第13話 新たなる課題

「どうでしたか? 今日一日」


 俺とクレア、クラーラ家の執事であるワイズマンさんは三人、公園のベンチで腰を落ち着かせていた。クレアを俺とワイズマンさんが挟むように座っている中、俺は考える。


 彼がクレアと俺のデートの一部始終を見てどう思ったのか。

 それによって、今後の対応が大きく変わってくる。

 俺の問いにワイズマンさんは一つ息を吐き、口を開いた。


「そうですね……とても仲睦まじい、本物のカップルのように見えました。それに何よりもクレア様が幸せそうでした」

「ふふ、まぁ、幸せだったからね。それで? ワイズマン、貴方の答えを聞かせて」


 少しばかり急かすように尋ねるクレアにワイズマンはしばし押し黙る。

 妙な沈黙が流れる中、ワイズマンは意を決したかのように口を開いた。


「正直に申しますと、私は応援したい、と感じました」

「ワイズマン……」

「……あんなにも楽しそうなクレアお嬢様を見たのは初めてでした。ただ、隣に居るハルト様を思い、彼と共に過ごす時間を楽しそうに、それでいて幸せそうに過ごしている。

 私は今まで、クレアお嬢様を見てきた中で、そんな時は一度も見た事が無かった」

「……そうね」


 自覚があるのか、クレアも小さく頷く。

 

「クレアお嬢様は今日、本当に楽しかったんですよね?」

「勿論。ハルトが一緒にいてつまらないはずが無い。私はハルトの側に居る時が一番自分で居られる。そして、幸せでいられるのよ」

「ふふ、そうですか……お嬢様のお気持ちがようやくほんの少しだけ分かったような気がします。しかし……現実問題、お二人の関係が先に進む事はありません」

「ですよね……」


 確かに。

 ここでワイズマンさんが認めてくれたからといって、全ての人に認めて貰えた訳ではない。

 クレアには正式に両家によって決められた婚約者が居る。

 俺はまだその人に出会った事はないけれど、クレアがそれを望むのなら、俺は彼だって説得しなければならない。

 

 俺がそんな事を考えていると、ワイズマンさんがクレアの顔を真剣に見つめる。


「クレアお嬢様。これは現実的な話です。もしも、本当にクレアお嬢様がハルト様と共に在りたいとそう思うのなら、ハリス家との婚約関係すらも破棄する事になる。

 そして、それはハリス家とクラーラ家が共同で進めるプロジェクトが露と消える事……それはクラーラ家に甚大な被害を被る事になります」

「……あの、そもそもの話を聞いてもいいですか?」


 ワイズマンさんが味方ならばきっと教えてくれるはず。

 クラーラ家と相手方の家がどうして婚約を結んだのか。

 

「どうして、クレアは結婚する事になったんですか? 確か1年前から何だよな?」

「ああ、そっか。ハルトには言ってなかったね」

「ええ、実はですね。現在、クラーラ家は『未来に繋がる新エネルギー』の開発を行っています。これは将来、枯渇すると言われているエネルギー問題を解決すると共により多くの人々が豊かな生活をする為の一大プロジェクトであり、クレアの御父様の悲願でもございます」


 ワイズマンさんの話を聞き、俺は頭の中で整理する。

 エネルギー問題を解決しようなんて随分ととんでもない事を考える。

 正直、庶民の俺からすれば、雲の上のような話だ。

 でも、重要なのはそこではない。


「しかし、クラーラ家は研究力や開発力というには乏しく、圧倒的な財力しか有していなかった」

「……財力で雇えば良かったんじゃないですか?」

「それもあったんですが、それで探していた時に『ハリス家』が声を掛けてきたのです。共にその新エネルギーの開発をしないか、と。ハリス家は元々宇宙開発等もしていた事もあり、多くの優秀な研究者や開発者を抱えている。私達、クラーラ家にとっては白羽の矢だったのです」


 プロジェクトが始まり、クラーラ家の欠点が浮き彫りになった。

 それを埋めるような形で名乗りを上げたのが、ハリス家だった、という事か。


「その時にハリス家の御曹司であるロジャー様が提案してきたのです。共同開発による利益はいらない。欲しいのはクレア様だけである、と」

「それが婚約だったのか、なるほど」


 しかし、共同開発の利益がいらないというのは思い切っているな。

 だって、新エネルギーが開発できたら、とんでもない額のお金が手に入るんじゃないか、と思ってしまう。そのお金を欲しいと思うのが普通では無いだろうか。

 少なくとも、俺だったら一緒に研究するのなら、それを欲しがる。


 何となくだが状況を理解し、俺は頷く。


「だと、婚約解消は難しいな。だって、御父様の悲願なんだろ? そのプロジェクト」

「そうですね……最初はクレア様もそれを理解していたんですが……」

「パパの夢の犠牲になるのは勘弁よ。私はクラーラ家の道具じゃない」


 ふいっとワイズマンからそっぽを向き、俺に身を寄せるクレア。

 まぁ、離れないという意志表示か。

 俺は身を寄せるクレアの頭を撫でながら、言う。


「じゃあ、この婚約は最初から破棄なんて出来ないって事ですか?」

「はい。それにクレアお嬢様もリミットが迫っています」

「……婚約パーティ?」

「はい。御父様と御母様にご連絡した所、今すぐ戻って来い、と……」


 まぁ、当たり前だ。


「あの、俺の事って話しましたか?」

「はい、一応は。クレア様のお世話をしてくださった方なので。大変感謝されていました。後にお礼の品をお送りすると」

「別にいらないんだけどな……」

「ハルトが欲しいのは私だもんね!!」

「……そうだな」


 それは間違いない。

 俺は腕を組み、考える。何か無いだろうか、この決められた未来を切り裂く一手は。

 クレアと出会った時から、ゆっくりと頭の中で遡って行く。

 クレアと出会い、一晩過ごした。その中でも色々な話をした。

 

 と、そこで一つ、ある事に気付く。


「あれ? あの、ワイズマンさん」

「はい?」

「クレアの婚約者ってどんな人ですか?」

「ええ、理路整然で優しく、絵にかいたような好青年ですよ」

「違うって!! セクハラとモラハラをしてくるクソ野郎だよ!! ワイズマンは騙されてる!!」

「とてもそんな風には見えませんが……」

「私が言うんだから、間違いない!!」


 この乖離が気になる。

 本当に表裏がないのなら、二人の意見は一致するはずだ。

 そもそも、そのハリス家というのは信頼出来る者なのか。否、それは夢の為に調べているんだから、把握しているだろう。


 でも、同じく名家なんだとしたら、素人意見として何かをもみ消していたり……。


 否、これは発想の飛躍か。



「……気になるな」

「何が?」

「ハリス家って所。本当にクレアの事を幸せに出来るのか。そのプロジェクトをしっかりと守れるのか? な~んか、キナ臭くない?」

「その辺りは問題ありません。しっかりと調べていますから」


 自信満々に答えるワイズマンは更に言葉を続ける。


「それにハリス家とは昔から多少なりとも交流はありましたので、信頼にたる人物だと私達は考えています」

「そっか……なら、そうなんだろうな」


 俺がそう答えると、ワイズマンさんがゆっくりと立ち上がる。


「さて、そろそろお時間ですか。クレア様」

「え!? や、やだ!! 帰らない!!」

「そうは言っても、もう本日は婚約パーティです。私はお二人が正式にそういう関係になれば応援しますが、現実問題、そうではありません」


 まぁ、そうだよな。

 でも、隣に居るクレアは違う。クレアは俺の腕にしがみ付いたままだ。


 ……離れたくない気持ちは同じだ。

 俺ももっとクレアと一緒に居たい気持ちは強い。この片側に感じる優しい温もりを手放したくない。 でも、客観的に見れば、俺は明確な『部外者』だ。

 いくら、クレアが望んだとしても、現状を変える手立てはないし、話を聞けば聞く程、それは難しいように感じてしまう。


「……でも、決めたもんな」

「ハルト?」


 でも、それが止める言い訳にはならない。

 俺は覚悟を決めたんだ。俺だけじゃない、クレアだって。

 だったら、ガキの戯言であろうとも、何が何でも諦めない。


「ワイズマンさん、状況は理解したし、婚約を破棄する事も難しい事は理解しました。でも、俺はクレアから離れたくありません」

「ハルト?」

「ハルト様? それは出来ないという話をしたつもりですが?」

「だとしても、俺はそう決めたし、それが諦める理由にはならない」


 俺は真っ直ぐワイズマンさんを見つめ、口を開いた。

 

「クレアが望まない道に俺は無理矢理進ませるような事はしない。俺はクレアには幸せであって欲しい、それは家の為に、両親の為にって犠牲になる事なんかじゃない。

 だったら、俺と一緒に居た方が、クレアは幸せになる」

「とてつもない自惚れですね」

「ええ、自惚れですよ。でも、それは誰よりも貴方が分かっているはずです」


 俺の言葉に歯噛みするワイズマンさん。

 退いたらダメだ。もう、俺はそこまで来ている。本当にクレアを手放したくないのなら、俺は最後まで戦うしかない。


「だから、御引き取りください。クレアは帰りたくないって言ってるんだ」

「ハルト……」

「…………ふふっ」


 唐突にワイズマンが小さく笑った。


「貴方はこれから先もクレアお嬢様と共にある為に全てを犠牲にする覚悟がある、という事ですか?」

「ああ、そうだ。クレアと一緒にいるのを俺は諦めない。この子は俺が初めて本気で好きなった子だから。略奪だと思われようが、何と思われようが、関係ない。俺はクレアと一緒にいる」

「……っ」


 隣で顔を紅くして悶えているクレア。真剣な顔をして、俺を見据えるワイズマンさん。

 それからワイズマンさんは少しばかり嬉しそうに笑った。


「分かりました。そこまでも覚悟がおありなら、私は何も言いませんが……一つ条件があります」

「条件?」


 俺が首を傾げると、ワイズマンさんが執事服の胸ポケットから1枚の封書を取り出し、俺に渡した。


「その中に書かれている事を見つけて下さい。期限は3日です。それまでは何とかして婚約パーティを遅らせましょう。どうでしょうか?」


 あまりにも唐突な提案に俺は目を丸くする。

 どういう事だ? この人は一体、何を考えている?

 でも、時間稼ぎと一緒に居られる理由が出来るのなら、それで良い。


「分かりました。やります」

「かしこまりました。では、頑張って下さい」


 そう言い残して、ワイズマンさんはその場を去って行く。

 一体全体何だろうか。俺は首を傾げると、クレアが俺の腕に全身で抱きこみ、顔を擦り付ける。


「ハルト~、もぅ、かっこよすぎ!! また、ホレちゃった♡」

「……はぁ、どうにかなったな。でも、この条件って何だ?」

「そのシール、私の所『家紋』だ。ハルト、開けてみて」


 クレアに促されるように封書を明けると、中身には1枚の紙。

 そこにはパソコンで出力された文字でこう書かれていた。



『クラーラ家を救え』 と。



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