14 三人目 病室 [サイバーパンク]のブローカー
全身の半分をサイバネに置き換えた[サイパン]も、普通に睡眠が必要だ。
企業抗争の合間をぬって生きる裏社会の人間にとっても、適切な休息無しでは逆に神経が保たない。
その夜、必要な情報を集め終えた[サイパン]は、店舗の奥の階段を降って、プライベートエリアで眠りについていた。
なお、そこでは[AC]も暮らしている。
主に[サイパン]が扱う食材目当てで、彼女は数少ない生身の部分である胃を、完全に掴まれていた。
追加料金で、情婦の真似事をしてもいいとまで言っているのだから、よっぽどではないだろうか?
ただ、[サイパン]は俺達に確実に見られる事も理解しているから、余程溜まって無ければ、彼女に手を出すことはなかった。
……ちなみに、俺の記憶の中では、そこそこの回数、手を出されている。
『ファンタ』や【ポスアポ】の教育に悪い気もするが、二人共既に色々と見聞きはしていたようで、大きな混乱は無かった。
『ファンタ』の世界は、成人が早い──15歳らしい──のもあって、その手の話は早いうちに目にして──尚、初めて見たのは姉と恋人との逢瀬だ──いたし、【ポスアポ】の場合、限られた範囲のシェルター内では、隠せるものも隠せなかったようだ。
後、もう一つ。
この時、お互い同意したら、脳内側が極端に感覚を鈍く出来ることも解ったのだ。
[サイパン]を始めとする俺達のプライバシーはこうして守られることになった。
……俺は今後のために勉強させてもらったが。
余談ながら、[AC]は比較的ノーマルな性癖だった。喜ぶべきなのか、どうなのかはわからない。
とはいえ、それは毎晩じゃない。
今夜はその手の誘いもなく、複数の警備装置を作動させた上で、二人は眠りについていた。
その夜、俺達は夢を見た。
眠っている際も繋がっているのか、俺達は同じ夢を見る。
この夜は、ちょっとした過去の夢だった。
□
それは、俺達が[サイパン]とも繋がって、しばらくたった後の事だった。
([お前達に、見せたいものがある])
(「見せたいもの……?」)
そう俺達に語った[サイパン]は、普段しない正装をして、出かけたのだ。
既に生鮮食品の取引でかなりの利益を上げていた[サイパン]は、あまり表を出歩く事をしなくなっていたのもあって、俺達もその意図は掴みかねていた。
サイバネで常時加速している[サイパン]の思考は、早すぎて俺達でも詳しくは読み取れきれない。
その思惑は、少なくとも悪いものでは無いと察する事は出来たものの、真意全てはわからないのだ。
もっとも[サイパン]の世界での主導権は、あくまでその世界で生きる[サイパン]のものだ。
それぞれの俺のやることを、俺達は共有した視界の中で見届ける。
お互いに協力をしても、そこを譲ったらきっと俺達は駄目になると思ったのだ。
繋がって、交代まで出来る様になった時、俺達はお互いにそう決めていた。
(「[サイパン]、ここは?」)
([見てのとおりだ。目当ての場所は奥にある])
出かけた[サイパン]がたどり着いた先、そこは病院だった。
とある医療系の企業が運営するらしい病院は、富を得たとはいえ裏社会で生きる[サイパン]として、余り近づきたくない系統の場所の筈。
だと言うのに慣れた風で進んで行く[サイパン]。
俺達にも無言で進み、幾つかの扉を超えた先に、その病室はあった。
(【え……?】)
(『何で、こんな』)
(「真夜姉さん? ……いや、真逆……旭?」)
([……まあ、解るよな。そういう事だ])
そこには無数の機器に繋がれ、ベッドで眠り続ける女性の姿があった。
年のころは、高校生辺りだろうか。
彼女は、俺の肉親の真夜姉さんか、妹の旭によく似ていた。
[サイパン]の歳は、20代前半だ。
つまり、その年下の彼女は、[サイパン]の世界の妹、旭の姿だった。
□
俺達は、別世界の俺自身だ。
それは家族の面でも共通していて、例えば『ファンタ』の世界では、俺と同じ様に両親と姉と妹が居る。
『ファンタ』が魔術学校に通う事になって離れて暮らしているが、今も故郷で元気にしている筈だ。
【ポスアポ】もシェルターに居た頃には、同じ家族構成で暮らしていたらしい。
変異体の襲撃の事を【ポスアポ】は思い出したがらないが、住んでいたシェルターは今それらの巣になっている事から、無事では無い。
【ポスアポ】を逃がすために犠牲になった……いや、幼い【ポスアポ】だから、極僅かな隙間から逃れる事が出来た。
話を聞く限り、そういう事だったようだ。
そして、[サイパン]。
([企業間抗争に巻き込まれてな。親父とお袋、それに姉貴は死んだ。俺と妹はかろうじて生きていたが、アサヒは……それから目を覚まさねえ])
[サイパン]の一家は、この世界ではごく普通の企業城下町に暮らす市民だった、らしい。
だが、ある時そこは戦場になった。
敵対企業の工作員がその区画に逃げ込んで、激しい戦闘になったらしい。
最終的にその工作員達は全員死んだが、戦闘に巻き込まれた多数の市民が犠牲になり、その中に、[サイパン]とその家族も含まれていた。
([オレの身体も、その時にな。生きるためにサイバネを突っ込むしかなかった。妹はこの有り様で、生命維持にも金がかかる。まともな企業人なんぞやっていたら、払いきれねえ金がな])
[サイパン]の身体のサイバネは、情報処理用だけではなく、欠損した身体の機能補完の比重が大きかったらしい。
もちろん、それらの購入やメンテナンスにも、多大な金が必要になる。
結果、多少なりともあった家族の貯蓄や資産は、当座の妹の医療費と[サイパン]の手術に消えた。
残る財産も限られる中、まだ学生だった[サイパン]に妹を活かし続けるだけの金を稼げるほど、普通の企業人の道は優しくない。
([だから、オレは裏の世界で生きるしかなくなったわけだ])
(「……それは」)
(『………』)
([同情するなよ、「コモン」それに『ファンタ』。別にそんなものが欲しい訳じゃねえ。それに、お前たちと繋がって、妹の治療費も目途がついてきた。礼を言わなきゃならん位だ])
俺達の中で、一番の年上の[サイパン]は、そう心の中で告げてくる。
([第一、不幸自慢何ぞ、趣味じゃない。お前たち相手に羨んでも、金にもならないからな])
(【それは、そう。ボクも繋がったから、「コモン」や『ファンタ』が居たから、今、生きてる。それに……ボクの世界じゃなくても、パパさん、ママさん、お姉ちゃんが生きてるのは、嬉しい】)
そう言う【ポスアポ】も、[サイパン]と同じように家族を失っている。
そのせいか、俺や『ファンタ』の世界で、失った筈の家族が生きている事に、色々な感情が渦巻いているのは、よくわかる。
何しろ繋がっているのだ。
自分の境遇を恨んで、何故俺達の世界はそうでないのかと嫉妬し、羨む気持ちが確かにあるのを、二人から確かに感じてはいる。
幼い【ポスアポ】はまだそこ迄ではないけれど、裏の社会で生きなければいけなくなった[サイパン]には、確かにそういう感情があることを、俺や『ファンタ』は感じとっていた。
だが同時に、分かるのだ。
別の世界であっても無事でいる家族の姿を喜ぶ、二人の意思を。
俺達が繋がった事で、救われていると言う二人の実感も。
そんな事を[サイパン]の頭の中で語り合う間も、この世界の妹は眠り続けていた。
□
(「見せたかったものってのは、これでいいのか?」)
([ああ。ただ、ついでにもう一つ、試したいことは、ある])
(【試したいこと?】)
首をかしげるような【ポスアポ】の心の声。それには答えず、[サイパン]が語り掛けたのは、『ファンタ』だった。
([お前の魔術とやらで、アサヒを治せるか?])
(『……僕の魔術は、まだその領域には無いよ。治療の魔術って、難しいんだ』)
([そうか……])
その答えは予測通りだったのだろう。
特に動揺無く、[サイパン]にあったのは軽い落胆だけだ。
だが、『ファンタ』の答えはまだ終わっていない。
(『でも、僕の世界には、ポーションがある。高級なものなら、手足も生え変わるような強力なのが。それなら、多分このアサヒも治せるよ』)
([! 行けるのか!?])
それを聞いて、一気に[サイパン]の心が湧きたつのを感じる。
(『値は張るけどね。だから、今の僕では手が出せないけど、手はあるよ。それに、治療の魔術も腕を上げたら、多分行ける』)
([いや、値が張るのはどうにかなるだろ? オレの世界で、そっちでも売れるものを仕入れればいい。宝石やら貴金属は、そっちの世界でも売れるはずだ!])
(『あ、確かに……でも、まだ僕だと厳しいよ。子供が何でこんなものもっているんだ! って、出どころで怪しまれるだろうし』)
([ああ、そりゃまあ、そうだろうな。となると、どうやったら怪しまれない?])
(「今度行く魔術校の卒業生は、ダンジョン探査とかの許可書を貰えるから、その辺りから手に入れたって名目で、行けると思う」)
(「あー、やっぱりそっちの世界って、ダンジョンとかあるんだな」)
俺が少々場違いな感想を抱いている間にも、[サイパン]は『ファンタ』に聞きこんでいた。
この頃の『ファンタ』は、帝立魔術学校への編入試験を間近に控えた頃だった。
新機軸の魔術を次々と開発して、天才魔術師という評価を既に得てはいても、年齢はあくまで小学生程度。
田舎の子供に出来る事なんて、限られている。
ただし、それが帝立魔術学校の卒業生となると、話は全く違う。
帝都の上級官吏などへの道も開けるし、各地方の禁軍──帝直属の近衛軍だ──のトップは皆、帝立校の卒業生で占められている。
その何れも高給が約束されている上に、各地に自然発生するダンジョンへの探査許可も下りるのだ。
ダンジョンではモンスター等が発生するものの、同時に様々な物品が産出され、その中には高級品や、[サイパン]が求める高級ポーション等も含まれているらしい。
([マジか……だが卒業となると、あと3年はかかるな])
(『実習で低ランクのダンジョンにも潜ることはあるみたいだよ? もしかしたら、そこでそこそこの効果のポーションは手に入るかもしれない』)
([……そうか。ところで、今の『ファンタ』がダンジョンに潜るのは駄目か?])
(『無理! 許可証が無いと入れないんだってば!』)
([そういうルールなんぞ、抜け道を探すのが基本だろ!?])
(「思考が裏社会の人間過ぎる……」)
ダンジョンへの探査許可は、ランクによって分けられているらしい。
ランクの低いダンジョンに入れる許可証なら、それこそオレの世界で言う原付免許を取る位の気軽さで取得できるものの、高ランクとなると取得の難易度も跳ね上がる。
入り口には許可証を持たない者の侵入と、内部のモンスターを外に出さない結界が張ってあるそうで、それを潜り抜けるのは、天才と言われる『ファンタ』でも困難だ。
あと、許可証の取得には当然ながら年齢制限があり、未成年は不可。
『ファンタ』が最速で許可証を取得できるのは、やはり帝立魔術学校を卒業するころになる。
([お前らは正直に生き過ぎなんだよ! もうちょっと裏を読め! 選択の幅を狭めるな! それだけ魔術とやらでいろいろできるんだから、やらないのは損だろ!?])
(『何で僕が叱られてるような流れになってるのかなあ!?』)
([いいから聞けって!])
次第に[サイパン]は、如何に法律の抜け道を探すか熱く語り出す。
その姿は、専門の事になると妙に早口になって詳細を語るマニアックな趣味の持ち主のそれだ。
語られている側の『ファンタ』の困惑も、実にそれらしい。
蚊帳の外な俺と【ポスアポ】は、途方に暮れるしかなかった。
(【悪い大人がいる】)
(「そうだな」)
(【……いつまで続くの?】)
(「こっちの旭を助けられるか必死だろうから、下手に止めてもなあ」)
(【そっか】)
結局俺は【ポスアポ】と共に、二人が落ち着くのを待つしかなかった。
ふと、視界の中、眠っているはずのこの世界の旭が、ほのかに苦笑しているような、そんな気がしたのだった。
□
そこまでで、意識が昇っていく感覚があった。
[サイパン]が目覚めるらしい。
意識を取り戻ていくと同時に、早々に霞んでいく夢の記憶。
その中で、苦笑したこの世界の妹の寝顔だけが、最後まで残っていた。
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