2章 俺と迷宮
30 プロローグ 午前 アスカ市第4迷宮 『ファンタジー』世界の「コモン」な使い魔
石造りの壁に据え付けられた灯りは、通路の先まで続く暗闇の中では心もとない。
間隔が広すぎるのと、所々にある障害物や起伏で、照らされている範囲より照らされていない場所の方が広いからだ。
そんな暗闇の中には、明かりとは違う輝きがあった。
ギラギラと、僅かな明かりを反射する、眼。
この辺りはまだ入り口にも関わらず、既にそいつらは居る。
明かりに照らされた範囲に立つ「俺」を含む数人を、それら無数の眼が見据えているのだ。
幾多の玄室と通路で構成された迷宮の、地上のソレよりも深く昏い暗闇の中で生まれ蠢く『モンスター』達。
そんな眼の内の一組が、闇の中から光の範囲へと近づいてきた。
警戒と威嚇、両方の意味合いを秘めているらしい唸り声を伴って。
「来たわね。皆、準備は良い?」
「俺」の背後から聞こえてくるのは、凛と澄み切った女子の声。
近づく眼に臆することなく、周囲に声をかけ、警戒と準備を確認している。
彼女は「俺」とそう変わらない年齢だったはずだけれど、その声には近づく『モンスター』への怯えは感じられない。
気真面目そうな印象を抱かせるのは、本人の性分が声ににじみ出ているせいだろうか?
普段の彼女の立ち振る舞いにも現れているように、率先してリーダーシップを取っていた。
「私は良いわよ。天才君たちはこれが初めての実習迷宮でしょ? 大丈夫そう?」
「オレは……ちょっと緊張してるっす。またやらかさないか心配で」
凛々しい声に応えたのは、蜂蜜の様に甘ったるく脳に響く声の女子と、普段とは違って硬くなっている少年の声。
甘い声の女子は、ここが迷宮だと言う事を忘れてしまいそうな程に穏やかだ。
コレから血なまぐさい闘争が始まるとは思えないような、穏やかさは余裕からくるものだろうか?
彼女から見て下級生にあたる少年を気遣うのも、その余裕からかもしれない。
一方の少年もやや硬い声ではあるものの、彼が心配しているのは近づいてくる『モンスター』に対してじゃない。
ちょくちょくミスをやらかす自分自身へだ。
しかし、同時にそれは『モンスター』には全く脅威を感じていないことを意味していた。
相変わらずの図太い神経の持ち主だ。
そんな二人の声は、どちらも俺の背後から聞こえてくる。
そして……
「ボクも少し……この使い魔を動かすのは、はじめてなので」
他の三人と同様に、『ファンタ』の声も背後から響いてきた。
振り向くのも不自然なので、「俺」は近づいてくる唸り声に視線を向けたまま、今の状況を改めて確認する。
(「何とも慣れないな……一人っきりというのは。『ファンタ』と繋がってから、何時も誰かの声が頭の中にあったからな。その『ファンタ』の声が、後ろから聞こえるなんて」)
背後に居るのは、『ファンタ』を含めた四人。
そのうち一人は『ファンタ』の相方のカイで、残る二人は上級生の女子。委員長気質のサカキ先輩と、彼女のルームメイトである甘い声の女子。
そして、そこからやや離れた前衛として、「俺」達がいる。
「その使い魔、流石の出来よねえ。流石は天才君だわ」
「確かに、魔力躰の安定度合いは見事ね。その姿なのは、想像しやすいから?」
「はい、前衛を任せられる戦士として人型の使い魔を作りました。動かすのに想像しやすかったのは、自分の身体で、ただ前に出すには体格も欲しくなったので、ああいう形に」
背後で交わされる会話に出てくる使い魔とは、言うまでも無く「俺」の事だ。
実際今の身体は、『ファンタ』が良く使う妖精のような使い魔と造りは同じ。
コアストーンと呼ばれる核を中心として魔力で仮初の肉体を実体化させた、一種の魔法生物になる。
妖精との違いは、核となるコアストーンの大きさと、実体化させた肉体の強度。
家事を始めとした作業用途の妖精と比べて、今の「俺」の身体は完全に戦闘用としてデザインされていた。
「ユウのその使い魔は動きが滑らかだよなー。自分で動かしているんだろ?」
「うん、動かしているのは、ボクだよ?」
「オレって、どうもそう言うの苦手でさー」
「カイは元々意志を持ってる妖精とか以外の操作は苦手だもんね……」
そして、その肉体を操る意思。
魔術学校で使役されている妖精の使い魔達は、元々肉体を持たない存在が希薄な妖精に肉体を与えているものが殆どで、それはつまり一種の自律行動をさせているのに等しい。
対して戦闘用の使い魔は、作り出した術者が自身で操るか、何らかの形で別の意志あるものを用意する必要がある。
『ファンタ』の言う通り、今の「俺」は『ファンタ』が作り出した「俺」の姿を模した使い魔の中に入って、操っているのだった。
ちなみに、今の「俺」は、現代人とはかけ離れた、一種のコスプレじみた格好をしている。
身体の急所を覆う革製のプロテクターと、その下に身に着ける鎧下。
右手に握っているのは、武骨な片刃の鉈のような剣だ。
左手は開けてあるけれど、腰に差した何本かの短剣は何時でも抜き放てるようになっている。
まるで、所謂ファンタジーモノの戦士のような姿だ。
(「まあ、実際には、戦士ってくくりではないよなあ。狩人か、探索者か、咎人か……なんて呼ばれていたかな」)
この格好は、とある有名ゲームの主人公の装備にそっくりだ。
所謂死に覚えを要求されるゲームで、動画配信なども多い。
それらに影響されて妹の旭が買ってきたので俺もプレイしたのだが、『ファンタ』も当然それを見ていた結果がこれだ。
まあ、ある意味コレは『ファンタ』の配慮と言っていい。
ヂウッ!!
「っ!!」
斬!!
何しろ闇の中で一気に加速した『モンスター』を迎え撃つ動きもイメージしやすいのだから。
「うわお、実際の動きも鋭いわね!」
背後から、称賛の声が飛んで来る。
実際、一気に飛び掛かって来たその獣を、俺のこの身体はイメージ通りに一太刀で両断していた。
空中で唐竹割にされ、更に核である石──コアストーンさえも両断されたその『モンスター』は、当然あっけなく息絶える。
「うっわぁ!、ネズミかよ!? それも実家で飼ってる豚より丸々とデカいぞ!?」
「ラージラットね。突進で獲物を押し倒して、鋭い前歯で噛みついてくるわ。前衛を任せる様な使い魔にとっては脅威では無いけど、私達のような術者が不意を撃たれると、それなりに脅威だから気を付けなさい」
背後からカイの驚きの声と、解説するサカキ先輩の声が聞こえてくる。
尾を除いて体長が1mを超える様なネズミというのは、現実では中々お目にかかれない。
確か、げっ歯類の最大のカピパラが同じくらいの大きさだった記憶があるけれど、愛嬌があるあちらと比べてこっちは凶悪な顔立ちをしていた。
「野生の種は疫病の媒介にもなって、傷つけられると感染する恐れがあるわ」
「そうなのよね。案外ネズミって怖いのよ」
「ひええ、おっかねえ!」
「迷宮の種は別だから、安心なさい」
今の「俺」の身体は、魔力によってつくられたものだ。
だから、そういう病気の心配も無いのだが、心情として余り気分が良いものではない。
「つまりあの闇の中で光っているのは、みんなこのネズミですか?」
闇の中で輝く眼は、まだ無数にいるのだ。
一匹一匹が1m程度の大きさのネズミと考えると、流石にうんざりしそうだ。
「そうよ。個々の強さは今見ての通りだけど、ネズミだけあって数が多いの」
「……数は何時だって脅威ですよ、サカキ先輩」
「この迷宮は調整されているから、囲まれるなんてことはないのよ。だから安心なさい」
『ファンタ』も眼の数に不安を覚えたらしい。
もっとも、この実習を何度もこなしているらしいサカキ先輩からすると、それは杞憂になるようだ。
「正確には、変に調整したせいでネズミばかり増えて駆除が大変だからって学生も駆り出されてるのよね」
「……取れるコアストーンも質が低いですね。これじゃあ駆除業者も良い顔しなさそうです。でも、栄えある帝立魔術学校の生徒がやる事なんですか……?」
「……これは外に出せない話なんだけど、その調整をしたのが魔術学校の卒業生なのよ。それも内進組だったって話」
「ええぇ……」
「アヤメ。余計な事は言わないの。それはあくまで噂でしょ?」
「噂なら良かったんだけどねー」
何か、聞こえてはいけない類の話が聞こえた気がするけれど、今の俺は下手に振り向いて突っ込む訳にも行かない。
何しろ、
「っと、先輩達! それよりもまた近づいてきてるネズミが居るぜ!」
「あら、いけない。なら、今度は君の方の使い魔の番ね」
次のネズミが近づいてきたのだ。
どうじに、ムンとばかりに気合を入れる『ファンタ』のルームメイト。
その気合と同時に、俺の横にあるナニカが動き出す。
「わかったっす、先輩。じゃあ、いきます! 行け! デカタマ!!」
一見すると、それは球だ。
何処からどう見ても、丸い真球。
ただしその大きさは、現実と同じ程度の「俺」の背丈を優に超える。
運動会などで使われる大玉ころがしの玉がイメージしやすいだろうか?
色合いが灰褐色の岩そのもので、変に滑らかなのが人工物さを醸し出している。
コレが、『ファンタ』のルームメイトが作り出した使い魔だ。
どうも使い魔の姿はかなり自由度が効くらしい。
そしてカイは大きな魔力を持ちつつも細かな制御をあまり得意としていない。
その為、このような単純な動きしか出来ないものの、単純な動きそのものを暴威とするような使い魔のカタチを求めたのだろう。
そんな巨大な球が、カイの声一つで動き出した。
いや、撃ち出された。
ヂュ!?
パン!!
ズガガガガガ!!!!
巨大な砲弾そのものとなった球──カイが命名したところによるとデカタマ──は、凄まじい勢いで床と起伏を削りながら直進し、近づいてきたネズミを一瞬にして破裂させると、通路の遥か奥まで突進していく。
もちろん、その途中に居た無数のネズミも巻き込んで。
あちこちにある起伏も削り、道中の『モンスター』をもまとめてなぎ倒した球は、そのまま迷宮の闇へと消えて行った。
そして、
ズズン……
遥か彼方で、妙に重い音が響いたのだった。
恐らく、通路の果てにある壁か何かで止まったのだろう。
跳ね返ってこちらに来る様子はないので、壁にクレーター状で埋まっているかもしれない。
「「「「…………」」」」
重い沈黙が、辺りを支配する。
そして、ピキリと言う音を立てて、サカキ先輩のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……ミドリヅカ君」
「ヒッ!?」
地獄の底から響いてくるような声色が、眉目秀麗なサカキ先輩の口から零れていた。
これからシメられ料理される鶏のような情けない悲鳴を上げたカイが後ずさる。
その直後からお説教が始まった。
(「長くなりそうだな、コレは」)
サカキ先輩のお説教を背後に聞きながら、「俺」は改めて暗闇に包まれた迷宮の先を見る。
同時に、ある種の感慨もあった。
まさか、『ファンタ』でもない「俺」が、ある意味生身でダンジョンに潜ることになるとは、ほんの少し前には想像できなかった。
(「……ちょっと戦闘の経験を積もうと思ったら、こんな事になるなんてな」)
きっかけは些細な事。
そう、神谷さんから話を聞いていた面接から、話は始まったのだった。
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