第十一話 花火
ひゅ~るるるる~……ドンッドンッ!!
パラパラパラ……
「みゃぁ?」
一体何!? 凄い大きな音!!
口笛みたいな音がしたと思ったら、外で何かが破裂する短い音がしたの。それから何かが散らばるような音が続けて聴こえてきたわ。廊下で顔を上げてお空を見上げてみると、お昼間程ではないけれど、明るい光があたしの目の前で広がってゆくのが見えたの。その光が消えたあと、しんと静まるものだから、背中に何かが走ってきてむず痒く感じたわ。
「始まりましたね」
後ろから聴こえてきた静かで穏やかな声に、あたしは思わず後ろを振り向いて見上げた。すると、あたしの大好きな笑顔が、その視線の先で待っていたの。柳都の声を聴いていると、心を抱っこしてもらえるような心地がして、凄く安心するのよね。
「今日は花火大会ですよ、ディアナ」
「みゅー?」
「ほら、お空をご覧なさい」
柳都が指さした方向へと、あたしは顔を向けてみた。
すると、何かが弾けるような大きな音とともに、真っ暗なお空に大きなお花が咲いていたの。
あたしの目の中へと飛び込んで来たのかと思っちゃった。
夜空を覆い尽くすような、大きくて眩しいお花!
何て綺麗なんだろう!
それはやがて、黄色や青や緑色に光った星となって、ばらばらと一気に広がっていくのが見えたわ。
「なぁ~ごぉ……?」
あ~あ、あっという間に消えちゃった。
凄く綺麗なお花なのにね。
お昼間の明るい時には見えないけど、真っ暗な時だけ見える、不思議なお花。
だけどきらきらと明るい火の粉が、雨のように降ってきそうで、ちょっと怖いけど。
ドンドンッ
ひゅ~るるるる~……ドンッドンッ!!
パラパラパラ……
ねぇ、あれって、手を伸ばしたら届きそうだと思わない?
触ったら熱くないのかしら?
凄く気になる!
あたしは試しに一生懸命お空に向かって、前足を伸ばしてみたの。
でも、全然駄目だったわ。
届きそうで、届かない。
こんなにも近くに見えるのに、変なの。
「ディアナ? どうしました?」
彼は、後ろからその大きな腕であたしの身体を抱き上げた。そして顎を、その白くて長い指でなでなでしてくれたの。優しい指の感触がたまらなくて、思わず背中がぞくぞくしてきちゃった!
ああん、温かくて気持ちが良い~。
花火を捕まえてみようと、身体を前に伸ばそうとしていたあたしは、すっかり彼の腕の中で身体を丸めた。しっぽを大きくゆっくり動かしながら。
「ひょっとして、あの花火を捕まえようとしましたか? ここからあのお空へは、とてもではありませんが、遠過ぎて届きませんよ」
「みゅ~」
あ~あ。やっぱり彼にはあたしが考えていること、お見通しみたいね。嬉しいやら恥ずかしいやら、でもほんのちょっぴり残念な気もする。
でも、柳都の顔を下から見上げてみると、そんなぐるぐるした気持ちなんて、吹き飛んじゃった。だって、銀縁眼鏡を通して見える榛色の双眸が、明るい光のお陰でとっても綺麗に見えるんだもの。花火明るさと夜の暗さに彩られた今日の彼は、一段とかっこよく見えるから、不思議ね。
柳都は、何も言わずに夜空を見つめていたの。
色とりどりの光が夜空で咲き乱れるたびに、彼の顔は様々な色に変化した。青緑色、黄緑色、淡青色、黄色、淡紫色、橙赤色……他にも色はありそうだけど、残念ながら、あたしにはこれ以上は良く分からない。
あたしがもし人間だったら、もっと色々見えるのかしら? きっと、柳都が観ている世界と、同じ色で見えるんだろうなぁ。
そんなことをぼんやり考えているあたしの目の前で、花火は夢のように儚く、真っ暗な空の中へと消えてゆく。
あんなに大きな音をたてているのに、後はまるで何もなかったようになる。
何だか、さびしいなぁ。
ねぇ、そんな気がしない?
さびしいと言えば、猫と人間の生きる時間は違うんだったよね。
確か、あたしの時間の方が短かった筈。
あたしは一体いつまで柳都と一緒に、この花火をみられるんだろうか?
ドンドンッ
ひゅ~るるるる~……ドンッドンッ!!
パラパラパラ……
夜空に大きなお花が咲いた途端、衝撃の音が身体全体に響き渡った。それがあたしの心臓を強く押したのか、ちくりと痛んだの。
今は良いんだけど、あたしは一体いつまで柳都と一緒にいられるんだろう?
今まで、そんなことを考えたことはなかったわ。
いつかは、柳都が一人ぼっちになっちゃうのかなぁ?
そんなの、絶対に嫌!
離れ離れだなんて、絶対に嫌!!
「みゃぁ~う~……!」
「? ディアナ? どうしました?」
彼の腕の中に顔をうずめていると、彼がその大きな手で、あたしの背中や頭を優しくなでてくれた。地肌から毛先へと、彼の暖かい指の感触が、ゆっくりと通り過ぎてゆく。彼の温もりを全身で感じながら、あたしはつい願ってしまった。
あたし、いつまでも彼と一緒にいたい。
あたしが先に死んじゃうなんて絶対嫌!
ねぇ神さま、あたしのお願いを聞いて欲しい。
今のまま、猫のままで良いから、彼の傍にずっといさせて。
離れ離れにさせないで欲しいの。
ねぇ、お願い。彼を独りぼっちにさせないで。
それだけで良いから、あたしの願いを叶えて欲しい。
そう願うあたしの頭の上では、次々と絶えることなく花火が上がり続けていた。
ドンドンッ
ひゅ~るるるる~……ドンッドンッ!!
パラパラパラ……
その音は、花火が夜空にあがっていく音にも似ていたし、何故か誰かが泣いているような音にも聴こえたわ。
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