ヒロインなしでも、生きていける。

lili_137

第1話 平穏な暮らしの中で、

12月下旬、俺は今バスに乗っている。褐色のコートに、紺色のマフラーを付けて、俺は職場のある広島市街に(広島バスセンターに)向かっていた。バスの外ではかすかに雪が降っていた。行き交う人もまた寒そうだ。俺の住んでいるこの安佐北は広島県の北部(多分である)に位置し、すごい時は一月の下旬に雪が15cm程積もることもある。つまり何かそういう場所なのである(説明が難しい)。しかも俺が住んでいるこの団地は、安佐北でもさらに山の方にあり、さらに雪がすごかった。そのためか一月の暮れにもなってくると大雪のせいで、この団地と広島市街地を結ぶ路線バスバスが時折ストップしていた。また理由は分からないが、この団地に住む高齢者の人達は、大雪でバスがストップしてしまう前に冬ごもりの準備をするのが慣習となっていた。(あったかい炬燵でぬくぬくしながら冬を越すのだろうか。)しかし、それは俺たちサラリーマンには関係のない話である。悲しいかな、サラリーマンというのは大雪でバスがストップしようが、なんかすごい事件が起きようがそんなのは関係なかった。だからこそ俺は、今日も朝からバスに揺られている。ひどいもんだ。まったくやってらんねーよという話だが、仕事をやめてしまおうという発想にはまだ至らない。生憎だが俺には守るべき体裁がまだあった。そんな訳である。少し身の上話になるが、俺は大学卒業後、広島に本社を構える地方銀行に新卒入社した。腐っても銀行であったためか、残業で帰りが遅くなることはあっても、お財布が底をつくことはまずなかった。自慢でもないが、一般的なサラリーマンよりは少しばかりか手取りをもらっている気がする。それから俺は27歳の時に、取引先の紹介で現在の妻と結婚することになった。両者とも穏便な性格あってか、現在まで程々に仲良く暮らしている。子供はいないが、俺はそれで満足している。普通に考えて、俺は現在の暮らしにはそこそこ満足していた。現実的な暮らしであって、自分らしいなとも思っている。あれこれ考えているうちに、バスは「ギギィー、」という音とともに、可部駅に着いていた。(ちなみに可部駅周辺には住宅街が広がっていて、学生が多く住んでいる。)窓から外を眺めると、数人の学生がバスに乗ってくるのが見えた。みんな流石に外が寒かったのか、数人マフラーを巻いているのが見えた。窓の外では今でも雪が降っていた。そのためか可部駅構内には少し雪が積もっているのが見えた。バスの外は寒そうである。ちなみに今俺が乗っているこのバスはには、暖房が完備されていた。だから俺にとって、外の寒気さは全くの他人事であった。また、今さっきバスに乗っ来た女子生徒の何人かは、ズボン代わりのジャージを着ているのが見えた。なかなか暖かそうだ。そうしている間にドアが閉まり、バスは出発し始めた。「ガタン、」という音とともにバスは徐々に速度を上げていった。バスの中からは誰かの息を吐く音が聞こえてきた。バス構内は静かであった。外ではさらに雪が増しているのが見えた。これでは周りにあるはずの建物も少し霞んで見えた。バスの中が少しだけひんやりと感じた。現在俺はヒートテックを重ねて着ているが、それでも少し寒く感じ始めていた。こんな時になぜだか分からないが、俺はこのバスの中で非常に目が冴えていた。普段なら席に座って10分もせずにウトウト寝てしまう俺も、今日は流石にか全く眠気を感じなかった。多分このバス構内の寒気が原因でろう。バスの中では数人の学生が単語帳をしているのが見えた。英語の小テストでもあるのだろうか。俺は傍からにそう思った。懐かしい物である。俺も多分20年くらい前には、こうやってバスの中で単語帳を見てたんだよな。少しだけ自分が高校生だった時を思い出した。俺は今日に至るまでいたって真面目に生きていたと思う。俺は今まで、これといって目立つ存在ではなかったが、提出物は期限内にしっかりと出していた。そんな奴だった。中学では陸上を、高校ではバドミントンをそれぞれ三年間続けた。練習もそこそこ真面目に参加していた気がする。部内でも程々に下手ではなかった。十人いたら四番目くらいにはできていた。そのためか分からないが、俺は中高六年間、友達には恵まれていた。みんな穏やかな性格だったと今になって思う。それから高校卒業後、俺は県内の県立大学に入学した。県外に出ようかとも考えたが、なんとなく県内に残ることを選んだ(確かそんなんだった気がする。今となってはよく覚えてないが)。そんな昔のことを思い出しているうちに、バスは終点である広島バスセンター二階に着いていた。40~50代と思わしきサラリーマンが、せかせかとバスを降りていくのが見えた。まるで何かに追われているようである。俺もあと10年もしたら、こうなるのかなって考えた。そうしているうちに、周りの人達もぞろぞろと席を立って、出口へと向かって行った。俺もそうしてその渦に巻き込まれるかのように、出口へと向かって行った。そうして俺は、バスから降りて初めて知ったのであった。まだ朝の七時前ということもあってか、コート一枚だけではさすがに身が染みた(実際にはヒートテックを重ね着しているが)。そうして俺は、バスを降りるとまずトイレへと向かった(年のせいか?いや、まだ37だろう)。最近トイレが近くなった気がするが、多分気のせいであろう。俺は手短にトイレを済ませると、近くにあるコンビニに向かった(バス乗り場は二階で、コンビニはエスカレーターで降りた一階にある)。エスカレーターで外に降りると、雪がさらに降り続いていた。10m先が少しちらつくぐらいの雪だった。そうして俺は外に出て、コンビニの中に入って行った。店内に入ると、俺は真っ直ぐにレジ横を通り過ぎて、少し奥ばった所にあるドリンクコーナーに向かった。何を買おうかと少し考えたが、結局俺は一本160円の缶コーヒーを選んだ。俺はレジで会計を済ませると、真っ直ぐに職場へと向かった。店の外では、相変わらず雪が降り続いていた。

そうして俺の一日が始まった。

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