木蓮仙人と狐狸
中且中
第1話
私の友人に仙人じみた奴がいる。名は知らない。本人は木蓮仙と名乗っている。
木蓮仙は古ぼけた洋館にひとりで住んでいる。彼、あるいは彼女、性別を知らないのでここでは統一して彼と呼ぶことにする。彼が何で生計をたてているのか私は知らない。私は彼が食事を取っているのも、水を飲んでいるのも見たことがない。寝ているのも見たことがない。彼は夏でも冬でも同じような恰好をしている。彼は書を読むとか、画を描くとか、詩を詠ずるといったことをやっている。散歩や釣りも好きなようだし、工作も好きなようだった。いろいろと多趣味な人物で、しかもそのどれもがなかなかに上手なのだ。
晩秋のころの話だ。彼のもとを訪ねると、彼がなにかまるまるとしたものをふたつ持っていた。ぬいぐるみのような毛玉のふわふわとした物体である。ひとつが灰褐色で、もうひとつが茶褐色、いわゆる狐色をしていた。なにやら手の中でもぞもぞと動いている。
「なんだいそれは」
と私が訊ねると、彼は困ったように笑う。
「友人からしばらく預かってくれと言われたんだ。拾ったらしい」
「はあ」
二つの毛玉を覗き込む。するとどうやらそれには目があるようだ。毛玉の中にふたつのくりくりとした目がこちらを見つめている。
「おい、目があるじゃないか」
「そりゃそうだ」
「いったいなんだいこいつらは」
「狐狸さ。こっちが狸で、こっちが狐」
「へえ、子どもは初めて見たなあ。まだ生まれたばかりだろう」
「うん。そうらしい」
「しかしなんで、狐と狸でセットなんだ」
「わからない。拾った時には一緒にいたらしいからね」
「じゃあ、つまりこいつらは兄弟みたいなもんなんだな」
「そういうことになる」
木蓮仙は鷹揚に頷く。それから二人して屋敷に入る。応接間のソファに腰を下ろす。机の上にペット用らしきケージが乗っている。ケージの中には毛布が敷かれている。木蓮仙は扉を開けて、狐狸を中に入れようとしている。
「しかし、なんでまた外に連れ出していたんだ」
「そりゃ、外にだしてあげないと可哀そうだろう。庭で遊ばせてたんだよ」
「ふうん。もう歩けるのか」
「もちろん。さっきまで駆けまわっていたよ」
私は彼の両手に持った二つの毛玉を眺めた。ふと違和感を覚える。
「おい。それ逆じゃないか」
「なにが?」
「右手に持ってたのが狸で、左手が狐だっただろう。それが逆になってるよ」
木蓮仙は驚いた顔をする。
「え? 本当だ」
「入れ替えたのか」
「何もしてないよ」
そう言いながら、ケージに狐狸を入れる。彼も向かいのソファに座る。私はケージの中をじっと見つめる。すると、きつね色の毛玉が、突然ぽんっと灰褐色になった。私は「わっ」と声を上げた。「おい、色が変わったよ」木蓮仙に言うと、彼も驚いた顔をしている。それから急に哄笑しだした。
「ハハハハハ。見てごらん、もう一方はたぬきだったのがきつね色になってるよ」
「どういうことだ」
「お互いがお互いの姿を真似て、[[rb:変化 > へんげ]]しあっているんだ」
「変化?」
「そうだよ。狐狸なんだから化けるだろう。当然じゃないか」
「はあ」
私はケージの中のふたつの毛玉を見下ろした。なんだか奇妙な気分になった。
「これじゃあどっちが本当の狐なのか。どっちが本当の狸なのかわからないよ。こんな小さい時から人を化かすとは流石は狐狸だ」
木蓮仙はしばらく笑い続けていた。
木蓮仙人と狐狸 中且中 @kw2sit6
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます