談笑

 晩餐会が終わると、僕たちは談笑した。やはりメンバーは先ほどのタロット占いの時と変わらず、同年代の草次さんや由美子さん、天馬さんと僕たちだった。



「それにしても、豪華な夕食だったよな相棒」草次さんがテーブルに肘をつきながら言う。



「まったくだ。一日目でこんなに楽しめたんだ、これがまだ数日続くなんて夢のようだ」暁が応じる。



「なあ、気になっていたんだけど、こんなにもてなしてくれているのに、姿を見せないなんて奇特な人もいるんだな」夏央は首をひねる。



「夏央さんの言うとおりね。どんな方なのかしら。一言お礼を言いたいわ」由美子さんも同じ意見のようだ。



「まあ少なくとも、几帳面な人なのは間違いないよ」

 僕はそう言うと、書庫がジャンル別に並んでいるだけではなく、関連本が隣に来るように配置されていることを説明した。



「かなり神経質というか、執念があるというか……。でも、そんな人がここを他人に貸すなんて、ちょっと不思議だなぁ。だって、せっかくきれいにしてある書庫を勝手に荒らされたら、少なくとも僕は嫌だから」

 天馬さんの言うとおりだ。姿を見せないことといい、持ち主の謎は深まる。何か事情があるのだろうか。



「そういえば、周平だけタロット占いしてなかったな。由美子さん、お願いできるか?」



「お安い御用よ」由美子さんがタロットカードを取り出してシャッフルをする。



「そういえば、僕の番の前に夕食になったんだったね」



「さて、周平の結果はどうなるかな?」

 暁がにやにやしている。自分より悪いカードを引いて欲しそうな顔だ。「死」より悪いカードなんてないと思うけれど。



 由美子さんが三枚のカードをめくると、あごひげを持つ老人、偉そうに椅子に腰掛けた男性、羽を持つ不気味な生き物だった。



「さて、周平さんは、と。過去から順に『隠者』、『司祭』、『悪魔』ね。」



「で、どういう意味なんだ? 最後の『悪魔』なんて、『死』と同じいくらい不吉だぜ?」夏央がせっつく。



「夏央さん、急がないで。こういうのはカードからすぐに意味が分かるわけじゃないの。想像力を膨らませるのがポイントなの」由美子さんは深呼吸する。



「まずは『隠者』ね。これは探求とか孤独という意味よ」



「なるほど、読書好きで孤立しがちだった周平そのものだな」

 暁の言うとおり、僕は読書好きで静かな場所を好んでいたので、自然と一人になりがちだった。そこへ手を差し伸べてくれたのが、暁と夏央だった。



「次は『司祭』ね。ルールに従うとか、集団に帰属するっていう意味よ」



「なるほど」と僕。



「最後のカードは……『悪魔』ね。これは……」



「ちょい待ち。予想させてくれ。悪魔、悪魔っと。悪魔と言えば、欲望に引きずり込むイメージだな。周平は何かの欲望に負けるってところか?」暁が独自の解釈を披露する。



「そうね、悪魔と言えばそういうイメージができるわね。タロットカードの『悪魔』はね、束縛されるとか無知でいるとか、その……希望がないとかそういう意味もあるの」

 由美子さんは言いづらそうに口ごもる。



 「死」のカードと比べると、どっこいどっこいというところか。「悪魔」の方が少しはましかもしれない。ほんのわずかにだけれど。



「救いがないな。で、過去から未来までを続けてみるとどうなるんだ?」と夏央。



「うーん、前半は暁さんが言ったような意味あいね。つなげると、孤独だったところに、暁さんや夏央さんがやってきて仲間ができた。そして……未知のものを恐れて外に出られない、ということかしら。最後の『悪魔』の意味は、二人以外の人と交友できずにいるってことね。アドバイスをするなら、もっと積極的に友達を作るべきね」由美子さんが丁寧に説明してくれた。



「おいおい、俺のときにアドバイスなんてなかったぞ。周平だけずるいぞ!」と暁。



「相棒のカードよりアドバイスがしやすいだけだろ」



「そうよ」



 草次さんと由美子さんのやり取りを聞きながらぼんやりと考える。由美子さんは、暁が「死」のカードを引いた時もポジティブにとらえていた。今回もそうに違いない。それにしても希望がないなんて、ひどい意味を持ったカードもあるんだな。草次さんの未来のカード「星」と真逆だ。絶望。僕は暗い気持ちになった。



「そういえば、由美子自身は占ってなかったよな。俺が占うよ」草次さんは由美子さんからタロットを受け取るとシャッフルする。手品師なみの見事さだ。鮮やかで思わず身惚れてしまう。



「さあ、由美子のカードはこれだ!」

 過去から順番に椅子に座った女性、恋人、星だった。現在と未来のカードはものの見事に草次さんと被っている。



「さて、由美子の過去は、っと。なあ、このカードってどんな意味があるんだ?」

 僕は思わずずっこける。



「ちょっと、自分が占うって言っときながら、私に頼るんじゃ意味ないじゃない。それは『女司祭』のカードね。意味としては、無意識の気づき、潜在能力や神秘ってことよ」



「なるほどな。じゃあ由美子はタロット占いの神秘さにハマったってところか? で、現在と未来のカードは俺と同じだな。つまり、俺たちは結ばれる運命にあるってことだ」

 かなり強引に解釈している。過去のカードの「女司祭」は影も形もない。



「なあ、由美子。差し支えなければタロット貸してくれないか? 興味が湧いたから、自分でもやってみたくなったんだ。どうだい?」



「ええ問題ないわ。夏央さんが興味を持ってくれて嬉しいわ。タロット占い仲間が増えるかもしれないし」



 夕食前の占いの反応を見るに、仮に夏央がタロット占いにのめり込んでも、適当な占いをするに違いないと僕は踏んだ。少なくとも夏央に占ってもらうのはごめんだ。「死」のカードが出たら、「あなたは近い将来死にます」だけにとどまらず「それも苦しい死に方でしょう」なんて言いそうだ。タロット占いは占い師の解釈次第とはいえ、オブラートに包んで言うべきだろう。



「げ、もうこんな時間かよ」夏央が手首の内側にある腕時計を見て言う。

 もう十時過ぎだった。お風呂の時間も考えると、これ以上談笑する猶予はなさそうだ。



「ひとまず今日は解散だな。まだ日にちもあるし、明日以降ゆっくり語り合おうぜ」

 暁の言葉を受けて僕たちは各自の部屋に戻っていった。

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