第8話 祖父の遺体の確認

 レムレスの首を切り落とした刀を軽く横に払う。

 水飛沫で落ちた黒い血痕は、白砂の中庭の中へと落ちていった。

 倒されたレムレスを見て、祓波は永嗣さんに駆け寄った。


「大丈夫っすか? 永嗣さん」

「……あ、あはは。立てないや」

「肩貸します」

「ありがとう……鋼陽君は、大丈夫?」

「……はい」

「やったなっ、鋼陽!」


 苦笑する永嗣さんを他所に親指を立て、軽快に笑う祓波には一言物申したい。


「……お前、なんでここにいる?」

「うぐっ……いいじゃんか、別にさぁ」

「渋谷で別れただろ、後をつけてくるにしては遠すぎる」

「ギクッ!!」


 痛い所を突かれたのか滝の汗をかき視線を逸らす祓波。

 ああいう力が使えるってことは処刑人側の人間と見ておかしくない。

 渋谷の時にはしていなかった、木製の数珠が目に入ったからもある。


「……それは、今話すべきことじゃねえだろ」

「だが、」

「そうだ! 鋼陽君! 秀蔵爺さんは!?」

「……心臓を除いては、遺体は守れたかと」

「……そう、か」


 永嗣さんは、悲哀も混じった笑みで俺に笑いかける。


「ありがとう鋼陽君」

「……いえ」


 俺にできることはやった。爺さんの遺体も、心臓を除いては守り切ったんだ。

 葬儀の時には、ちゃんと別れをすることもできるだろう。

 拳を強く握る。涙など、俺には許されていない。

 本当の家族の一人である、永嗣さんたちが許される。

 俺は爺さんを救えなかった、ただの養子……それでいい、いいんだ。


「鋼陽……」

「僕は、統烏院さんたちに連絡するから、鋼陽君は継一郎君と一緒に待っていてくれるかな」

「わかりました」

「はいっ! んじゃ、鋼陽、ちょっと向こう行こうぜっ」

「は? おいっ」


 祓波に無理やり手首を捕まえられ、鍛冶場の方へと入って行った。



 ◇ ◇ ◇



 鍛冶場には、爺さんの血の匂いが充満している。

 竈の一部は、レムレスが出てきた時に一部が壊れていた。

 ……しばらくの間は、鍛冶仕事はできないな。爺さんが弟子を取らない人だったから、爺さんの刀を今後目に見ることができないのは残念だ。


「……悪い爺さん、失礼する」


 しゃがんで、爺さんの方へとスマホを向ける。

 祖父の遺体を、レムレスに襲われた時用の保険会社や葬儀の人間に遺体状況を教えるためにも写真を撮らなくてはいけない。

 タップして、スマホの画面をカメラモードにする。

 画像に映し出される爺さんの表情は、永嗣さんが直接見るのは耐えられないだろう。彼の生々しい死に顔が、恐怖と失意に満ちた顔に指が震える。

 リビングまで響いてきたあの絶叫が、耳から離れない。


「……、?」


 スマホを奪い取られパシャ、っとシャッター音が響く。

 隣には俺のスマホを持った祓波がいた。

 俺よりも手慣れた手付きなのは彼が住職の息子だからこそ、と言えよう。


「……祓波」

「ライングリムに送らないと、だろ」

「……お前が気にすることじゃない」

「辛いの永嗣さんだけじゃないだろ」

「だが……俺は、」

「無理すんな、頼れよ」


 祓波は、気を遣っているのだろう。

 養子でしかない俺が、秀蔵さんの死を労わることは許されていないんだ。

 本当の血が繋がっている家族だけが許される特権だと思うからこそ、祓波の言葉は複雑である。本来は俺がすべきことだと頭ではわかっているんだ。だが、爺さんの遺体を見た瞬間……罪悪感と自責の念で、頭がどうにかなりそうだった。

 各方向からスマホで写真を撮る祓波は、俺と永嗣さんの代わりに撮ってくれている、祓波は、昔からそういう気遣いはできる奴だ。

 今まで救われたことは言ったことはないが、何度かある。


「……悪い」

「あー? 聞こえねぇなー」


 爺さんの顔を、じっと見る。

 爺さんの心臓は残念だが、彼の腕は食われないでよかったと心から思う。

 爺さん……秀蔵さんは、俺のような捨て子を拾うような優しい人だ。

 気高い精神を持って己自身のためにも、処刑人たちのためにも刀剣たちを産み出した素晴らしき刀匠ではあった。気難しい人だったからこそ俺自身は周囲に秀蔵さんの認識をよくするためにも、学生時代での表面上はよくしていたつもりだ。

 そんな俺の本質を見抜いていたのは、幼少期の友人は祓波だけだった。

 だから、わざと今聞こえていないふりをしてくれているのだと思うと、こぶしを握る手を強める。


「葬儀、無理すんなよ」

「……すまん」

「いいって、お互い様だろ。たぶんうちの父さんがすんだし」

「……そうだな」


 祓波は撮り終わったようで、俺のスマホを手渡してきた。

 祖父の死体を直視できない俺の代わりに撮るのは、筋違いだとわかっている。

 ……今、この場に祓波がいてくれたことを深く感謝した。


「おいおい? 日和ってますかー?」

「からかうな、バカ」

「へいへいー、そうそう! 俺が知ってる俺様様は、そうじゃなくっちゃなっ」

「……お前は、本当に空気が読めないな」

「んだとー?」


 学生時代から、変わらずに居心地のいい空気作りが得意な祓波には、感謝しなくてはいけない。友人を作ろうとしなかった俺に寄って来た変な奴だった印象の方が幼少時は強かったが……悪友としては、頼もしい男だ。


「……礼を言う、継一郎」

「ん? 今、なんか言ったか?」

「何も言ってない」

「えー!? 言っただろ!? なぁ!?」

「言ってない」

「ちぇーっ、お前そうなった時絶対教えてくれねえよなぁ……わかったよぉ」


 ……見た目で惹かれる女共は俺の方が多いが、内面で好かれているのはお前の方だと思うのは俺の内心の中で留めておくことにしよう。


「じゃあ、もう一つ! ……お前の後ろにいるその人のこと、説明してもらおうか? 鋼陽」

「……ああ、そうだな」


 俺は後ろに控えている聆月の方に視線を向けた。

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