第28話 ReBoot Cien Scarlet
動きを止められ、仮面の男が狼狽のような声を上げると同時。
カリーナは空いている腕で男の胸倉を掴み、気合の入った掛け声と共に、男を力いっぱい投げ飛ばす。
見事な放物線を描き、背丈百八十はあろう仮面の男は、海へと投げ飛ばされ、水しぶきを上げた。
カリーナはすぐにシエンに駆け寄り、魔導石のライターをひったくって炎をともす。
「カリーナさん、ありがとう……おかげでミレイが助かった」
「どういたしまして」
カリーナが氷を溶かしながら、淡々と答える。
「ね、ねぇ……さっきの人は誰なの!? なんでシエンの命を狙ってるのさ!」
「さあな、知らねえ。いきなり襲ってきやがった」
「変なことして恨み買った?」
「変なことはしてねェ。だが、あいつらにとっては都合が悪いことだろうな」
ようやく氷の拘束を解くことができ、シエンは体を伸ばす。
「あいつの仮面の紋様。ありゃ皇帝暗殺事件の犯人の顔にあった刺青と同じ模様だ」
「あんさつ……?」
事態を飲み込めていないミレイはぱちくりと瞬きをして、その隣のカリーナはふぅん、と鼻を鳴らした。
「じゃあ捕まえなきゃね? 協力してあげる」
「かたじけねェ。だが、相手はレガシリアだ。カリーナさん。ミレイと安全なところへ避難を頼む。アンタなら、任せられる」
「敵はあの人だけ?」
「今のところは」
「じゃあ逃げる必要ないじゃない」
カリーナは腰に差した刀を抜いた。
「ここであいつを倒す方が早いでしょ。それに……上がってきたみたいね」
カリーナがそういうと、いつからそこにいたのか、男が立っていた。
海にはしっかり落ちたようで、服はずぶぬれだったが。
「ミレイ! 全部終わったら事情は話す! 交番の中で隠れてろ! 俺がいいと言うまで絶対出てくるな!」
シエンの言葉にこくこくと頷き、ミレイはあわてて交番中の机の下に潜り込む。
仮面の男は剣を再度構えた。
身体が青白い光を放ち、剣にぬらりと妖しい光が宿る。
「シエン君。援護よろしく」
カリーナが刀を構えて飛び出した。
以前、神無月という一本の刀を腰に下げていた彼女だったが、今日は違う。
左右一対の剣を両手に持ち、二刀流となっていた。
仮面の男も、カリーナに肉薄。
二人は挨拶と言わんばかりに剣を撃ち合わせ、金属の震える音が港に鳴り響く。
それを開始の合図と言わんばかりに、二人は激しく撃ち合いだした。
剣を振るい、振られて、弾き弾かれ、躱していく。
無名の刀とはいえ、かなりの業物。
カリーナの剣の腕前が合わさり、常人の身でありながらレガシリアと渡りあっている。
おそらく、神器ナシで真剣勝負をすれば、二人の実力は互角だろう。
力強さと手数はカリーナのほうがやや上だが、それに対する受け方、回避の身のこなしといった防御では仮面の男が一枚上手。
激しく剣がぶつかり合うたびに、互いの剣を振るう速さは加速していく。
常人であれば、加速していく二人の世界に割り込むことはできない。
しかし、ここにいる男は違った。
カリーナが大振りの一撃を外した後へ攻撃を叩き込もうとする男の一撃を受け止めるは、シエン。
自らの魔法で作り出した血の大鎌が男の攻撃を確かに受け止めていた。
カリーナ一人を始末するだけであれば、仮面の男は苦労はしないだろう。
しかし、シエンが割り込んでくる。
必殺の一撃をいれようにも、少しの隙で寝首をかかんと大鎌の一撃を加えてくる。
嵐の如く、打ち付ける双つの豪剣と、こちらのスキを適確に打ち抜いてくる大鎌の波状攻撃。
先行するカリーナに対し、シエンの援護が完璧に間に合っている。
仮面の男はたまったものではない。
はずなのだが。
仮面の男はカリーナ、シエンの攻撃をものともせずに捌いていく。
戦いはシエン達が優勢に進めている。
そのはずなのに、一向に男に決定打一つ与えられない状況が無限に続く。
「このおっ!」
埒が明かず、膠着した状況にしびれを切らしたカリーナが両手の剣を上段に構える。
大振りの上段からの振り下ろす必殺の連撃。
仮面の男は地面を蹴り、後ろへ跳躍。
距離をとった後に、意趣返しとばかりに上段にかまえた。
まずい。さっきの一撃が来る。
脂汗が噴き出て、防御のために身を引くシエンとは裏腹に、カリーナは大きく構えた男に追撃を加えるべく、地面を蹴った。
「カリーナさん! 行くなァッ!」
気が付いたときにはもう遅い。
シエンの掛け声は間に合わない。
カリーナの刀と、妖しく光った仮面の男の剣がぶつかり合う。
次の瞬間、カリーナは交番の中まで吹き飛ばされ、壁に激突した。
剣の一撃を止めることはできたが、冷気の奔流を止めることはできなかったのだ。
魔法により折られた二本の刀が、シエンの足元に転がった。
「痛った……」
交番の中、カリーナはうめき声を上げる。
さっき、シエン君が凍り付いていたのはこれにやられたのか。
振り下ろされる前に止められなかったから被弾してしまったのだろう。
そんなことを考えていると、ミレイがあわてて駆け寄ってくる。
「お姉さま! 動かないで! すぐに処置します!」
治療なんて受けている場合ではない。
起き上がって、剣を持って、すぐさまシエン君を助けなくては。
そう思うが、腕がピクリともうごかない。
腕に視線を落とすと、ジャケットとシャツの袖が深く切り裂かれ、そこには深い切り傷があった。
瞬時に傷口が凍結されたので出血こそせず、腕が切断されなかったのは不幸中の幸いだった。
しかし、剣を握るなど到底不可能なほどに傷は深かった。
交番の外では、折れた刀を見て、シエンは察した。
生身の人間が魔法の直撃を喰らった。
生きていれば御の字だが、死んでいてもおかしくはない。
カリーナさんは、もう戦えない。
「度重なる邪魔が入ったが、次の一撃で終いだ」
仮面の男の声が冷たく響きわたり、シエンの背中に冷や汗が伝う。
自分の魔法と相性最悪のレガシリアに、これから一騎打ちを仕掛けねばならない。
まさしく逆境だ。
いつもなら、煙草を吸ってセレーネのように笑いたいところだがそんなことも言っていられない。
ここで負けたら、この男にミレイも、カリーナさんも殺されることは、火を見るよりも明らかだ。
この状況。
体内に流れる血を鉄にする今の戦い方では、冷気を防ぐことはできない。
冷気で動きが鈍った状態で到底勝てる相手ではない。
このままでは、確実に負ける。
ツーデン相手に使った『魔導砲』は射主が必要で、的が小さすぎる。
ツーデンほどの間抜けでもない限り、おいそれと当たってくれる相手でもないだろう。
この状況。
どう、切り抜けるか。
男はカリーナの折れた剣の刃を蹴って海へ落とし、こちらへゆっくりと歩み寄って来る。
どうする。
考えろ。
今この状況下で、冷気を使う相手を倒す方法を。
シエンの脳裏に電撃が走り、一つだけ、この状況を切り抜ける策が浮かんだ。
しかし、それはシエンが封印した戦い方だった。
使うためには、相手の攻撃をわざと一撃もらう必要があるからだ。
それを狙いすぎた結果、シエンはあの日、セレーネを死なせてしまった。
だからこそ、二度と使うことはしないと決め、出血をせず咄嗟に魔法を扱えるよう修行を積み、今の戦い方に至った。
その戦い方を捨て、過去の戦い方に戻すことは、セレーネ隊長を死なせてしまったことから進歩していないことと同義である。
使いたくはない。
しかし、仮面男はじりじりとこちらへ歩いてくる。
悩んでいる時間はもうない。
これ以外に決定打は思いつかない。
チャンスは一度。
一瞬でも魔法を流す瞬間が遅れれば、その時点で自分は雪だるまになり、敗北が確定する。
ハイリスクすぎる最低な選択肢だ。
「ごめん、セレーネ……オレには、これしかないみたいだ」
息を大きく吸い込む。
左前腕にある等級紋が熱くなる。
魔力を流し込むいつもの感触。
イチかバチか。
「俺は、英雄……星継のレガシリアだ!」
シエンは呟いて、腕を胸の前で交差させ、仮面の男へ向かって地面を蹴った。
「自暴自棄になったなッ! シエン・スカーレットぉ!!」
男は剣を掲げ、そして振り下ろす。
妖しく、青白く光った刀身から冷気が噴出され、シエンに殺到し、身体を切り刻む。
極寒の冷気がシエンの体温と溶け、温度差で蒸気が発生し、当たり一面に煙が立ち込めた。
「…………勝負あったな。正面から喰らい、生きているわけがない」
仮面の男は剣を鞘に納めようとした、その瞬間。
煙の中から、深紅の拳が仮面男の顔めがけて飛んできた。
「なにっ!?」
仮面男はこれを剣で受け止めるが、威力を殺すことがきできず、体勢を崩して大きく後ろによろけた。
その隙に追撃と言わんばかりにシエンが回し蹴りを放つ。
煙から飛び出したシエンの脚は、深紅色のグリーヴに覆われていた。
体勢を崩した仮面の男の左腹に命中した。
あばら骨が折れたのか、鈍い破砕音がした。
「ぐ、おおおっ!」
痛みに喘ぎつつも、さらなる追撃はもらえないと大きく後ろに跳躍した仮面男は、視界にシエンの姿を収めると同時に驚愕の声をあげた。
「貴様……なんだその姿はッ!」
煙から飛び出してきたシエンは姿かたちがすっかり変わっていた。
軽装の憲兵制服に身を包んだ姿ではなく、全身に深紅色の輝く鎧を纏っていた。
細身の鎧だが、全身についた刺々しい突起がその異質さを際立たせている。
目を引くのは、猛牛のように鋭い二本角の兜。
その兜から、シエンの赤い双瞳が相手を鋭く睨みつけた。
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