第45話 タイムアタック

カレイドスコープの敷地内にある大きなレース場、そこが今日の戦いの場である。

各県一名の代表選手が参加し、順位を競い合う。

順位により得られるポイントが決まっており、そのポイントは技術ポイントへと加算される。


ここで全国大会の採点方法について説明しよう。

この大会において、得点は大きく技術ポイントと格闘ポイントに分けられる。

技術ポイントとは、執事・メイドの技術や振る舞いの美しさ、知識を競う『総合』競技で得られるポイント、そして格闘ポイントとは『格闘』競技において、相手チームとの戦闘の勝敗やその技術等に対して得られるポイントである。


つまり、格闘で相手チームに勝利したとしても、技術ポイントと格闘ポイントの合計が相手チームより低ければ敗北となるのだ。

その技術ポイントに加算されるこのレースの順位は、今後のチームの勝敗に大きく関わると言って間違いないだろう。



開会式は恙なく終了し、現在サーキットで決勝レースのスタート位置を決める為の予選タイムトライアルが行われていた。コース上では甲高いエキゾーストノートを響かせるフルカウルのレーサーが、弾丸のように空気を切り裂いてメインストレートを駆け抜け、第一コーナーへと消えてゆく。


(狙うはポールポジション、だが……)

篝火かがりびアヤナは自分の出走を待ちながら他選手の走りをチェックしていた。ここまでで全体の約半分の選手がタイムアタックを行ってきたが、ほとんどはアヤナの目に留まる程ではなかった。だが、彼女らとは明らかにレベルの違う走りを見せる選手が数名おり、アヤナに警戒心を抱かせる。

(序盤は後ろから走りを観察し、リズムを盗んでからぶち抜くというのもありだな)

アヤナは瞳が鈍く輝かせた。


アヤナの出走順が迫る。




(まずは路面の状態を把握せねばな)

ピットから飛び出したアヤナは、かなり抑えた走りで周回を始める。路面の小さな落下物やオイルのシミ、それに日の光が目に入る場所等を確認しながら。


(ギア比が合わないコーナーはない。最高速の伸びを少し抑えるセッテイングを選んだのが吉と出るか凶と出るか。レースでは最終コーナーを出る前の決着が必要だな)


普段のレースと違って寸前まで実施が秘密にされていた本大会では、当然誰も自分のマシンを用意する事は出来ず、全ての選手が大会側で用意したマシンを駆る事となる。

出場選手登録の際に希望するセッティングを提出し、その通りにセッティングされたバイクが各選手に用意されるのだ。


他の選手は全員が執事で、メイドで出場しているのはアヤナただ一人。

執事達が精霊から得た力で跳ね回るじゃじゃ馬を押さえつけるようにして走る中、アヤナただ一人が流れるような重心移動により、バイクと完全に一体になったかのような柔らかな走りを見せていた。


(しかしこれは……素晴らしく走りやすいな)

目の前に次々迫るコーナーを映すアヤナの視界とは別に、脳裏にコース全体の様子が映し出されている。まるで上空を飛ぶ鳥がこのサーキットを見下ろしているかのような視界。メインスタンドで応援するカナタが、ルークの視界を共有しているのだ。


そしてその視界からの情報により――

(よし、次の周回は完全にクリアな状態だ。ここでタイムアタックを仕掛ける!)

ついに最速への挑戦を始める!



メインストレートを一瞬で走り抜け、迫るコーナーにアウトから進入。最短の進路で弧を描き次のコーナーを迎える。重力と慣性と路面との摩擦の黄金比を体現する最速のコーナリング。

バックストレートでは固く重い空気の壁に押し戻されたものの、その先のコーナーをすべて高速でクリア、最終コーナーを立ち上がりホームストレートを駆け抜けた。


障害物が何一つないその最高の一周により、アヤナは現時点での大会最速タイムを叩き出す。

(さて、このタイムを上回る者は出てくるかな。出てきてくれたらいいな)




全選手のタイムアタックが終了した。

その結果、アヤナと同タイムを叩き出した選手が一人現れ、先にタイムを出したアヤナがポールポジション、その選手がそのすぐ後ろのスタート位置となった。


御洲川みすかわカスミ……そうか、代表に選ばれていたか」

同タイムとなった選手の名は御洲川カスミ。京都の祇園家令高等学校に所属する執事の卵で、アヤナとは自動二輪部で出場したレースで度々競い合ってきた同学年のライバル同士である。


たまたまバイクレースが追加競技となったこの全国大会なので、今回彼女が出場しているとはアヤナは思っていなかった。

「そうか、彼女は執事としても優秀なのだな……」

決勝レースの開始まで、あと三時間。



「アヤナ先輩、ポールポジションおめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」

レースまでに消化するよう真っ先に軽食を済ませ、今はチームに割り当てられた控室で、仲間達と共に休息をとっている。

先程から本人よりもそのチームメイト達の方が未だ興奮冷めやらずといった感じだ。

「決勝も頑張って下さい」

「ああ、もちろん」


いつものレースでは、大事な勝負前は一人集中を高めるのが常だが――

(チームメンバーに囲まれてリラックスする、というのも悪くないな)

気付きにくい程小さな笑みを浮かべ、ゆっくりと体を休めている。

そして、静かに佇んでいる執事に声を掛けた。

「カナタ、君のサポートは非常に役立っている。決勝でも是非頼む。あれはいいものだ」

「はっ、はい!」

カナタは緊張しながらも、役に立てた事に瞳を輝かせ笑顔で応えた。


「ところで、アヤナと同じタイムを出した選手は何者でありましょうか」

そう誰にともなく問いを投げ掛けたのは、二年生メイドの鴨百かもももモモカである。

「ゼッケンナンバー075、京都の祇園家令高等学校の御洲川みすかわカスミ、か……」

大会本部から発表された決勝レースのスターティンググリッドリストに書かれている情報から、二年生執事の北見タキが補足した。


「彼女は自動二輪部で参加するレースで度々顔を合わせ優勝を争う、所謂ライバルなのだが……まさかこの全国大会でも戦う事になるとは思っていなかった」

「そうなんだ……ちなみに勝率は?」

「普段のレースでは一般人も参加する為、精霊による力の底上げやサポート、それにメイド魔法も禁止されている。その前提では私の方が若干勝率は高いのだが、今大会ではそれらは解禁されているからな」

「つまり、普段の戦績は参考にならないと」

「そういう事だ」



こうして、リラックスしながらも他チームの分析やレース方針について語らいながら休憩時間が過ぎてゆき、そしていよいよ決勝レースの選手集合時間となった。


「あら、篝火はん」

ピットに向かう途中、ふとアヤナに呼び掛ける声が小さく響く。

それは、同じく自チームのピットに向かう御洲川カスミであった。

「やあ、御洲川さんか。ここで戦えるとは思っていなかったから、会えて嬉しいよ」

「ふふふ、まあそれはお互い様という事で。今日はよろしゅう」

「ああ。お互いいつもと違うレースになるだろうからとても楽しみだ」

「ええ、本当に。では後ほど」


決勝レースに出場できるのは、予選タイムトライアルの上位二十台のみ。

それ以降の選手はタイムトライアルの順位がそのまま適用され、既にレースは終了している。

その選ばれし二十名の選手達は、一周のウォームアップランを経てスターティンググリッドに並び、スタートを示すシグナルを注視した。

やがてシグナルは動き始める。

秒単位でその表示数を増やし、そして――

全消灯! レーススタート!!

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