人類の玉手箱

@suzuka32

1.あの日から一年

「女神様もう人類の行いを生物だからと目を瞑ることは出来ません!」

「一旦皆さんお静かに――」

「皆と同じ意見です。このようことになった発端は、め、、み、様、、が人類に魔力をお与えになったからであり――」

「このままでは私の種族の生き残りが何らかの理由で人類に殺さ――」


 知性のある生物を代表してこの場に集った千を超える人数の天使らは女神が現れると間をおいてから一人、二人と声を上げ、今や主張の声が折り重なり、ほとんどの主張が椅子に座り遠くを見る女神の耳には届いてはいない。その中、一人の天使は項垂れたまま、人類への不平不満の声が勝手に鼓膜を揺らし脳へと伝えられるのをほとんど放心状態でいる。すると。



「口を慎みなさい!!!」


 騒々しい天使らの声は自分の声すら耳に届かない程その場の音情報を塗り替えした女神イフの怒号が天使らを慄かせた。女神の了承の言葉が出るまで天使らは発声するのを止める気がなかった。ある天使は呼吸を行うかすら考える者もいるほど緊張が走る。自分の声がどこか遠くに響き消えていくまで一旦閉じた口を再び開き。


「当然分かっています! あと、私は魔力を与えたのではなく魔力の使い方を教えただけで、私が手を貸さずとも人類は数百年後に魔法が使えるようになっています! なので遅かれ早かれこの事態になっていました! 皆さんは私が人類によって想像されたからと言って人類をかばっているとお思いなのですか?!」


 女神様は普段は優しく、自分の仕事を中断しすぐに相談に乗ってくれる。だが、先程のように優しい口調でことを収めようとするが種族の運命がかかっている訳で誰も頭の中では口を閉じようか逡巡するが、それだけだ。そうしていると、ブチギレではなくわざと凄みを出した口調で言い放つ。本当に寛大な心の持ち主である。しかし、今回は怒りが籠もり空気を一瞬にして塗り替えてしまうほど。今、女神様の心中はどうなのかと一人の天使は女神の次に言葉を放つときを待ちながら思っている。

 もう女神が大声を発してから一分が経ちそうなとき、目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせていると思われる女神は。


「私情を持ち出してしまいますが皆さんにお願いです――」


 心を込めてゆっくりと一文を言い終えた。その女神は目を開いたあと、議長席の机に土下座のように深く頭を下げるが勢い余って頭突きしてしまう。痛々しい音が静かなこの空間に響く。しかし、動揺を見せず、こう言い放つ。


「どうか、人類にチャンスを頂けませんでしょうか!?!?」









 目を開けるといつも視界の上の方に映る空ではなく雲が少しもない青天の全てを白い絵の具で染められたような、空とは違う何かが視界一面に映る。


「あっ!やっと起きましたか」


 そのまま非現実的な何かを眺めているとその視界に緑髪の女性の心配そうな美顔が右側から入り込んでくる。


「自分の名前は分かりますか?」


 彼女はまた口を開き、誰かに感情の籠もった声調で疑問を投げかけているのだが。

 ……なぜだか、それに対する返事がない。心配を掛けているのにどうしてすぐに返事をしないのだろうか。


「聞こえてますか?」


 彼女は聞こえていないのかと思ったのか体勢を変えると、側頭部に手を添え耳元で声を発する。

 んっ?耳元……。今、体を揺さぶられているような……もしや俺に声を掛けていて――。


「痛えーっ!」

「あっ、やっと反応してくれましたか」


 俺は放心状態から戻ると太ももの内側から激痛を感じ反射的に状態が起き、声を上げて反応する。

 状態が起き上がったことで上以外の景色を見ることができたのだが自分の周りには何にもなく、ただどこまでも起伏もなく地平線のようなきれいな区切りのない、頭上と同じ白の地面と学校の制服を着た自分の体、そしてさっきから俺に声を掛けてくれていて、今は右足を四つん這いで跨いだままこちらに丸い目を向ける白いロングワンピースを着た彼女が視界に入っている。


「今の状況理解できていますか?」

「……分かりませんね……」


 俺が何をしてここにいるのか全く思い出せないのがなんだか申し訳ない。

 女神様は立ち上がり俺の正面に立つと。


「とりあえず自己紹介から、私は生命の神のイフと申します。この真っ白でだだっ広い空間はグレス、簡単に言えば魂のための応接間という場所。そして、どうして佑樹さんがここにいるのかの理由は端的に言えば、交通事故に遭い亡くなったからです」


 ……えっ? 俺死んだの? 交通事故って自分は免許を取得してないし、無免許運転はするような機会なんてないと思うし――


「どうして交通事故になんかに⁉」


 今日起きた記憶すらないのにも関わらず交通事故で死んだと言われ納得の行かない俺は四つん這いになり見上げる女神様に必死になって問う。


「朝、幼馴染の彼女さんとの高校への登校中。青信号の横断歩道を渡っている最中に白線で止まろうとした車の運転手がブレーキとアクセルを踏み間違えて交差点に侵入し、佑樹さんと彼女さんに突っ込んできたところを佑樹さんは彼女さんを前に押し出す。そして、その場に残った佑樹さんが引かれた……という感じで……」


 あーそうだ、思い出した。電車で高校の最寄り駅で降り、駅からすぐの十字の交差点で車に引かれる瞬間に意識が失って……。というか雪奈は別に彼女じゃ…………告白していたらどんな言葉返してくれたのだろうか……。

 俺はこう死んでから後悔する、雪奈のことを……⁉ そういえば⁉


「雪奈は大丈夫だったんですか⁉」


 自分の身を犠牲にしてまでかばったのに大怪我、最悪死んでいたら悔やんでも悔やみきれない。

 俺は鼓動が強く感じる中、心のなかで無事であることを強く願う。


「佑樹さんのお陰でかすり傷で済んでいます」

「ほっ、よかったー」


 それを聞いて俺はもう成仏してしまってもいいと思う。俺は俺の人生、雪奈を助けるためにあったのだとそう信じたい。

 思えばさっきからゆうきって……。


「どうして俺の名前知っているのですか?」

「情報については調べれば知れるのですよ!ですが、佑樹さんだけは良い意味で少し優しすぎて、人を気遣うその心を持つ人間はかなり稀ですからね。時々気にかけていましたので……」


 人を天界から観察していたことに後ろめたさがあるのだろうか? それとも、当人を見ていたという事を言うのが恥ずかしのか? 天界から観察したことなど俺は当然ない訳で理解し難い。でも、雪奈の一日の行動を見てみたいと俺は強く思う。あっ、もしかして女神様、俺の心の洗濯中をみてしまったからなのかな⁉ だからと問いかける気はないだって、俺も恥ずかしいもん。というか俺は神様に観察されるほど善人かのか? ましてや、そんなに女神様はお暇ということなのか?


「俺そんなに他人から見ると良い人なのですかね?」

「だって、小銭を使えない友達の一円玉と五円玉を十円玉で勝手でありますが両替してあげたり、彼女の買い物にテスト前日で全然勉強してないのに一日付き合ったり、海では自分も海水浴客なのにライフセーバーかのように海で泳ぐ人を見守って溺れたと思ったらすぐ飛び込む。あとは――」

「もうやめて下さい! なんか恥ずかしいです!」


 生前の善行を並べられ恥ずかしがる俺をみてクスッと笑った女神様は俺に選択肢を示す。


「そうですね、失礼しました。では、そろそろなぜ本題に入りたいと思います。私は見返りを求めず善行を積んだ佑樹さんにこの先の選択肢を三つ与えたいと思います。一つ目は天国、その逆で二つ目は地獄、三つ目は異世界です」


 最後の選択肢がすごく際立っている。あと、地獄が選択肢に地獄が用意されているなんて驚きだ。


「地獄ってなんで選択肢に?」

「できるだけ多くの選択肢から選択できるようにと、そして異世界ですけどそこで私からの頼まれごとを果たして頂けたら現世に戻れるようになっています」


 戻れるってどういうこと⁉俺死んだからここにいるはずなのに……。


「現世に戻れるって俺死んだのにどうしてなのですか?」

「実は佑樹さんの体はこの選択肢のために植物状態ですが生かしているのです。体に戻れた場合、その状態から開放され、一ヶ月間のリハビリで元通りになるように手筈しておいてあるです。あと、異世界での二日は現世で一日の時間経過、つまり異世界で一年過ごして現世に戻ると死んでから半年後の世界になっているようにと時の神にお願いしておいています」

「えーっと、それは雪奈に告白できるということですか?」

「そうですね」


 まじでか! 異世界での頼まれごとを楽しみながら済ませれば、また現世で楽しく過ごせるなんてこの選択肢、絶対異世界を選ぶしかないでしょ! あとは頼まれごとの内容がどうかだ。

 

「その頼まれごととは一体何なんですか?」

「簡単に言えば、その異世界にある聖剣で人類を救ってほしいのというものです……椅子座ります?」

「ご気遣いありがとうございます」


 女神様が未だに床に座っている俺を気遣ってか手のひらから木の椅子を出現させる。

 そんなことできるんださすが神様って感じだ。何もないところから物を出現させたことに気を取られたけど、その頼まれ事は聖剣を取り、勇者として魔王を討伐するってことでしょ まるでライトノベルみたいじゃないか。あっ、でも、そう安々と勝てる訳ではないんだよな?


「魔王ってどんくらい強いんですか?」

「えっ? あっ、あー魔王は聖剣が使えれば、佑樹さんに私が付与するバフで余裕です。ですが鍛錬は必要ですよ」

「そ、そりゃわかってますって」


 なるべく早く聖剣を手に取り魔王をやっつけることしか考えてなかったから聞いてなかったらちょっと危なかったな。よし、決めた。


「じゃあ、さっきの選択肢三つ目の異世界で!」

「分かりました。異世界でのんびり過ごすのも佑樹さんの自由なのですが、私からの頼み事を果たしたからと強制的に現世に戻らされる訳でないので、果たして頂けたら嬉しいです」

「元々その頼まれごとを果たして現世に戻る気ですから安心して下さい」


 異世界かすごく楽しみだあ。短い間だと思うけどたくさんの冒険譚を雪奈に聞かせてあげよう。

 俺が選択してから女神様は俺を異世界へ転送するためにか目をつむり、胸の前で手を組んでいる。その傍らで俺は異世界での冒険に期待を膨らませていると、この白い空間にまたもや白い扉が現れる。すると、女神様は目を開いて近寄ってくる。


「佑樹さんこれを常時身につけていて下さい」


 女神様は組んでいた手から白く透き通ったクリスタルの付いたピアスを見せる。

 俺はそれを椅子から手に取……あっ。俺は気づいた。自分が穴を開けていないことに。


「俺、穴開けてなくてどうすれば――」

「私もそう思いましたから、大人しくしてて下さいね」


 俺はまた組まれていた女神様の手から、あのピアスを開ける道具を見てバフを付与してくれると思われるピアスを手に握りながら咄嗟に後ろへと自分の座っていた椅子をギリギリで避け、走り出した。


「嫌ああああだあああ! 開けたくないいいい絶対痛えじゃん!」

「このまま異世界に行った必ず現世に戻れませんよ!」


 女神様は手にあれを握って追いかけてきた。しかも、俺よりもちょっと早い。まずいどうにかしないと……そうだ正直ピアスじゃなければ!


「なんでピアスなんですか別のものあるでしょう! 例えば、腕輪とか――」

「ダサい」

「指輪とか!――」

「両手ずつに付けたらダサい」

「ネックレスとか!……」

「……なんか嫌」

「女神様がピアス好きなだけじゃないですかあああ!」

「何か悪いんですか!」

「逆ギレしないで下さいよお! ぐへっ!」


 ついに俺は女神に追いつかれ押し倒された。転んでうつ伏せになった俺の背中に女神が跨り俺を取り押さえる。

 当然一回転んだだけで諦めるような俺じゃない⁉ こ、こいつどうして――別に重たいわけではないのに!

 俺はまた逃げるために女神をどかそうと暴れようとするが胴体がびくともしない。抑えられていない両足、両腕、頭を必死に動かすが無駄だった。そして俺が女神を首を回して恐怖して目で見ると女神は悪い笑顔で。


「ああ、せっかく弱気で走って自分で開ける決断の猶予を与えたのに」

「やめ、やめて下さい」

「今頃許しを乞いても遅いです」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」


 俺は女神様に跨がれながら頭を鷲掴みで頭の動きを抑えられ。


 パチンッ!


 音とともに耳たぶに針が刺さる――









「ぎゃああああああああああああ!!!」

「わあああああああああああああ!!!……ってうるさいよユウキ!」


 なぜだか俺の目の前に立っているカルが俺の絶叫に絶叫を重ねる。前ぶりもなく発せられた二つの絶叫に御者は手綱を持ったまま馬車の中を驚きの目で、向かいに座るユシーとミラは耳を手で塞いで少し驚きが混じっているジト目で俺とカルを凝視する。


「お客さん大丈夫ですか⁉」

「いつもこんなんなので大丈夫です」


 ユシーが俺らのことを心配する御者に一言声をを掛けて安心させる。ミラを俺を不思議そうに見つめてくる。


 ここは――王都までの馬車の中か俺はいつの間にか寝てたのか昨晩は二人のことを考えていて目を瞑っていただけだったもんな。どうしてあの日の夢を見たんだろうか。

 あの女神様との対面から大体一年間が経つ。ピアスを強引に開けられた俺は案外痛みはなかったがその後、少し不貞腐れ体育座りで丸まった。気持ちが落ち着いた俺は笑顔の女神様に「世界をお願いします」と見送られてこの世界に降りた。


 鈴原佑樹十七歳、男の平均身長と同値の剣士である俺はこの一年半の間で出会い仲間になった国教である生命の神イフを崇めるイグス教の信者で十七歳、少し小柄な聖職者ミラ、弓を使う民族の村が生まれでキングゴブリンを容易く倒せる程の剣の腕もある十八歳、俺と身長が近い程大柄の弓使いユシー、カルの親にお願いされ仲間になりまだまだ成長が楽しみな十歳、背丈が年にしては低めな魔法使いカルとともに、今は魔王を倒すため、俺の女神様からの頼み事を果たすために聖剣の在り処に向かっている途中でこの馬車は王都へと向かっている。王都の西側に見える高レベルのモンスターが山道に住んでいる高い山セアルの山頂には聖剣が刺さっているらしい。

 

 そしてやっと雪奈にいる現世に戻れるのだが…………ミラのことを俺は好きになってしまったのかもしれない、いや好きなのだ。聖剣で魔王を倒した際には女神様ことイフ様に現世に帰るか答えなければならない。その時までに自分が思っていたい方を決めなければ―― 

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