13 三人目 路地裏の店 [サイバーパンク]世界のブローカー

 俺達が繋がった順番で言う三人目、[サイパン]が繋がる頃、俺達は深刻なピンチに陥っていた。


(「もう、小遣いが無い。貯金のお年玉分を削るのは、流石に母さんにもバレる……」)

(『僕も木の実とかなら『ストレージ』に入れられるけど、流石にそれ以上は難しいよ。「コモン」の所みたいに、気軽に買い物なんてできないし』)

(【ごめん……ボクの為に……】)


 そう、【ポスアポ】の食費問題だ。

 俺と『ファンタ』はこの頃中学生と小学生で、自分で自由にできる金や物は、はっきりいって限られていた。

 その上で、【ポスアポ】一人分の食料をなんとかひねり出していたのだから、その苦労をわかって貰えるだろうか?

 水は『ファンタ』の魔術でどうにかできるものの、それ以外の食料となるとかなり厳しい。


 特に初めの頃の【ポスアポ】は、固形物を食べられる状態では無かったので、栄養食品のゼリー飲料や、安い量販店でレトルト粥を買ったりと、特に出費がかさんだのだ。

 【ポスアポ】世界の変異体のうち、動物に近いモノは食べられるものも居る。

 もう少し色々と身体が慣れた頃なら、『ファンタ』の出した炎で焼いて、俺の世界の調味料──ちなみに【ポスアポ】はあっさりマヨラーになった──で食べるなども出来たのだが、それもまだ先。

 その結果、まぁ、かなり悲惨な経済状況に陥ったのだ。


 そんな時だ。


([ああ、何だこりゃ? ブレインハックでも受けてるのか!?])


 [サイパン]と繋がったのは。


 □


([なるほどなあ……オレがお前たちで、お前たちがオレってのは、まあ、分かった])

(「『ファンタ』や【ポスアポ】よりも、年は行ってるみたいだけど、同じなんだな」)

(『【おじさんだー】』)

([黙れガキ共])


 お互い繋がっているせいか、[サイパン]も事情を呑み込むのは早かった。

 考えていることが判るので、それが嘘かどうかも解るからだ。

 何より、お互いの視界を共有しているのも大きい。

 尚、この頃から、俺達はそれぞれの世界に合わせた呼び名を使っていた。

 『ファンタ』とだけ繋がっていた時だけなら、俺とお前程度で済んでいたのが、それも難しくなったからだ。


 ただ、[サイパン]はこの繋がった状況を当初良くは思っていなかったみたいだ。


([違う世界の、オレか。厄介な話だぜ。自我に介入されてるみたいで、落ち着かねえ。それに、これが俺に利になるかと言えば、なあ])


 この頃の[サイパン]も、俺達とは別方向で行き詰っていた。

 事情で裏社会で生きるしか無くなったものの、限界を感じていたのだ。

 様々なサイバネを埋め込み、違法なハッカーとして大企業の情報を抜き取り他に売るような稼業は、リスクも大きい。

 10代の頃はそれでも勢いで走り抜けたものの、ある程度世界のしがらみを知ってくると、限界も見えてしまったのだとか。


(『僕の魔術とかは役に立てるかも』)

([魔術ぅ? ショーで手品師でもやれってのか? 御免だぜ])


 そんな[サイパン]の目からすると、初めに見た俺の部屋は、何の魅力もない骨董品だらけに見えたのだろう。

 ただひたすらに、厄介ごとが紛れ込んだと心の声が頭を抱えるのが判った。

 ただ、次の朝。心の声は途端に驚きと期待に満ちる事になった。


「いただきます」

([……おい、これはなんだ?])

(「何って、朝食だけど」)


 何の変哲もない、母さんが作ってくれた朝食。

 俺の視界を共有している[サイパン]が、絶句するのが伝わって来た。


([いや、だってよ……どうみてもオーガニック食材だろ、コレ])

(「……? いや、普通の目玉焼きにご飯に味噌汁だけど」)


 この時の俺は、まだ繋がったばかりで[サイパン]の世界を知らなかったのもあって、何に驚いているのか理解できずにいた。

 この朝食を、[サイパン]の世界で提供しようとするなら、俺の世界換算で6桁円にとは、思いもよらなかったのだ。


([マジか。こっちはこれが普通なのか……? 汚染はどうなってる!?])

(『汚染? 【ポスアポ】の所はともかく、僕や「コモン」の世界は、そんなの無いよ?)

([マジかよ……])

(『何なら、食べる? 『ストレージ』に、【ポスアポ】用に入れた食べ物があるけど』)

([……はあ!?])


 追い打ちをかける様に、世界を超えて物を共有できる『ストレージ』の魔術の存在が、サイバネで思考速度を高速化している[サイパン]の思考を完全に止めてしまう。

 俺達の世界が、[サイパン]にとって宝の山だと気付いたのだ。


 □


 更にこの時、もう一つ変化があった。


(「……あ、なんか解る」)

(『「コモン」も感じた?』)

(【繋がりが、深くなった、気がする】)

([オレも解るが……ん? これは……])


 [サイパン]と繋がった事で、つながりが強固になったのか、


「……マジかよ。オレの身体だ」

(「サイバーって感じだ!?」)

(『身体に金属が埋め込まれてる!?』)


 他の世界の自分と一時的に交代できるようになったのだ。 


 そこからは、早かった。


 俺の世界での仕入れを決意した[サイパン]が、手始めに仕入れ用の資金を俺の世界で確保しようと動き出したのだ。

 彼の目から玩具にしか見えない俺の世界のPC技術を早々に把握して、俺のスマホ経由でいつの間にか口座を作ったかと思うと、おれの俺のお年玉預金から初期資金を数万確保し、その次の日には十倍にまで増やしていたのだ。


 未だにこの時、何をされたのかさっぱりわからない。

 交代した[サイパン]が、俺のスマホやPCを経由して何かしていたのは確かなのだけど、高速思考とサイバネの補助は俺では全く理解が追い付かなかったのだ。


 その後も資金を増やした口座は、俺達の資金的な危機を救う事になった。

 そして、その資金を元に得た食材で、[サイパン]もまた多大な利益を上げる様になったのだった。


 □


 そして、今。


「……っと、椅子で寝ていたか」


 [サイパン]は、微睡から目を覚ましていた。

 視線を向けるまでも無く、[サイパン]の視界に、現在時刻が表示されている。

 00:03

 俺達の体質、0時付近の気絶にあって、前回の[サイパン]は、椅子に座ったまま意識を落としていたのだった。

 見回すと、雑多な小物が並ぶ棚が見える。

 値札がつけられていることから、小物屋といった風情。

 そして[サイパン]が座るのは、カウンターの裏にある、やる気の無いPCチェアだ。


 ここは、オーガニック食材の裏取引で利を得た[サイパン]が構えた、小物店。

 もちろん、小物は何の意味も無く並べられているだけの、偽装用だ。


 大都市の片隅、雑居ビルの地下2階にあるこの店の名は、[かつ]。

 [サイパン]こと[U]の城だった。


 この店というより、裏社会のブローカー[U]が取り扱うのは、本来いくら金を出しても手に入らない、天然物の食材の数々。

 殆どの取引は、身体の各部からワイヤーでネットワークに直結した[サイパン]本人が処理するため、本来店舗すら必要ないのだが、こちらの世界で在庫を置けるスペースというのは貴重で、また他の幾つかの理由を鑑みて、[サイパン]はこの店を開いているのだった。


 ただし、基本的に店舗面のシャッターは閉まっている。

 極僅かに個人的な取引をする相手以外に、この店の扉は閉ざされているのだ。


 必要な取引は、偽装に偽装を重ねられたドローンによって、直接依頼人へオーガニック食品を届ける事になっていた。

 その為、この店の存在を知る者そのものが限られている。


「店長、起きた? 相変わらずこの時間にウトウトするねえ」


 その数少ない例外の一人が、背もたれを深く倒した椅子で寝ていた[サイパン]の顔を覗き込んでいた。

 クリクリとした愛らしい表情の、中学生かいっそ小学生に見えかねない小柄な姿。

 小生意気そうな表情は、相手を手玉に取るのを何よりも楽しみにするような質のものだ。

 問題は、体格のいい成人の[サイパン]の腹の上に跨り覗き込んでいる事。

 何も知らないものが見たら、[サイパン]はこの治安が悪化した世界であっても、警察に捕まって幼女愛好者として社会的に死ぬだろう、そんな光景。


 ただし、それは見てくれだけだ。


「重いから退いてくれねえかな?」

「それ、命が惜しかったらアーシ以外に言わない方が良いよ?」


 生意気そうな笑顔のまま、いつの間にか現れた銃が、心臓辺りにつきつけられる。

 気が短いのか、それとも警告してくれるだけマシなのか。


「そう言いながら、銃口突きつけるのは止めてくれ。それに事実だろう? 見てくれはともかく、重さは誤魔化しきれねえ」

「そうなんだけどさあ。アーシみたいな女に圧し掛かられたなら、もう少し喜びなよ」

(「喜んでるんだけどなあ」)

([うるせえ、「コモン」])


 気軽に言う彼女と、内心では動揺している[サイパン]。

 ひとしきり揶揄って満足したのか、彼女は腹の上から降りる。

 同時にその姿にノイズが走り、一瞬でラフな姿の[サイパン]と同年代の女の姿に代わっていた。


 彼女は、[|AC(アーシー)]。

 [サイパン]が、個人的に雇っている護衛だ。

 元は、ある企業の工作員であったそうだが、その企業が他企業との競争に敗れて没落し、行き場を失ってフリーランスになった経歴持ちだ。

 同時に、[サイパン]を裏社会へ引き込んだ張本人でもあった。


 肉体の半分程度をサイバネ化した[サイパン]とは違い、彼女の場合は8割近くが人工物に置き換わっている。

 その内蔵した機能は多彩だ。

 神経系を強化したモノに置き換え、更にホルモン機能の制御を並列励起することで手に入れた、人間の限界を超えた反射速度などはその代表的なモノだろう。

 外見も周囲の視覚情報に強制的に割り込む事で、自分の望むママの姿を見せる事が出来るうえ、その皮膚は防弾機能さえ持っている。

 その為、見た目は全くアテにならない。

 普段は、幾つかの決まった姿をその日の気分で切り替えるだけだが、その気になれば全くの別人に化ける事さえ可能なのだ。


「眠っている間、何かあったか?」

「何も。いつも通り、アーシは暇だよ」

「それは何よりだな」


 この[AC]とは、0時付近に意識が落ちる事さえ明かしている関係だ。

 オーガニック食材を扱うようになって富を得た分、何時それを狙うスラッシャー──裏社会の押し込み強盗共──に襲われる危険性を考えると、護衛の常駐は不可欠。

 その為、[サイパン]は以前から伝手のあった彼女を店員兼護衛として雇っているのだった。


 軽いやり取りの間、[サイパン]は目まぐるしく変化し続けるこの世界の情報を追い始める。

 何しろこの世界の移り変わりは、俺の世界など比較にならないほど、早い。

 ほんの数分の間に、情勢は変化してしまう。

 [サイパン]も、ハッカーとしてこの世界に生きている以上、自分に関わりそうな情報は見逃さない。


「ああ、でも、明日は忙しくなるかもしれないな」


 結果[サイパン]はある情報をつかんでいた。

 零した言葉に[AC]が反応する。


「何か掴んだ?」

「倉庫を嗅ぎまわってる奴がいる。囮の方の餌に食らいつきそうだ」


 それは、出どころ不明のオーガニック食材を嗅ぎまわる、スラッシャーの情報だった。

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