第30話 再開と渦巻く陰謀①

 戦闘後、皆は診療所にて手当を受けた。

 もちろん仮面の男も。


 話しているとのほほんとしているミレイだが、ひとたび医師として仕事につくと目つきが様変わりし、迅速に患者の怪我を把握し、適確に治療を施す。


 医療の心得が全くないカリーナから見ても、ミレイの医学への知識量とそれに裏付けられた実力を感じ取れるほどだった。


 一番カリーナが驚いたのは、自分の腕に施された治療だ。


 縫い目は全く見えず、よくよく目を凝らさないとそこに傷があることはわからない。

 完璧な治療だ。


「ミレイちゃん、なんでこれ、縫い後が見えないわけ?」


 全員の治療を終えてふぃっとため息を着くミレイにカリーナは質問した。


「皮下縫合ですよ」

「ひかほうごう?」

「はい。傷が深かったので、表をぬっても傷がふさがらないんですよ。なので、皮膚と皮膚の断面をギュッと引き合わせる縫合方法を使いました。これのおかげで表を縫う必要がないんです。あ、ちなみにこの手術に使ってる糸はちょっと特別でして、抜糸は不要ですよ」

「流石ね。努力のたまものね」

「いえいえ。ちょっと乱暴な治療でしたが、お姉さまが痣持ちだったのも大きいですね」

「等級紋あるとなにか変わるの?」

「はい。等級紋を持っている方は、そうでない方に比べて治癒力が非常に高いんですよ……まるで、戦うことに特化してるみたいに」

「へぇ~」

 わかってるのかわかってないのか間の抜けた相槌をカリーナは打つ。


「ところで……あんなスゴイのあるならトレドの町でも使ってよね!」


 カリーナは視線を暖炉の前にいるシエンに向けた。 

 まだ寒いのかシエンは毛布にくるまってガタガタ震えていた。「あいつの能力は鉄を溶かすほどの酸だったろ、俺の魔法とは相性悪いンだよ」

「…………まあ納得しといてあげる」

「俺からも聞きたいことがある。このオッサン、一体何者だ? 知ってるようなそぶりだったが」

 ベッドに寝かせられている男をシエンは指さす。

「この人はディルウィードさん。リンドヴァル家に仕えていた騎士よ。私に剣術を教えてくれた先生なの。でも十年前、私たちの前から姿を消して以来、生きていることすら知らなかったわ」

「正義だなんだとのたまっていたが…………皮肉なモンだな。かつて仕えていた主の娘をブッ殺そうとするなんてよ」


 シエンがそう呟くと、ベッドで横たわるディルウィードがうめき声を上げた。


「ここは……?」


 カリーナはベッドに駆け寄った。


「先生! お身体に異常はございませんか?」

「せん、せい?」


 聞かれたディルウィードはきょとんとした顔になる。


「大変申し訳ない。拙者は貴女のようなご婦人に先生と呼ばれる立場ではござらぬが…………」

「私のこと、覚えてませんか」


 カリーナはシュンとなり、ディルウィードは申し訳なさそうに相槌を打つ。

 そんなディルウィードは先ほどの剣を向けてきた人間と同一人物とは思えないほど穏やかな顔つきと口調だった。


「ただ、その栗色の髪と、翡翠色の瞳は、私が仕えていた主人のご息女と全く同じ色です…………貴女は、リンドヴァル家となにかゆかりのあるお方、でしょうか?」

「ゆかりもなにも。私、カリーナです。カリーナ・リンドヴァルですよ。先生」


 その言葉を聞いて、ディルウィードははにかんだ。


「ご婦人。拙者をからかっても面白い返しはできませぬぞ。カリーナ様はまだ子供で…………」

「まだ信じられませんか?」

「はい」

「一緒にグレンに謝りに行ってくれたじゃないですか。家庭教師を落とし穴にはめた時」


 自分と周囲の人間しか知りえないであろう情報が出てきて、ディルの顔が驚きの顔に変わっていく。


「ま、まさか、本当に、お嬢…………なのですか?」

「だから、そうですって!」

「お、おぉ…………なんとご立派に…………」


 それを言うと同時。

 ディルウィードの顔が真っ青になり、ベッドから飛び起き、地面に頭をこすりつけた。


「こっ、このディルウィード、一生の不覚! 拙者としたことが、凶刃をお嬢に向けるなど!! これでは我が主ジョージ様に示しが立ちませぬ! かくなる上はここで拙者の首を刎ねて贖罪と………」


 手元に刀があればすぐにでも自害しそうな勢いのディルの肩に、カリーナはそっと手を置いた。

「顔をあげてください」

「し、しかし」

「はいって言いなさい」

 有無を言わさないカリーナの態度に、ディルウィードはおそるおそる顔を上げる。


 ディルの視界に入ったのは、カリーナの左腕だった。


「貴方から受けた傷です。でも、縫い目も見えないでしょう? だから大丈夫ですよ」

「い、いえ、そういう問題では」


 まだおろおろとするディルを、カリーナは抱きしめる。


「十年前に別れてから、もう二度と会えないと思ってました……どうか、自害するなんて仰らないでください。私は大丈夫ですから。こうしてまた、先生と会えて嬉しいです」


 嬉しさのあまりか、目元に涙をためながら喜ぶカリーナを、ディルウィードは穏やかにみつめていた。

 その表情からは敵意が全く感じられず、安らかな表情だった。

 敵意を感じられず、シエンは戦う構えを解いた。


「しかしお嬢。綺麗だった髪をそんなに髪を短くされては、成人の際に結えないでしょう」

「成人って。私はもう二十一になりました。とっくの昔に成人ですよ」

「二十、一?」


 ディルウィードは眉根をぐっと寄せる。


「今は星歴一五九二年でしょう?」

「え? 今年は星歴一六〇二年ですよ」

「……どういうことでしょうか?」


 困惑する二人に、ミレイが咳払いをしてから口を開いた。


「えー、横から失礼します。頭に強い衝撃を受けたため、記憶が混濁している可能性が……」

「カリーナさんが頭をブッ叩いたからおっさんの頭がパーになったかもしれないってこと」

「こらぁそういう言い方しないの!」

 直球ストレートで伝えるシエンの頭を、ミレイはひっぱたく。


「無礼だぞ貴様ッ! お嬢を怪力の化け物のような扱いをしおって! 一体何者だ!」


 流石四大貴族お仕えの騎士というだけはあり、満身創痍ながらなかなかの声量が出る。

 そんな様子のディルをカリーナがまあまあと嗜める。


「私から紹介させてください。こちらの女性がミレイさん。私と、先生の手当をしてくれたお医者さんです。そして、赤毛の彼はシエンくん。私の相棒です」

「外堀から埋めようとしてんじゃねーよアホ」

「あ、あほ、だとォ!? 貴様、お嬢に向かってなんだその口の利き方は!」

「おたくもいちいち噛みついてくんな。一から説明してやるから黙って聞いてろ」


 今にも暴れだしそうになるディルをなだめ、シエンはいきさつを説明した。


「—――つまり、憲兵のシエン殿は、とある事件の犯人を追いかけている途中、今はウミガラス商会という組織に所属するお嬢と協力することとなり、命を助けたということか」

「そゆこと。ンで、カリーナさんは俺の家を特定して今日に至るってわけ」

「左様か………」


 ディルウィードは立ち上がって、シエンに向かって頭を深々と頭を下げた。


「シエン殿。感謝致す。貴殿がいなければ、こうしてお嬢と再会することもできなかった」


 そして、ミレイにも向き直り、頭を下げる。


「ならびに、ミレイ殿。刃を向ける無礼を働いたにもかかわらず、お嬢だけでなく拙者の傷の手当までしていただき…………この御恩は忘れませぬ」

「いえいえ。困っている人がいて、ウチはそれを助けただけですから」


「…………ミレイはお人よしだが、俺はそうはいかねえ。テメェに家族殺されかけたんだ。俺の質問に嘘偽りなく答えろ。じゃねえと割りあわねェ」

「承知した。拙者が知りうることを答えよう」

「決まりだな。まず、俺を始末しろと誰に命令されたか教えてくれ」

「誰の命令でもなく拙者はここに来た。シエン殿とお嬢のことを、まるでお嬢の命を狙う者と思っていてな……何としても、取り除かなければと。そのような使命感に駆られていたのだ」

「え、私が?」

「はい。これを言っている拙者も混乱しております。ですが、あの仮面をつけた間は本当にそう感じていたのです」

「正義だとか言ってたのはこれが原因か…………」


 机の上に置かれた仮面をシエンは拾い上げる。

 重たい感触が手に伝わる。

 鉄か何か別の金属でできているせいだろうか。


「次の質問だ。この仮面の紋様について何か知っているか?」

「………………申し訳ない。そのような不気味な文様は、拙者は存じ上げぬ」

「そうかい」

「しかし、唯一覚えていることがある。その仮面は、四大貴族のケイン・ヴァーミリオンと契約をしてつけることになったのだ」


「契約だと?」

「左様。拙者がこの仮面をつけて、ヴァーミリオン家に使えている間はカリーナ様と妹のエレナ様には手出しをしないという契約だ」

「…………ちょいまて。何故ヴァーミリオン家がカリーナさんとその妹を狙ってるみてェになるんだ?」

「ジョージ様暗殺の黒幕は、ヴァーミリオン家だからだ」

 ディルウィードの口から語られた言葉に、場の空気が凍った。

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