3 彼女の目的地
戀の元恋人である彼女が賞を取ったのは、別れてしばらく経っての事だった。そのことを知ったのは、たまたまである。
「戀、今でも引きづっているのよ。彼女のこと」
「そうなんですか」
自分の世界にどっぷり浸かっていた戀は叔母と
「いや、余計なこと言わなくていいから」
せっかく友達になってくれると言った相手なのだ。自然体でいたいと思う反面、カッコ悪いところは見せたくないと思った。
「あれから数年経つのにね」
簡単に黙ってくれはしないとは思ったが、案の定叔母はそう付け加える。
気まずいなと思ってると、陽菜から意外な言葉が。
「そんなに引きづっているということは、よっぽど可愛い人だったんですね」
彼女の言う可愛いは、
「いや、陽菜さんのほうが100倍可愛い」
それは事実には違いないが、言ってしまってから恥ずかしさがこみ上げる。
「え?」
彼女に聞き返され、戀は”何でもない”と返答をしつつ顔を両手で覆った。見なくとも、叔母が意味深な表情でこちらを
まだ出会って間もない相手に”一体何を言っているんだ、自分は”と自己嫌悪に陥るものの言ってしまった言葉は取り返しがつかないだろう。聞こえていなかったことを祈るのみ。
「恋ってねえ、突然落ちるものなのよ」
叔母がまた余計なことを言いはじめ、戀は居たたまれない気持ちになる。仕方なく雑誌を立てて顔を覆うものの、”上下が逆”と陽菜に指摘されてしまった。これでは動揺していることが丸わかりである。
心を落ち着けようと、昨夜陽菜とメッセージアプリにてやりとりをした内容を思い出す。確か彼女は『明日用があってこの駅を利用するので、朝れいの珈琲店に来られないか』といった内容の質問を寄越したのだ。明日とはもちろん今日の事。
休みの日にはここにくる習慣のある戀はYESの返事をしたが、その後やり取りが途絶えた。彼女曰く、送信を押し忘れたということだが。
待ったつもりはなかったが、行き違いになってしまっては申し訳ないと思った戀は開店と同時にこの店にいた。
「そう言えば、陽菜さんは何処かに用があってここに寄ったんじゃないの?」
戀は話を変えるべく、そう質問してみる。
叔母とデザートのリンゴケーキの話で盛り上がっていた陽菜が思い出したようにこちらに視線を移した。
「戀も食べるわよね?」
「ああ、うん」
叔母の作るリンゴとクルミとレーズンの入ったリンゴケーキは絶品である。甘いものがさほど好きというわけでない戀も、ここのリンゴケーキは好んでよく口にしていた。
叔母が奥へ引っ込むと陽菜の方に視線を戻した戀。彼女はなんだか硬い表情をしていた。もしかして触れてはいけない質問だったのだろうか?
時刻は8時を回ろうとしていた。この珈琲店の営業時間は朝の7時から15時。一旦休みの時間を挟んで17時から21時まで。
とは言え、早朝に混むのは平日くらいだ。その為、土日の場合は11時までバイトを雇ってはいなかった。それでもなお、土日の朝にここを開けているのには理由がある。
「図書館に用があって」
重々しく口が開かれ目的の場所を告げられたが、そんなに言いづらい場所だったかと戀は首を
この街には大きな図書館がある。それはこの珈琲店が朝から開けている理由の一つでもあった。図書館の開館は9時。ここの常連客の中にも図書館を利用する年配客がいるのである。彼らがその前にここに寄っていくことから、叔母は土日にも店を開けることにしていたのだった。
「そういえば、ここから20分ほど歩いたところに図書館があったね。俺は一度も行ったことがないけれど」
”どんなところなの?”と雰囲気を問う。
「良ければ、一緒に行ってみませんか」
それは戀にとって願ってもない申し出だったのである。
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