第2話・聖女のお仕事

 カーネリアの手料理、という言葉は中々甘美ではあったが、さすがに小動物が巨大化して人語を喋るようになるようなキノコを食べる勇気はもちろんエルにはなく、丁重に断った。

 そもそも、ジークが出てきたおかげでばたばたしてしまったが、カーネリア――聖女には毎日の仕事が一つだけとはいえ、存在する。放っておくと、何日でも好き勝手研究に没頭してしまう彼女を毎日起こしにくるのは、その仕事をさせるためでもある。


 人には発音が難しいみょんみょんキノコからカーネリアをなんとか引きはがし。今日の仕事を終えるため、二人と一匹は大聖堂に向かって歩いていた。色々あったおかげで、すでに太陽は真上まで昇りきっている。王都の中心部に位置する大聖堂に近づくにつれ、道は広くなり人通りも増えてくる。抜群のプロポーションを見せつけるように露出過多の恰好で歩いているカーネリアだけでもじゅうぶんに人目を引くというのに、今日は羊大のモルモット――はたから見るとモルモットだとは思えないだろう――まで一緒だ。見るなというほうが間違いであろうぐらい、目立ちまくっている。


 ついでに付け加えるならば、この場から消え去りたい気持ちをなんとか飲み込んで先導しているエルも、実に整った容姿を持っている。長身で金髪碧眼、優し気な風貌にきちんと着こなした騎士団の制服が見事に似合っている。つまり、結局二人と一匹、ばらばらでも目立つのだが、残念ながら騎士の青年は自分も目立っていることに気が付いていない。


「そろそろ大聖堂ですけど、なんでジークまでついてきてるんです?」

「おれさまだから」


 ジークにしかわからないだろう返事をされ、エルは盛大に肩を落とした。茶色いもふもふ毛玉が喋ったことで、さらに周囲はざわざわしているのだが、カーネリアは歯牙にもかけず彼に話しかけた。


「ところで、ジークというのが本来のお前の名前なのか?」

「そうだぞ。おっかあからもらったカッコいい名前だぞ」


 短い足をちょこちょこと動かしながら、胸を張る。中々器用なことをするねずみだ。一人と一匹が会話を続ける中、大聖堂が見えてきた。

 というより。

 大聖堂から、なにか団体さまが血相を変えて飛びだしてきた。

 しかも、先頭は大司教である。司祭やシスターを引きつれ、大きな帽子と白いローブを纏った大司教が、大げさにカーネリアを出迎えた。


「おお、カーネリアさま! いま迎えをやろうかと考えていたところです。ささ、こちらへ」


 ちらりと大きなモルモットに目をやるが、さすがは大司教。国王の次にカーネリアに関わる年数が長いであろう初老のお偉いさんは、でかいもふもふぐらいではビビりもしないらしい。

 エルとジークを置き去りにし、さっさとカーネリアを連れて行く。別に時間制限があるわけでもあるまいに、とカーネリアは苦笑して小さくこぼした。

 大司教自らが先導し、聖堂脇の小さな扉をくぐる。カーネリアに続き、しれっとくぐろうとしたジークは、エルの手によって止められた。


「なんだよー! おれさまははいっちゃだめとか差別か!?」

「違うよ。この先は、はいれる人が決まってる。つまり、俺と一緒にカーネリアさんの仕事が終わるまで待ってるってこと」

「なんだ。エルもはいれないんだな。じゃ、おれさまはこのデカい建物を探検としゃれこむぜ」

「ちょっと!」


 ばたばたと短い足を精一杯動かして進もうとするジークを捕まえるとひょいと小脇に抱え、エルは扉をそっと閉めた。もふもふの毛玉を抱えたまま、聖堂の中へと移動する。とっくに昼も過ぎて礼拝も終わっているからだろう。中には、シスターが何人かいるだけだ。大聖堂には毎日くるのだし、どうせ彼女らにはジークのこともすぐバレるだろう。そう判断し、彼は大きなモルモットを床におろす。少し長い毛並みが、中々気持ち良かったななどと思いながら。








 カーネリアと大司教は長い階段を黙々とくだっていた。途中までは、明かりは大司教が手に持ったランプの柔らかいが心もとないものだけであったが、体感にして三階ほどくだったところで大司教はランプを吹き消す。暗闇に包まれた階段が、何度かまばたきをするとふわりと明るくなった。ろうそくの火とは違い白く無機質な光が、ずっと先まで続いている。どうやら壁自体が発光しているようだ。いつの間にか辺りの壁は武骨な石ではなく、あからさまに人為的に切りだされたとしか思えない、正確な四角形の石とも金属ともつかぬものに変わっている。


「それでは、よろしくお願いいたします、聖女さま」


 そう言って立ち止まった大司教の足もとは、普通の石で作られた階段だった。対して、二段先にいるカーネリアの足もとは、謎の発光するものである。ここに足を踏み入れることが出来るのは、カーネリアと、彼女が許可した者のみなのだ。それも一時的な処置に過ぎず、一日を過ぎれば弾き出される。

 なぜこんな仕掛けがされているのかは分からない。ただここが、遥か古代の文明の跡地であり、古代の仕掛けに認められたもの――カーネリアだけが普通にはいることを許されている。


 カーネリアは下り慣れた階段を、小気味良いリズムを刻んでおりていく。自分が聖女であることに興味を持っていない彼女であるが、そのお陰でこういった古代の文明に触れる機会が少なからず訪れるのは非常にカーネリアの好奇心を刺激した。行き過ぎた研究者気質の彼女にとって、毎日の仕事がてらここの研究を進めるのは願ってもないことだ。それなのに、毎日エルに連れてこられる羽目になるのはただ単に、階段が長すぎる、という体力面の問題である。一度、中に籠らせてくれと提案したことがあったが、食事の問題や彼女自身も他の興味対象について天秤にかけた結果、結局却下となった。


 魔法さえ使えれば楽なんだがな、とまだ終わりの見えない階段をくだりながら、毎日考える。この発光する石で作られた空間の中では、魔法が使えない。カーネリアの莫大な魔力量と知識を持ってしても、ともし火ほどの明かりすら点けることはできなかった。この空間で魔法を使うと魔力が壁に吸収されてしまい、魔法を形にすることができないのだというところまでは突き止めたが、それ以上はさっぱりだ。どうやってもできないことを考えるのは、もっとも時間を無駄にする行為だと分かっていながら、この階段に関してだけはどうしても考えざるを得ない。それほどまでに、だらだらと長いのだ。最初のうちはまわりの景色に気を取られていたから良かったものの、慣れてしまえばそんなものである。


 別れてから、どれだけくだっただろう。


 前方に、青い光が見えた。目的のものが見えれば遺跡の底はすぐである。ほどなく、かつん、とヒールが最下層に高い音を響かせた。

 最下層にあったのは、巨大な壁画である。地下二階分ぶち抜いて描かれているそれは、カーネリアの知識を持ってしても読めない言葉と、なにを表しているのかさっぱり予測のできない絵が描かれているだけだ。壁画の部分だけは普通の石でできており、ひびがはいったり多少の劣化がおこっている。

 カーネリアは一度壁画の前に立ち、腰に手を当てて見上げる。毎日これがなんなのか、一度考えてみるのだがやはり何も答えは浮かばない。今日もダメか、とため息をついて、本来の役目をこなすために黒髪をなびかせて振り返った。


 壁画の前には、青く光る球体を乗せた台座が鎮座していた。遠目から見えた青い光の正体は、この球体だったわけである。球体自体は限りなく透明で、これもまた、なにでできているのか分からない。初めてここを訪れたときから青い光を内包して存在しており、古代文明ロストテクノロジーの遺産、というよりしょうがなかった。解明できているのは、この遺跡の核であり――そして王都の、世界に存在する国々の主要な都市にはすべて、これと同じような機構が眠っているということだけだ。否、このような遺跡がある場所に、主要都市を造ったというほうが正しい。


 カーネリアは、小さく深呼吸をすると、球体の上に右手をかざした。

 ぴりっと指先に心地良い痛みが走る。かざした手のひらから、薄青い光が球体の中へと吸い込まれていく。青く揺らめく光が増し、それは台座をとおして発光する壁の白い光を増幅した。やがて光は壁を通り抜け、地上へと浮かび上がって王都全体にかけられた魔物や災厄を押し返す結界へ吸収されていく。


 球体に揺らめく光は、カーネリアの、歴代聖女たちの魔力の光なのである。


 遺跡を維持するために、毎日分け与えてやらねばならない。そうしなければ、魔力を使い果たした遺跡は朽ち果て、それとともに都市も沈むと言い伝えられている。平和ないまの世にあって、そこまでの脅威があるのかは首を傾げるところだが、遺跡のちからを用い、結界を張ることによって人々の心の安全が保たれているのは事実なのだ。

 戦の世であれば、聖女はそれこそ魔力を注ぎ続け、命が続く限り結界を保ち続けたという。いまでこそ、この儀式はただ魔力がなくならない程度に注ぎ込むだけで良いが、それだってただの言い伝えに踊らされているにすぎないと、カーネリアは思う。


 そっと右手を球体から離し、魔力の供給をたつとカーネリアはもう一度壁画を振り返った。

 空から、黒いなにかが地上めがけて落ちてきているように、見える。本当にそうかと問われれば、あまりに斬新なタッチ故に確信は持てない。添えられている文字も意味不明だ。

 ほかの国の遺跡にはいることができれば。

 壁画を見ることができれば、もう少し意味が分かりそうなもんなんだがな。

 顎に手を添え、カーネリアは上に待たせている一人と一匹のことなど綺麗さっぱり忘れ去り、壁画との睨めっこを始めたのだった。

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