第3話
3話
《惑星のため息》
哲也はベッドに横たわる私の髪を指ですいた。
「星、見に行こうよ」
私はだるい身体を起こして窓の方を見た。
カーテンの隙間から、星が瞬いているのが見えた。
私はその光をじっと見つめていたが、哲也がベッドから抜け出して服を着始めたので、ゆっくりとそちらに目をやった。
彼は部屋着からラフなデニムパンツとTシャツに着替えると、財布を尻ポケットにねじ込んだ。
「ちょっと星、見てくるね」
「今から?」
私が驚いてそう訊くと、哲也は微笑んだ。
「うん、今日はよく晴れてるし。ちょっと行ってくるよ」
そう言って玄関を出ていった。
私はベッドから這い出すと、窓のそばまで行って哲也が消えていった方を見た。
彼はエレベーターに乗るまえに私に手を振っていた。
私はなんだかたまらなくなって窓を大きく開けた。
そうすると生ぬるい風が直接顔に吹きつけるようになったので息苦しくなった。
それでも黙って風にあたっていた。
哲也はそれから三十分もしないうちに戻ってきた。
玄関を開ける音がしたので、私はそちらへ歩いていって彼の帰りを迎えた。
「ただいま」
と彼は言ったが、靴も脱がずに私の身体を抱きしめた。
「どうしたの?」
私がそう言うと、哲也は私の耳元で小さく呟いた。
「夏になったらさ、どこか遠くに二人で行こうよ」
彼は私を抱きしめる腕に力をこめた。それは少し痛かったけれど、私は黙って彼に抱きしめられていた。
それから二人でキッチンに立って一緒に夕食を作った。
哲也はカレーを作ってくれた。
私はサラダを作ったが、野菜を切っただけだったのでほとんど彼の手作りと変わらなかった。
食事中は二人ともずっと黙っていて、皿とスプーンがぶつかる音だけが部屋に響いた。哲也はやはりまだ怒っているようだった。
でもそれは私も同じだったと思う。私は早く謝れば良かったのに意地を張っていた。
食事が終わっても哲也はすぐには風呂に入らないで、スマートフォンをいじってニュースや天気予報をチェックしていた。
私はソファに座ってそれを見ていた。彼はときどきちらちらとスマートフォンから顔を上げては、私の様子を確認していた。
私は彼のそばに行こうかとも思ったけれど、意地を張り続けていた。
それから哲也はやっと風呂に入った。私は彼が風呂から出たあとも寝室に行かずにテレビを観ていた。
しばらくすると哲也が寝室に入ってくる気配がしたのでそちらを見た。
彼は寝る支度を整えてベッドに入っていたので、私も黙って布団の中に入った。
「あのさ、」
哲也が私の名前を呼んだ。私は返事をせずに、哲也のほうを見た。
「星を見に行かない?」
私は身体を起こして哲也の顔を見た。
彼は私に顔を向けていたので、暗闇の中で目が合ったのが分かった。
「星の見えるところに行きたいの?」
私がそう尋ねると、彼は黙ってうなずいた。
「いいよ」
私は小さな声でそう言った。
それからすぐに布団の中に顔を戻して目を閉じた。彼が動く気配がしたのでそちらを見ると、ベッドサイドのスタンドの明かりを点けていた。
「おやすみ」
哲也はそう言って目を閉じた。
私も何も言葉を返さずに、目を閉じた。
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