晩餐会

「どうしたの? 何やら重苦しい空気が漂っているけれど」

 いつの間にか広間に戻ってきた冬美さんが尋ねる。



「それは……その……」僕はためらう。



「察するに、タロット占いで芳しくない結果が出たというところじゃろう。占いは真に受けないことじゃ。あくまでも可能性の一つじゃからの」

 コツコツと杖をつきながら、喜八郎さんが近づく。机上のタロットカードの山を見たようだ。



「はて、晩餐会の時間は何時じゃったかの?」



「荒木さんからは明確な時間を聞いてなかったと思いますけど……」天馬さんがおずおずと答える。



「まあ、みんなお腹も空いてるだろうし、もうすぐだろ。相棒も飯でも食って元気出せよ!」

 暁は草次さんの言葉にも反応しない。かなり重症だ。



 みんな空腹だったのか、しばらくすると広間に人が戻りはじめた。


 あとは執事の荒木さんを待つばかりだ。



「なあ、せっかくだし夕食の席はごちゃ混ぜにしようぜ。いつものグループで食べるんじゃあ、面白くないし!」夏央が提案する。



「夏央さんの言うとおりね。ナイスアイデアでわ。でも、どうやって決めようかしら?」由美子さんは顎に手をやる。



「こういうときは、やっぱこれに頼るしかないだろ」草次さんがスマホを手に持ちつつ提案する。くじ引きアプリでも使うのだろうか。



「まさか、そんなもので決めるのか? やはり、ここは紙のくじ引きだろ、くじ引き」

 磯部さんは近くに置いてあった紙を無造作にビリビリと何枚にも破く。その時だった。



「感心できないな。こういう時は定規を当てて線を引いてから、ハサミで切るべきだ」秋吉さんが意見する。



 そこまで几帳面にしなくてもいいのにと僕は思った。それにしても意外だった。秋吉さんは豪快な性格だとばかり思い込んでいた。

「まあ、いいじゃない。席が決められれば」薫さんがとりなす。



 結局、磯部さんのお手製のくじで席を決めた結果、僕の隣は薫さんと草次さんになった。



「で、夕食はまだかよ」

 暁はすっかり元気になっていた。ホッとする。やはり暁はこうでなくては。



「皆様、大変お待たせいたしました」

 そう言う荒木さんの後ろには中年の知らない女性がおり、配膳ワゴンを押している。



「ご紹介が遅れました。彼女はメイドの三日月京子みかづききょうこさんです。当館の料理と清掃を担当しております」

 紹介された三日月さんは会釈すると、淡々と配膳を始める。愛想がいいとは言えない。



 夕食はステーキにローストビーフなど洋食がメインだった。建物は和洋折衷だが、料理は違うらしい。

 三日月さんがワインやソフトドリンクを配り終えると、秋吉さんが「うちにあるワインの方がおいしいに決まっておる」などと自慢げに言った。せっかくおいしい料理が目の前にあるのに、興醒めだ。



 晩餐会は大いに盛り上がった。グループをごちゃ混ぜにしたのは大正解だった。人見知りの僕はかなり緊張していたし、会話が弾む自信がなかった。しかし、杞憂だった。



「そういえば、周平は読書が趣味なんだよな? 夕食の前に書庫に行ったぐらいだ」と草次さん。



「うん。いろいろな本を読まなきゃ、小説家にはなれそうにないし」



「へえ、将来の夢は小説家か。じゃあ、今のうちにサインをもらっておくべきか? 周平が小説家になれば自慢できるしな」



「相棒、それなら俺は学友だったことを自慢できるぜ。なんなら、勉強ができない周平にノートを貸して助けてやったことにしてもいい」草次さんの反対隣の暁が言う。



 いくらバレないからって、でたらめを言ってもらっては困る。逆に僕が暁に勉強を教えているのだ。



「あら、素敵な夢じゃない。もし小説が出版されてサイン会が開かれたら、私ももらいに行こうかしら」隣の薫さんが会話に混ざってくる。



「釣部グループの社長夫人がわざわざサイン会に出向く必要はないだろ。周平にサイン本を送らせればいい」

 確かに草次さんの言うとおりだ。



「草次さん、それじゃあダメなのよ。自分で行くことに意義があるのよ。私は普段の料理だって自分でするわ。なんでも人任せはダメよ」



 薫さんは何事も自分でするのがモットーで、メイドも必要以上に雇わないと続けた。社長夫人なのに偉ぶった態度ではなく、かつ庶民的な感覚の持ち主で好印象だった。



「草次さんの趣味はなんですか? 小説家になれるとも限らないし、社会人の休日を知っておきたいんです」



 小説家になれるのは一握りの天才だ。僕にはそこまでの才能はない。努力である程度補えるかもしれないが。



「おいおい、今からそんな弱気でどうする。気持ちが後ろ向きじゃあ、結果だついてこないぞ。まあいい。小説家になるならいろいろと知識があって損はないだろうな。俺の趣味は化石発掘だ。近所にいい地層があって、アマチュアでも発掘が出来るんだ。もちろん、恐竜が絶滅したあとの地層だけど。化石には漢の夢とロマンがつまっているからな」草次さんの目はキラキラと輝いていた。



 アマチュアでも化石発掘ができるのは意外だった。学者しかできないイメージだったのだ。



「なるほどな。相棒の手にある派手な傷跡の謎が解けたぜ。うっかりハンマーを自分の手にぶつけたんだろ?」と暁。



 暁のいうとおり草次さんの手の甲には大きな打撲痕と痛々しい傷跡があった。傷の感じからして、まだまだ最近のものだろう。

「そうなんだ、かなり痛かったぜ。幸いにも骨折までには至らなかったが」

 草次さんが手を大袈裟に振りながら答える。



 それを聞いて僕は身震いした。人の怪我などの痛い話を聞くと、その光景を想像してしまう。そして、自分が体験したかのように感じるのだ。今回の場合は無意識のうちに自分の手の甲をさすっていた。でも、それも悪いことばかりではない。想像力が豊かなのは小説家を目指す僕にとって一つの武器と言える。



「そういう相棒はサーフィンが趣味だったな。八月は台風シーズンだろ? 天候に左右される趣味だから、思い通りにならないことも多いんじゃないか?」

 草次さんの言うことは的を得ていた。屋内の趣味じゃないから当然だ。



「そう思うだろ? 別に夏にしかできないわけじゃあない。九月なんかも意外といけるぜ。まあ、最近は十月まで台風が来るし、困っているんだけどな」と暁。

 僕はふとあることに気がついた。



「そういえば、夏央は陸上部所属だから、暁と夏央は海と陸、正反対の場所でのスポーツだね」



「そうなるな。面白い着眼点だ。なあ、そう思うだろ夏央?」暁は夏央に呼びかける。



「そうだな!」由美子さんと話し込んでいた夏央が答える。

 遠くに座っている夏央に今の会話が聞こえていたとは思えない。生返事に違いない。



「みなさん、すばらしい趣味をおもちね。アウトドア派なのね。天馬さんはインドア派だから、お話を聞いていてとても面白いわ」と薫さん。



「僕も読書が趣味ですから天馬さんと同じくインドア派ですね。天馬さんの趣味は何なんですか?」



「天馬さんの趣味はね、プラモデル作りなの」



「プラモデル作り? あのこまごまとしたものをよく作れるな。医者の手術みたいにピンセットで細かい作業をするんだろ? 俺だったらイライラして途中で放り投げる未来しかみえないぜ」



 暁なんかは作り始めるどころか、プラモデルの箱を開けた瞬間、そっと閉じるに違いない。それどころか、そもそも買うという選択肢すらないだろう。



「天馬さんはね、病気の関係もあって、あまり外に出られないの。それにうちの人がああだから、内向的なのよ」薫さんがため息をつく。



「そういえば、天馬はあんたの実の子じゃないんだよな? なんでそこまで気にかけてるんだ?」草次さんが無神経に聞く。



 気にならないといえば嘘になるが、さすがに聞くのははばかられていた。



「他人から見たら、そう感じるのも無理はないわ。でもね、天馬さんの実の母親は私の友人だったの。いくら血がつながってないとはいえ、大切な子よ」

 社長夫人である薫さんも悩みの種が尽きないようだった。



 そうこうしているうちに楽しい晩餐会は終わった。

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