第11話 繋がった記憶

「キャッ キャッ」

「お天気が良くて気持ちいいわね。アルバ」

 

 一階の部屋に赤ちゃん用のベッドを配置し、その中でご機嫌な様子のアルバ。


「あ、アルバのお気に入りのぬいぐるみ、二階の部屋に忘れてしまったわ」


「取ってまいります。あの、白い猫のぬいぐるみでよろしいでしょうか」


「ええ、それよ。お願い」


「かしこまりました」

 そう言うと、侍女は急ぎ足で二階へ向かった。


 外はあたたかく、適度に入る風が心地いい。


 もともとは来客用の応接間だったけれど、日当たりが良いため一階のアルバの部屋にしてしまったヴァリエ様。二階にもアルバの部屋があるのに…ふふ。

 

 私はアルバの額にキスし、大きな掃き出し窓から中庭に面した風景を眺めていた。

 

 ティミド様からの脅迫めいた手紙が届いてから数週間。

 私は一度だけ返事を出した。


 『貴方に会うつもりも、お金を渡すつもりもありません』と。


 その後、彼からの手紙が何度か届いたが、読まずにいた。

 

 けれど私が言う通りにしなければ、彼は何らかの方法でヴァリエ様に接触してくる可能性がある。


 もしかして、他人の子供を身籠った私を娶った事で脅されてしまうかもしれない…それだけは絶対に避けたい。


 今更だけど…これ以上ヴァリエ様にご迷惑が掛かる事だけはしたくない…っ


 だからそうなる前に、全てを告白し、謝罪して、離婚しなければ。

 そう思っているのに……


 ―――怖い―――


 離婚される事がじゃない…ヴァリエ様に軽蔑されるのが……怖い…

 そんなこと…自業自得と分かっている…分かっているけれど……


「…少し風が強くなってきたわ…」


 窓を閉めようとしたその時―――



!!!バン!!!



「きゃあ!」

 見知らぬ男がいきなり窓を叩き、応接間に押し入って来た。


「ルクスッ!」

「…ティ…ティミド様…!?」

 最後にお会いした時と風貌が全く変わっているから、最初は分からなかった。

 後ろにひっつめられた髪は乱れ、頬はこけ、服はボロボロだった。


「何度も手紙を送っているのになぜ返事を寄越さないっ!」


「…お、お金は払わないと返事をしたはずです…っ」

 門番も衛兵もいるのに、どうやって入って来たの!?


「伯爵に知られてもいいのか!? ガキが俺の子だって言っていいんだな!?」


「…構いませんっ!」


「………くっ!」


 私が脅しに屈してお金を払うと思っていたのだろう。

 しかし思うようにならず、戸惑っているティミド様の様子が伺える。


 するとティミド様の視線がアルバの方に移った。


 私がアルバの方へ行こうとした瞬間突き飛ばされ、ティミド様はベッドヘ駆け寄りアルバを抱き上げて窓際に立った。


「アルバ!!」


「ぎゃああああ!!」

 火がついたように泣きわめくアルバ。


「ちっ うるせぇな! 今すぐ金を持ってこい! 借金取りに追われて、逃げなきゃ大変な事になる!」

 ティミド様はまるで荷物を持つかのようにアルバを脇に抱えた。

 

「やめて! 今ここにはありません! 誰にも言いませんから、アルバを返して!!」

 私は泣きながら、ただただ震えていた。 


 どうしようどうしよう! 

 誰か……っ!!


「だったら早く持ってこい! 金や宝石でも金目のものを! 子供を傷つけられたくなかったら、今すぐ持って来い! 俺の事を誰かに言ったら、こいつがどうなるか分かっているな!?」

 そういうと、掌に収まる小さなアルバの頭を掴んだ。


「やめてぇ!! す、すぐに持ってきますから! アルバを傷つけないで!!」

 何てことをっ 仮にも自分の血がつながった息子を……っ!! 


 その時、ティミド様の後ろに人影が見えた。


「そのまま動くな!」

 ヴァリエ様の剣が、ティミド様の後ろから首元にあてがう。


「ヴァリエ様!」


「…うっ…」

 首にぴたりとつけられた剣に、血の気のない表情になったティミド様。


「ルクトっ アルバを!」

「は、はい!」

 私がティミド様からアルバを取り返すと、ヴァリエ様はティミド様の足を蹴り跪かせた。


「ぐっ!」

 蹴られた拍子にうめき声をあげ、床に両手を付いたティミド様。


「衛兵!」


「は!」

 数人の衛兵が走り寄り、ティミド様の腕を後ろ手に拘束し連れて行った。


「くそっ! ルクスッ 助けてくれ! ルクス!!」

 私は助けを求めるティミド様の声を拒絶するように彼に背を向け、激しく泣くアルバを抱き締めた。


「ルクス! アルバ! 二人とも大丈夫か!?」

 ヴァリエ様が私達に駆け寄り、心配そうに声をかけた。

 きっと侍女が部屋に戻って来た時に、異変に気が付いてヴァリエ様を呼んでくれたんだわ。


 額に汗が流れている。駆けつけて下さったのね…


「は、はいっ 大丈夫ですっ」

 先程まで激しく泣いていたアルバは、ぐずっているが大分落ち着いていた。


「良かった…」

 ヴァリエ様は大きく息を吐き、アルバを抱いている私ごと抱きしめた。


 チャリ…


 シャツのボタンが外れたヴァリエ様の胸元に、金色に輝くネックレスが目に入った。

 

「金色の…百合…」


「あ…着替えている途中で、この部屋に不審者がいると侍女が血相を変えて入ってきたから、そのまま慌てて……ルクス?」

 シャツから出ていたネックレスをなかに入れながら、ヴァリエ様は私の異変に気がついた。


「そのネックレスは…」


「ああ…母の形見なんだ」


 ネックレスのヘッドには、金色の百合が彫られていた。

 私はこの花を見た事がある…


 出産の時に握り締めて下さったヴァリエ様の手のぬくもり

 声をかけて下さったヴァリエ様の言葉

 そしてこの金色の百合の花…


 私の頭の中で時間が戻り、そして一つの記憶が蘇る。


『大丈夫…大丈夫だから…』

 はっきりと顔が思い浮かんだ!


 ティミド様に捨てられ、雨の中道端に倒れた私の手を握って下さったのは…

 ヴァリエ様……!!


 




 





 




 



 

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