第38話 模擬戦闘 統烏院鋼陽VS皇軌雨

 お互いに相手の出方を測りながら、じりじりと距離を詰める。

 まず、どちらかが先手を取れば有利になるというわけでもない。


「……来ないのか?」


 皇隊長は先に声をかける。探間は言っていた、彼女は混者だと。

 なら彼女自身に神者だけじゃない己自身の与力が備わっているはず。

 皇は自分の体の一部を流体に変えた。

 彼女自身の力は、水か。

 聆月の前の応龍様は雨を操っていた……ならば、聆月も雨を操れる。

 ならばお互いの属性は――――水。


「ならば、こちらから行かせてもらう!!」


 速い。一瞬で間合いを詰められた。瞬間移動!? いや、おそらくそれは違う。

 俺の近くにある周りの水に転移したのか!?

 彼女の蹴りを刀で防御する。

 彼女は続けて蹴った足を流体化させ、さらに俺の間合いに入って来た。

 鋼陽は後ろに下がった足を強く踏み占める。

 

瞬踏しゅんとうっ!!」


 鋼陽は皇と距離を取り刀を構える。

 皇はほう、と感心した声を漏らす。

 

瞬踏しゅんとう……か、踏み込んだ力で自分が思う場所に移動できる術だな。そんな技術、お前のような一般人だった学生の人間が学べるものとは到底思えないが」

「……学生時代の知人に教えてもらっただけです」

「ほう? ――――誰に倣った?」


 皇の眼は、獲物を狙う捕食者、海の中に住まう鮫を思わせる目つきをする。

 彼女は続けて水を弾丸として乱射を開始する。

 重い、一発一発が鉛玉を思わせる硬度がある。

 水弾を一つ一つ弾く、というより切り捨てる感覚で斬る。


「恥ずかしがりな性分の方で、俺に名前を明かさなかった人なんですがいいですか!!」

「そうか。なら、今度会わせてくれないか? その御仁と一戦組みたい」

「どこにいるのか、今は知らないですっ!! 下手に自分のことを話せば、切り殺そうとしてくる人ですから無理でしょうねっ!!」


 全ての弾丸を叩き切ることはできず、体のあちこちに傷が入る。

 嘘は言っていない。実際に現世でも、俺の師となる人物はいた。女性ではあったが……あの人は、名前すらも名乗らない不思議な人だった。彼女も、瞬踏は使っていたが、前世から瞬踏の武術は知っていた。瞬踏の技術などは聆月と一緒に過ごしていた時に黄帝様との縁で稽古と言う形でとある武人に武術を教わっていたこともある。

 相当のご老人で、今なら天国にいるか地獄にいるのか、それとも転生しているのかさえ知らない。転生しているのならば、おそらくワン様が見つけてくれているとは思うからだ。


「ほう、そうか……なら、今度遠征の時に見つけるとしよう」

「そうしてください!!」


 ……ッチ、また威力が上がってきている。

 どれだけ水の与力操作が上手いんだこの人は。現世の師匠ならば、見つけられたとしてもまたあの地獄の稽古の日々を過ごす気にならない。

 あれだけの力量の人物は前世の時に大量にいたとはいえ……現代の学生の歴史の教科書に載るほどの武人に手合わせしてもらったこともなくない。なくはない、が、はっきり二度とやるものかと俺は思っている。

 現代ならば、与力を借りてさらに強い人間もいるだろう。自分の強さに酔いしれるために戦うなんぞ、傲慢の極致だ。

 だが、俺を付け狙うアヒナ・ビーガンたちのことも考えると、そんな甘っちょろいことも言ってなどいられないのもわかってはいる。


「っ、く!!」


 腕に斬り傷が走るが、そんなものになんぞ構ってられん。

 だからこそ、皇隊長に一撃でも与えなくては気が済まん!!

 水弾はありとあらゆる方向から飛んでくる。

 ……おそらくこの攻撃、彼女が何かしらの強い攻撃を撃つために、俺の集中力を削っている。


「聆月!!」

『わかっている!』


 聆月が生気を俺に込め、体の傷を癒していく。

 戦番になったのもあるおかげか、彼女との繋がりをより感じ痛みの感覚もあっという間に引いていく。

 ……よし、水弾に意識をやりながらこの戦法で行けば、なんとかっ。

 脳筋の戦法にも思えるが、持久戦で対抗するしかない。

 先にどちらの与力が減るか、そして、最後を決めるかどうかっ!!

 

「どこにいるのか知らないのに、切り捨てられると?」

「あの人なら、地獄の底まで追いかけてでもすると確信があるのでっ!」

「……そうか、ならばもっとお前の剣技を見たくなった!!」

 

 水弾の威力が上がっている……このままでは、明らかに新人である俺と聆月の体力が減るだけだ!! おそらく、それが目的だ!


『……サディーク、油断は戦場では死と同意義だ』

「……っ、」


 戦闘を通して、前世の記憶の一部が魂に刻まれた幻影を脳に映す。

 飛び散る飛沫が俺の頬を裂く。


「くっ!」

『鋼陽!!』


 不味い、一瞬意識を飛ばした!


『鋼陽、どうする!? このままでは負けてしますぞ!?』

「大丈夫だ! 聆月は回復に専念してくれ!!」

『……っ、わかった!』


 俺は刀を構えながら水弾を斬り続ける。

 時折長い水弾は弾く感覚で斬っているが、このままでは聆月も力尽きる。

 このままでは俺は何の成長もできず、ただ能無しという烙印を押されてしまう……! 天才ではない凡人だと、俺でもわかっている。

 だからこそ、ならばこそ! 戦いの中で、活路を見出すしかないっ!!


「ほう、これも耐えるか……なら、これならどうだ?」


 激しくなる四方八方から飛んでくる水弾は、まるで野球の球で全身を千本ノックしてくる勢いでやってくる。全ては躱せない。躱し切れない。

 だが、的確に急所は庇い、集中力を絶やさない。

 地獄のような日々の研鑽が、脳裏で思い出されていく。皇先輩の水弾でよりあの時よりも苦痛だった痛みをより連想させより、深く記憶の一部一部を紐づけていく。

 鋼陽は自分の刀の柄を強く握る。

 大丈夫だ、まだ柄を握れる力は残っている! ならばまだ、耐えられる!!

 あの耐え難い日々よりも、この水鉄砲地獄なんぞ怖くもない!


「……ここまで私の攻撃を耐えたのは、新人でもお前が二人目だ。統烏院鋼陽!」

「ならば、光栄だ!! 皇軌雨!!」

「……はは、そうこなくてはなっ」


 飛んできていたはずの水弾は止み皇隊長は片手を地面について両足を地面へと開脚し始める。流体になれるからか、体も随分と柔らかいんだな。 

 ……感じていたが、彼女自身が流体になるのは彼女自身の能力なのは間違いない。

 でなくては、模擬戦としての意味をなさないだろう。

 彼女の神者の力を借りないのも、それが理由なのだろうから。

 前世ではよく使っていた瞬踏しゅんとうだが、現世ではまだ二度しかない。

 多少のインターバルがある……それは、彼女も同じなのだろうか。


『サディーク……戦場では疑うことを忘れるな。でなくはお前は既に死んでいる。俺たちの後ろに佇む墓標のようにな』

「っ!!」

 

 鮮明に一瞬流れた映像が、脳裏にこびり付く。

 ……そうだ、いけない。期待なんぞ戦場で抱いてはいけないんだ。

 模擬戦だから? 違う、戦いなのならばそれは戦場だ。前世の、呪いを受けてから辿った兵士だった時の自分にできた、とある同胞の言葉が頭に過る。

 臆病な兵士が戦えるのは、国のために。愛しき者のために。

 誰かの犠牲になることを厭わなかった、彼の、彼らの死を忘れてはいけないのだ。常に疑え、疑え、疑え……疑え、相手の出方を。相手の戦術を。


  ――たった一瞬でも見誤うな。


 鋼陽は、息を吐き呼吸を整える。

 顔つきが変わった、と皇が感じていることも露知らず、鋼陽は覇気を放ちながら獲物を構えた。

 皇は流体化し、一気に鋼陽の間合いを詰める。


「止めだ、統烏院鋼陽」


 ――この時を待っていた。

 彼女が間合いに入ったと思った隙の一瞬、ここだ!


残炎斬ざんえんざん!!」

「――何!?」


 燦々と煌めく一瞬の極光は瞬き、燃え滾る一線が刹那を斬る。

 皇の頬に赤い線が刻まれた。

 彼女は流体となり、鋼陽から距離を取る。

 彼女は自分の頬にそっと触れた。

 

「……っはは、やるな」

「勝者、統烏院鋼陽!」


 夜部先輩が手を上げた、模擬戦の終了を意味しこれ以上の戦闘は不要だと悟る。

 探間が皇隊長に急いで駆け寄った。


「キサメさん! 今、治しますからっ」

「ああ……頼む」


 緑色の輝きが、彼女の頬を仄かに照らした。

 皇隊長は探間に治療され、頬にできた切り傷がすぐに消え失せる。


「……ヒサメの体に手を触れる、とかでも何も問題なかったけど、本当に一発入れるとはね」

「……すみません、新人だと言うのに隊長に傷つけてしまって。これはあくまで模擬戦だったというのに」


 皇隊長は、ふっと穏やかなに笑顔を返してくれた。


「謝る必要はない、私が手加減するとはいえお前は真面目に自分の本気を出そうとしてくれたのだろう。ならば、その方が今後の訓練のメニューに何をすべきかの方針も立てやすい……気にするな」

「……ありがとうございます」


 彼女の言葉に感謝と礼を込めて頭を下げる。

 皇隊長の治療を終えた探間は、慌てて俺のフォローをしてくる。


「こ、鋼陽君が初めてなくらいですよっ? キサメさんに傷を負わせるなんて、今までの処刑人オタクの中でも新人で一発与えたって、ぜ、ぜぜぜ絶、対伝説になりますよっ!」


 探間なりの賛辞のつもりなんだろうが、俺にそんな称号めいた物なんぞ要らん。


「俺は、伝説なんぞを目指しているんじゃない……俺ができると言うのなら、俺の周りの身近の人間が少しでも安心して生活できる日々を増やしてやりたいだけだ。それが、今の俺にできる仕事だと思ってる」

「……鋼陽君」

「真面目なんだね、統烏院君って」


 ぽかんと、口を開ける探間、感心した目を向けてくる夜部先輩の態度がよくわからん……なぜ、普通のことを言っただけなのにそんな顔をするのだろう。


「では、統烏院鋼陽……いいや、鋼陽隊員、君を正式に我々一二番隊の隊員として認めよう」

「……はい、よろしくお願いします」


 俺は一礼をして、歓迎される中俺の肩に手を置いて、軽く口角を上げて夜部先輩は俺に近づく。


「ねぇ、君のこと鋼陽って呼んでもいいかな」

「あ、ぼ、ぼぼぼ僕も! ……鋼陽君って、勝手に呼んじゃっててうざかったかもだけど、いい……かな?」

「……別に構いません、探間ならもともと同期なんだから当然だろう」

「そ、そ、そう……だねっ」


 ぱぁっと嬉しそうに笑う探間はどことなく、呼猫と似た雰囲気を覚えた。


「……なら、よろしくね鋼陽。これから頑張ろうね。処刑人として」

「二人とも、隊長の私よりも先に言うのはどうなんだ?」

「ご、ごごごごめんなさい!! キサメさん!!」

「……そういうとこの形式、意外とこだわるよね。キサメって」


 呆れて言う夜部先輩に対し、探間は慌てて深々と頭を下げた。

 ……探間に関しては、そこまでビクビクしなくてもいいと思うんだが、まあいい。


「はい……皇隊長も、よろしくお願いします」

「ああ、私のことは一二番隊のみんなのようにキサメと呼ぶのも、皇隊長と呼ぶのもどちらでも問題はない、安心しろ……もう疲れろう、寮に戻るといい」

「はい、そうします……では」


 一度頭を下げてから、俺はすぐに寮の方へと帰っていくことにした。

 マンションに行き、扉を開け俺はすぐベットに寝っ転がった。

 ……疲労感が凄い。というか、普段使っていない全身の筋肉が悲鳴を上げている。


「大丈夫か? 鋼陽」

「……戦闘で、あれだけの弾丸のような水を叩き切っていたんだぞ。腕と言うか、全身の傷は治っているとはいえ、疲労感は消えていない」

「それはそうだろう、普通の一般人側として過ごしてきたお前が、戦闘であれだけの動きをしたんだ。体が追い付いていないに決まっている」

「……それも、そうか」


 聆月の言い分ももっともだ。学生時代から剣道部に所属していたから、まったくの体力がないわけじゃないだろうが……瞬踏も当時気軽に使っていたが、本来の人間の体では体力がいるほうの技術だったのも確かだ。

 ……だが、何か作らなければ腹が減るのも事実。何か、作らないと。

 頭が上手く、働かない……参ったな。


「よし、わかった」

「……? どうした、聆月」


 聆月はベットに沈んでいる俺に、頭を軽く撫でてくる。


「待っていろ、何か作ってきてやる」

「……待て、何を作る気だ」

「粥でも作ろうと思っている……ただの粥よりは、鶏ガラをいれた粥にしようとは思っているが、材料は持って来ていたはずだったろう?」

「鳥ガラ粥か……」


 ああ、腹が空いている感覚はするから、普通の粥よりはいいかもしれない。

 意外と、美味いんだよな。俺自身も作ったことはないわけじゃないが。

 聆月は最後にぽんぽんと俺の頭に触れると、すっと立ち上がる。


「ああ、大丈夫だ。少し待っていろ……今は休んでおけ」


 去って行く聆月の姿を見て、回らない頭で考える。

 ……聆月の前で、料理をしていたのもあるから多少の現代の調理器具の知識はないわけじゃないはずだ。前世の時も、聆月はなんだかんだで料理をした経験もある。

 なら、安心か……どこぞの漫画のヒロインたちのような、なんちゃって料理どころか毒料理だの闇鍋や灰や燃えカスといったダークマターを産み出さないことを、ベットの上で祈ることにした。

 鋼陽はあまりの疲れで、意識を飛ばした。



 ◇ ◇ ◇



 血を纏った女が、塗羽色よりも暗き黒髪を持った女が俺に笑いかけている。

 俺を膝枕にして、笑っている。

 俺がよく知る白い着物をまとった格好と反対に黒と赤を主体とさせた何かの制服にも見えなくない服を着た女はなぜか、俺に寂しげに笑いかけている。

 右目には、黒い眼帯をして左目が寂し気に歪むのが見える。

 俺の知る花緑青の瞳とも違う、翠玉の瞳は切なげに映る。


「ああ、君が無事で、よかったよ」

「……貴方、は、」

「私は――――だ、戦場で会ったのは……初めてだね」

「……っ」


 誰、だ。名前が聞き取れない。

 雑音がうるさい、聞こえない。

 なぜ、だ。


 ――なぜこの女に、彼女とも違う熱を覚えるのは。 



 ◇ ◇ ◇


 

「……ら、――、……よう……起きろ、鋼陽」

「……んっ、なんだ……れい、げつ」

「できたぞ、ほら喰え」


 俺は綺麗にかけられた布団の中で、目が覚める。

 ……聆月がかけてくれたのか。聆月は胸元に俺が愛用している無地の黒エプロンをつけて、料理を運んできてくれる。

 鼻を掠める、香ばしくも優しい香りは本当に鳥ガラ粥でも作ってきてくれたのだろうか。湯気が見えて聆月が持ってきたお盆の中にある粥は、少し黄色いが普通の粥のように見える……安心してもいいのだろうか。


「……ぐ、」

「こらこら、無理して動くな。食べさせてやる」


 俺自身も、聆月と契りを交わす前の時も自分で作ったことがある。

 応龍になったことで家事ができなくなったわけじゃないのだと少しホッとした。

 念のためになのか、梅干を三つほど別の小皿に乗っている。

 現代での知識でも、梅干はクエン酸があるから少し疲れは取るのにはいいとは思ったのだろう……心配性だな。


「一応、普通の粥の方も作ってある。これが食べにくかったらそっちに取り換えてくるぞ」

「……ああ、助かる」

 

 ……昔熱を出した時も、こうやって持って来てくれたんだったな。

 聆月の気遣いに素直に感謝し、彼女はレンゲを持って俺の口へと運んだ。

 口に広がる鶏ガラと咀嚼しやすくなった米が腹を満たしてくれていく。

 これくらいなら、食べられるな……さっきまで疲れのあまり、食事を摂るのも億劫だったが少し眠ったのもあって食欲が湧いたようだ。


「どうだ? 体は動かせそうか」

「……もう少し、食べたい」

「ふふ、いいぞ。ほら、あーん」

「ん……っ、ん……美味い」


 あーん、というのは少し気恥ずかしいし、病人と言うわけでもないのになぜか、少し前世の時に戻ったような感覚もしてもどかしい。


『……大丈夫か?』

「――――っ」


 鋼陽は額に手で触れる。

 頭に一瞬浮かんだ雑音交じりの女の声が、誰なのかもわからない。

 一瞬、夢に出たと感じた女なのかも定かではない。

 サディークと俺を呼んだ親友の時の記憶がさっきの戦闘で過って、なぜあの女性が夢で出てきたのか、わからん。


「どうした? 鋼陽」

「……なんでもない、大丈夫だ。少し……眩暈を覚えただけだ」


 きっと、前世で出会った人なのは間違いないが……名前すらも思い出せない。

 ……後で、自分なりに前世で経験したり、思い出した人物をメモ帳でいつでも確認できるようにしておこう。


「私のお粥が不味いことがあったか?」

「美味くないわけがないな」

「ふふふ、正直で良し」

「……そうか」


 鋼陽は、聆月にお粥を食べさせてもらい、すぐに就寝することにした。

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