FuMa Lum-D.C

@Pochi_sosaku

ヘイラーとフィリアの出会い

「突然の御無礼をお詫びいたします。少々相談したいことがありまして…ただいまお時間よろしいでしょうか?」

そんな堅苦しい言葉と共に、意味通り急に私の家を訪ねてきた彼に最初は言い様のない不安を感じたものだ。この時代には似つかわしくない豪奢な素材の服に異国であり同郷を感じさせる顔立ち、そして取って付けたかのような笑顔の仮面…。

確実に普通の人間では無い。

仮にも数百年の時をこの地で過ごしている私にとって、彼の仮初の姿に騙されるはずがなかった。

「……相談事…ね。いいわよ、入りなさい。」

しかし私はこの時同時に、旧懐の情も湧いていた。なぜこんな感情が湧いたのか、当時の私はすぐには気づけなかった。

恐らく彼の洋服から、『私たち』が生きていた時代の面影を感じたのだろう…。

そんな風に簡潔に考え、私は彼を自分の家に招きいれた。

元々自分を繕って世を渡っている人間。例え中身がどんな悪党であれ、こちらから何か行動を起こさない限り彼から何かすることは無いだろう…。無難に相談に乗り、短時間で事を済ませ別れればいいだけ。

今思えばこんなに冷めた考え方で向き合ってしまい、少し申し訳ない気持ちもある。

滅多に来ない来訪者、第一印象から不穏な気配を感じていた彼との出会いは、こんな最悪な心境からの始まり方だった…。



「…なるほどね。貴方、茨の呪いにかかったの。」

彼は歩く度に前かがみになり、胸にはずっと手を押し当てている。まるで体の中に何かが混入されているような息苦しさと痛みを声として吐き出しながら、ゆっくり壁に手を着いて歩いていた。

そんな彼の動きを見た瞬間、私は直ぐに彼の相談内容に察しがついた。

茨の呪い…それはまず普通に生活する上ではかかる事の無い人為的、それも悪辣の現象だ。

「…お察しが早いようで助かります。自分オカルトを含めた非科学的な物が好きでして…。それで興味本位でカースド・ローズを作成したは良いものの誤って触れてしまって…。そしてどうしようも無くなり、貴方にご相談したくお訪ね致しました。」

彼はそういうとまた笑顔を作った。

なるほど、呪いを意識してから彼の作り笑顔を見ると、確かに憔悴しきっているようにも見えた。自分では上手く繕っているつもりだろうが、口角が上手く上げきれてない印象を受けた。

しかし、

「………………。……馬鹿ね、貴方が何故私を頼りにしてきたか、自分の胸に手を当て考えてみなさいな。貴方が私を訪ねてきた理由、それは貴方よりも私の方がこの呪いについて知識があると思ったからでしょう?そんな私に、貴方は嘘をつくのかしら?」

嘘をつく人間に助け舟を出すほど、私は情に熱くはない。

カースド・ローズ。それは世界中どこを探しても自然現象で開花するものは存在せず、人為的に作成しなければいけない一種のオカルト・都市伝説と化していた薔薇だった。

カースド・ローズは英語を日本語に直訳されたものであり、意味は「呪われたバラ」となる。名前の通りこのバラは呪物として界隈で取り扱われており、日本や中国で伝えられているコトリバコや蠱毒と言ったような儀式を持って効力を得ると言い伝えられている呪術用の道具となる。

具体的なやり方は、とある条件下で咲かせたバラに呪いたい対象の血液を3滴垂らし、そのバラを対象へ触らせるだけで先程声に上がった「茨の呪い」がかけることが出来る。だけと言っても、とある条件下でバラを咲かせるという最初の手順が『普通の人間』ではほぼ不可能なことなのだけど…。

そして、上記の説明は世に出回っているカースド・ローズの説明となる。これが界隈でよく知られている情報であった。


しかし、この情報は決定的な部分が間違いなのだ。


「……カースド・ローズは確かに世間一般では触れるだけで呪いの効力が出るとされるわ。薔薇を開花するのが難しくても、中には人よりも魔力…まあ、オカルト的な力が強く開花が可能な存在もいて、貴方がその誰かさんから薔薇を譲渡された可能性もあるから、変な詮索はする気はなかった。」

「…えぇ、オカルトが好きな物としてはそのような魔術?を使って呪物を作り上げるというのは惹かれる物です。バラはオカルト好きの知人から譲り受けた物ですが、最初はもちろん半信半疑でした。まさか本当に出来てしまうと思わなくてつい迂闊に触れてしまったんです…。……それのどこが嘘だと思うのですか?」

「………呪いの効力を発揮させる方法、それが世間に出てる情報と違うからよ。貴方が今現在茨の呪いを受けている、その事実と貴方が『誰かから受け取ったのではなく、自分でやってしまった』という証言で、貴方の嘘と貴方が普通の人間では無いことが証明されたのよ。」

「………………」

彼はピタリと足を止め、私を見つめる。その目は先程の温かさと優しさがこもった瞳ではなく、自分の敵となりうる存在を警戒するかのような、氷のように冷たい瞳だった。

「……実際に行動を起こした貴方に説明しないとダメ?………カースド・ローズの呪いの効力が発揮されるのは、『対象者がバラを体内に入れた場合』なのよ。…そしてこの説明はどこの本にも記されていないし世間に情報も出回っていないわ。

……私が書いた魔術書の、私が施した封印を解いて魔力で浮かび上がった文字を読まなければ、絶対にわかるわけが無いの。」

そう、カースド・ローズは嚥下をすることによって対象者の体内に入れなければいけない。バラに触れるだけなら何ともない、何の変哲もないバラなのだ。

そして茨の呪いとは、開花されたバラが体内に入ることで根を張り、その根が徐々に茨へと姿を変え、体内のあらゆる臓器に茨の棘が食い込ませ、やがて吐血を含め体中から出血し死に至らす呪いの対象者を長期的に苦しませ殺す悪辣の呪術であった。

もちろん魔術の一種であるため医学の力は通用しない。どんなに診察を受けようと、レントゲンを撮ろうとバラも茨も視覚で感じることは決して出来ないのだ。

そしてこの真の呪物の扱い方は、私が筆者である魔術書にしか情報が載っていないのである。

元々ハーブを使った調合魔術をまとめた魔術書だったのだが、その一環にカースド・ローズの話を少しだけ書いていた。しかし世に出回っている情報との齟齬が発覚し、すぐに封印の魔術をかけ情報を隠したのだが……

その封印を解き、真実に気づき、茨の呪いにかかった。

そんな事実が並べられる時点で、彼は簡単に信頼のおける普通の人間では無いのだ…。少なくとも、私の封印に気づき封印を解くほどの魔力の持ち主なのは確実なのである。

「……貴方の隠していることを全て晒さないとその呪いを解く方法を教えないわ。私、嘘をつく人嫌いなの。」

自分で言って少し胸が傷んだのは、今回は気づかなかったことにする。

彼は私の言葉を聞くと悩んでいるような覚悟を決めるかのような面持ちでしばらく目線を下に向けたあと、意を決したかのように口を開く。

「…………別に嘘を貫こうとした訳では無い。変に警戒されたり、攻撃されたりしたら、色々と面倒くさいから、穏便に、済ませたかった、だけだ…。」

そう砕けた言葉を吐くと、彼は細かく息を吐いた。どうやら外に出していた苦しさ以上に身体に侵食しているようで、立っているのもやっとと言わんばかりの様子だ。

「……私信用がなかったのね。信用無い人に助け求めてどうするのよ」

「……出来るわけ、ないだろ……。…魔術書、書いてるやつなんて…………魔術師なんて、ろくな奴いない…。……認めた、だろ。…早く何とかしてくれ……」

素を外に出すと決めた彼はそのまま壁によりかかると、ズルズルと身体を下に滑らせ、そのまま座り込んでしまった。

「はぁ………詳しい状況は分からないけど、興味本位でバラを食べて呪われてって自爆もいい所だわ……。助けてあげるだけ有難いと思いなさいな。」

「…………………」

返事をしなくなった彼を見やりながら溜息をつき、私はとりあえず彼をその場へ残し、調合部屋へと向かった。



呪いを解く鍵はハーブだ。

元々私は解呪作用の強いハーブの調合魔術を研究し、それを魔術書にまとめている時にカースド・ローズの話を記したのだ。

つまり私の栽培しているハーブと、私の開発した調合魔術を掛け合わせれば解呪剤が作れる。あとはそれを飲めば良いだけ。

とは言ってもさすがに即効性のあるものは作れなかったので、長期的に、とくに彼ほど進行してしまっている場合かなりの期間を飲み続けないといけないのだ……。

それはつまり、

「……彼とはこれっきりの付き合いにはならなそうね…。」

私と彼の関係網が、他人ではなくなる事の始まりだった。










「ねぇ?覚えてる?貴方の起こした爆笑呪い自爆事件」

「…っ勝手な命名するな!」

とある昼下がりのティータイム。彼が持ってきたクッキーをつまみながら口を開く。

「だいぶ出費かかったのよ?どれほどのハーブが貴方の体内に消えていったか…」

「だから散々礼は言ったし礼品も渡したしお前のわがままも散々聞いただろう…!」

あの後、無理をしなくても自力で歩けるようになるまで彼の事を私の家で看病することになった。

1日数回決まった時間に、私の調合した薬を服飲し、少しでも臓器が傷つかないようになるべく体を動かすのを控えさせた。

その甲斐あってか1ヶ月も経てば、彼は身を起こしヨタヨタ歩きながらも歩行は出来るようになっていた。

しかし茨の呪いは完全に解かない限り再び根を張り茨を生成する。私も彼も油断は出来なかった。

そして他にも私には懸念があった。それは彼の傷ついた臓器の事だ。

私のハーブは茨の呪いを解く用途はあれど、傷ついた臓器を治療できる訳では無い。臓器を回復させるとなると、それは物理的な傷なので医学の世界の話になる。

しかし私がその事を伝えても、彼はとくに深く考える様子はなく「アテがあるから大丈夫だ」と言ったっきり、私の懸念材料となった話題は呆気なく終わってしまった。

もちろん今となれば、彼が臓器を回復させるために何をしたのか想像はつく……。こうして不死の力を器用に利用し、健常体を保ってきたのだろう…しかし自分の体に呪いがかかってしまったら不死なんて関係ない。完全に呪いを解かない限り、永遠に痛みに苦しみ生と死を繰り返すことになる…。

「おバカさんね…」

好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったものだ。こんなに体現させた様子など見たことがない。

しかし、こんなはたから見たら馬鹿としか言いようがない行動でも、そこから得た物は彼にも私にもあったのだろう…。

数少ない同胞の手作りの菓子は今日も美味しい。

穏やかな昼下がり、波乱の出会いとは裏腹に穏やかな風が私と彼の長い髪をそっと撫でた。







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