女は災厄を振りまいた――と言われてはいるが、
大体――とカーネリアは目を細めて、意地の悪い笑みを浮かべると、上目遣いで騎士の青年を見る。
「お前、私を魔女と間違えながら、魔女のことをまったく知らんのか」
「いや、だって、それはッ! あの時は、赤い目に見えて――」
「エル、それはひどいぞ。知らないのにそんな間違いをしたのか」
「……ジークに言われると、なんかツラい……」
簡単に撃沈したエルから、完全に興味を失ったようだ。ジークは背中に寄り掛かるカーネリアに質問相手を変え、とまらない好奇心を口に乗せる。
「なあなあ。じゃあ、聖女は? カーネリアもなんかすげーちから使えんの?」
「愚問だな。私は奇跡のちからなどなくても天才だ。しかし確かに……なぜ聖女だけが現れ続けるのだろうな」
「お? 聖女ってカーネリアの他にもいんの?」
「ああ、国々にいるぞ。聖女がちからを失えば、なぜかすぐに次の聖女が現れる」
そして、彼女らの日課――遺跡の球体に魔力を注ぐこと――は繰り返され、特に脅威らしい脅威がなくなったいまでも続けられている。
地下でも考えつくしたことだ。儀式として続いているだけだと、毎日考えながらも結局結論を出してしまっている。
最初は、魔女への対抗手段。次は、戦の世にて人々を守るため。そしていまは、魔物程度の小さな危機をも都にはいらぬよう惰性で続けているだけだ――と。
ふ、と身体を起こして、目の前にそびえるステンドグラスを見上げる。分かりやすい内容は、地下にある壁画とは雲泥の差だ。まるで、おとぎ話を描いてでもいるように、魔女の災厄と聖女の奇跡のステンドグラスはシンプルで勧善懲悪だ。あまりにも出来すぎていて、まるで――。
「……嘘、のようだな」
ぽつり、と呟いた声はあまりに小さく、美しく輝くステンドグラスに届く前に掠れて消えた。
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