Soul Bullet

@ex_legend

第1話 雨の中で

「――ごめんね、和君」


 真っ暗な世界で、ただ雨が降っていた。

 彼女の言葉を掻き消さんばかりの雨音が聞こえる。


 ――なんだ。今、なんて言ったんだ?


 聞こえたはずの言葉に疑問符を付けて、俺は必死に現実から目を逸らす。


「――わ、私だってこんなことしたくないの……でも、でも……」


 彼女の握る拳銃がカチャと音を立てる。

 標的を貫く弾丸が装填された証拠。

 彼女——三枝優香の標的は、間違いなく俺——守屋和真だ。


「……これ以上和くんを嫌いになりたくないの……だから――」


 銃口を俺に向ける彼女の体は震えているようにも見えた。


「――ソイツにそれ以上近づかないで……ホントに撃つよ」 


 彼女は俺の後ろに倒れている人物を睨みつけながらそう言った。

 今この瞬間にも命の灯が消えかけているアイツを、彼女は救うなというのである。

 救えば「彼氏である俺を撃つ」と、そう言い切ったのである。


 思考が混線する。


 どうしてここに優香が。とか。

 星野を早く助けないと。とか。

 こんなことが現実で……たまるか。みたいな。


 だがしかし、この瞬間にどう動くべきかの答えが導けない。


 彼女の狙いは、一向にぶれることが無い。

 体は震えていても、俺の心臓を射抜く準備が出来ている。

 

 俺が星野の元に駆けよれば、彼女はそのまま引き金を引くだろう。


 彼女に撃たれ、俺は死ぬだろう。道にうずくまったままの星野も死ぬだろう。

 俺たちは脱落してしまう――このから。


 それはダメだ。

 諦められない。諦めるわけにはいかない。


 まとまらない頭のまんま、俺は必死に言葉を絞り出す。


「優香……俺はアイツを助けなきゃならない……みんなが生き残るたために。だから、許してくれ」


 漠然とした自信があったのだろう。

 彼女なら俺の言葉を信じ、行動を理解してくれるという自負にも似た何かが。

 この異常な世界で、そんな馬鹿げた理想をまだ持っていたのだろう。


 だから、答えは違った。


「いや……和君からそんな言葉聞きたくなかった……やっぱり、やっぱりそうだったんだね。私を裏切って……そんな女狐に騙されて……和君はもう和君じゃない、私の大事な和君じゃ――ないッ!」


 悲鳴にも似た彼女の悲痛な叫びが聞こえた。

 同時に、彼女の声が俺に向けられたものではなくなっていくのを感じる。


「優――ッ?」


 言葉を返そうとしたのに喉で声が詰まる。

 ピリ、と脳がひりつく感覚があったから。


 彼女も、同じだったようだ。


「この感じ……もう時間がないんだよね」


 そう。この感覚は儀式の終わりを示す予告だ。

 だから、あと数秒の時間さえ凌げば――


「ま、まて、優香。話せば俺たちは――」


「和君、大好きだったよ」


 そして――と。


「――さよなら、私の大切な人」


 降りしきる雨の中で、一際大きな音が響く。


 俺はその音を、遠ざかっていく意識の中でぼんやりと聞いていた。


 雨はまだ、降り続いている。

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