小屋

星多みん

小屋

 これは僕の記憶の一つだ。その記憶は肌寒い夜から始まる。僕は半袖と長ズボンを着て満月の山を彷徨っていた。何故そんな事をしたかは分からないが、きっと何かを求めて外に出たのだろう。


 僕はコンクリで整備された道から横に伸びている獣道に入る。僕は顔の辺りに伸びている葉っぱを手でずらしたり、屈んだりして進みながら舗装された道を幹に獣道を枝に例えたら面白いだろうなと考えながら進んだ。

 暫く進んで足裏の痛みを嫌に思った時だった。辺りは平原だったが、遠くに目を向けた時、一軒の古い民家が見え、僕はその民家を目的地として足の回転を早めた。


 民家に着いた僕は玄関にノックすると、若い女性の声がして次に足音がこちらに近づいてくる。僕が数秒だけ待つと暖かい灯りと共に引き戸が開き、目の前には美人なお姉さんが立っていた。


「旅のお方ですか?」


 僕は彼女からの問いかけに対して首を縦に振ると、お姉さんは瞬きを二回して右半身を後ろに引いて家に受け入れてくれた。


「いやぁ、助かりましたよ。長いこと歩いていたのでクタクタで……」


 僕は労いの言葉欲しさでそう言ったのだが、お姉さんは何も言葉を言わず、奥の部屋の襖を開けて中に入る。僕は蠟燭で襖の奥を照らすと、一枚の布団にお姉さんが横になってこちらを見ている。


「美人なお姉さんと合法的に添い寝できるのは嬉しんだけどさ。今はそういう気分じゃなくてね。少しお話してから帰ろうと考えているのだけど」


 僕は含み笑いを交えながらそう言うが、お姉さんは聞こえない(というよりも敢えて無視しているような感じ)で、不気味に思いここから去ろうと足を玄関に向ける。


「ちょいとお待ちください。ここに入ったのなら、私と添い寝して目を覚ましてください。何でもしていいですから」


 お姉さんの何でもと言う言葉で一瞬足が止まるのだが、僕は知っている大抵この言葉は事が悪く進むもので、止まった足を動かして出ようとする。だけど玄関は開く様子が無く、諦めた僕はお姉さんの隣に座り込む。


「どうやら僕は罠にハマったみたいですね」


 お姉さんは僕の言葉に優しい微笑みで肯定する。


「お兄さんはこういう事に慣れてらっしゃるのですか?」


 軽い間をおいてからお姉さんは質問を投げかけたので、僕は軽く言いたいことを纏めてから口を開いた。


「慣れているというわけじゃないです。ただ小説家としての好奇心が勝っているだけですよ」


「そうなのですね。私は本と言う物を読まないので詳しくないのですが、どういうものを書かれているのですか?」


「なんと言えばいいのですかね。否定された文学を永遠と書いているだけですよ」

「そんなに自分の文字を卑下することはないのでは無いでしょうか?」


「お姉さんは勘違いしているよ、他人が否定されているわけじゃない。僕が否定しているのだよ」


 そう言うとお姉さんは何かを言おうとしたが、一度口を噤んでから「おやすみ」と言って目を閉じたので、僕も目を閉じると珍しく夢を見た。


 真っ暗な部屋で徐々にお姉さんの顔に皺が出来て髪の毛も白髪になる夢だった。それだけならただの夢で終わるのだが、目を覚ますとおかしなことにお姉さんはおらず、あるのは人間の後のようなもの、ついでに僕が寝ていた民家は半壊になっていた。


 僕は狐に化かされたのかも知れない、そう思いながらも帰ろうと獣道から舗装された道に出た時に、横からトラックが来て僕は轢かれた。

 遠のく意識のなか、後ろからお姉さんの声で「誰かに伝えて」と言われるのだが、どうやってと笑って僕は自室で二度目の起床をすると、筆を持ってこう書いた。


『これは僕の記憶の一つだ』

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小屋 星多みん @hositamin

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