第8話 再会


「ごめんね」


 凜月こと子墨ズーモは、謝りながらぶちぶちと雑草を抜いていた。

 澄みきった空の下、久しぶりの屋外での作業はとても気持ちが良い。

 作業着を着て日除けに竹笠を被っているため、周りから女と見破られることはまずない。

 念のため、左手の甲には土を付けて証が見えないよう細工もしてある。


 子墨が尚寝局から命じられた仕事は、草むしりだった。

 他の宦官と比べると小柄な子墨に重労働はさせず、女でもこなせる軽作業を割り振ってくれた。 

 皆の足手まといにならないように、与えられた職務を全うしようと張り切って草むしりを続ける。


「子墨、立ち上がって笠を取り、頭を下げろ」


 同僚の声に顔を上げる。

 見ると、官吏らしき男性が宦官を連れてこちらにやって来るところだった。


 通常、後宮内は皇帝以外の男性は立ち入ることはできない。見つかれば即死罪だ。

 そのため、女官や宦官がすべての仕事を担っている。

 しかし、彼らでは対処できない場合のみ、特別な許可を得た官吏がお目付け役の宦官を伴って後宮に来ることがたまにある。

 立ち入りを許可されるのは高位の官吏に限られるため、後宮の女官たちはここぞとばかりに(遠巻きに)姿を見に行くと瑾萱ジンシュエンが言っていた。


 並んで官吏を出迎える同僚たちの隣に、子墨も並ぶ。


「作業中にすまないが、今から至急やってもらいたいことがある」


 官吏は、皆の纏め役である宦官へ指示を出している。

 聞き覚えのある声に子墨が少し頭をあげちらりと顔を見たら、峰風フォンファンだった。

 目が合い、慌てて頭を下げる。


「子墨、君はこんなところで何をしている?」


 見つかってしまったので、子墨は顔を上げた。


「今日から、こちらでお世話になることになりました」


「たしかに、庭園の管理は君の能力に見合った仕事だとは思うが……」


 なぜか、峰風の気遣うような視線を感じる。

 

(もしかして、峰風様は私がこの仕事をするために宦官になったと思っている?)


 そうであれば、とんでもない誤解だ。


「あの……僕は(手術を)受けてはいませんよ」


 誤解を解くべくコソッと告げると、やや間があった。峰風は気まずそうにゴホン!と咳をする。

 どうやら、当たりだったらしい。

 

「そ、そうか。なるほど。だから、あの方の……」


 今度は、何かをぶつぶつと呟いている。

 「ご寵愛の宦官だったか」と聞こえ峰風が今度は盛大な勘違いをしていると気付いたが、もう訂正はしない。

 冷静沈着なようで思い込みの激しい峰風の意外な一面に、子墨はついフフッと笑った。



 ◇



 子墨たちに与えられた至急の仕事とは、庭園に植えられた薔薇そうびに害虫が付いていないかの確認だった。

 国内で虫害が多数報告されており、全滅したところもあったとのこと。


「一本、一本、丁寧に確認をするように。葉が食害されていないか、枝や茎に裂けたような筋がないか、よく見てくれ」


 峰風の的確な指示のもと、宦官たちが広い薔薇園に散らばっていく。

 そんな中、子墨はその場に留まり、精神を集中させ感覚を研ぎ澄ます。


 ───彼らの思いを感じ取るために


 凜月が、師にも周囲にも隠してきたもう一つの秘密。

 それが、『植物の状態・心(感情)を感じ取る能力』だった。

 

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