第44話 開会前日

房総半島中央、自然豊かな丘陵地帯にその施設はあった。


――カレイドスコープ


正式名称は『執事・メイド技術総合教育研修センター』で、カレイドスコープは一般公募による愛称である。応募者は『家令(執事)』+『メイド』+『スコープ(領域)』から付けたそうで、別に建物が万華鏡の形をしている訳ではない。

そしてこのカレイドスコープこそが、『全国執事・メイド学校技術大会』の会場として有名な場所なのだ。


全国大会開始の二日前、聖バスティアーナ学園のは代表選手達はこの決戦の地へと降り立った。

「おおーー、テレビとかで見たまんまだよー」

「ふっ、ついにここまで来たか」

「大きい……」

「Oh! ニホンの執事の聖地でーす」

初めて訪れた場所に興奮する一年生、そして、

「ここに来るのは一年振りね」

「ああ、今年こそは優勝旗を持ち帰ろう」

優勝への誓いを新たにする上級生。


執事達に続いてバスを降りたのは、ロゼメアリー学園の代表選手達だ。

「うーん、遠かったぁ」

「海の上のサービスエリアからノンストップだったもんな」


外の空気を思いっきり吸いながらノビをするアイコに苦笑いしながらも同意するアズミ。その横では疲れた表情の双子が辺りを見回して溜め息を吐いていた。


「体が冷えないうちに室内に入るべきだとぼくは思ってるかな、セイ」

「みんなのテンションと体温が下がってくれないと無理じゃないかってボクは思うよ、マイ」


「全員降りたな? それではここから施設を案内しながら宿泊棟へと向かうので、全員荷物を持ってついてくるように」

双子の姉妹の希望が叶うのはどうやらまだもう少し後のようだ。

追加の溜め息を吐きながら、チームメイトと一緒に荷物を抱えて歩き出した。



暫く歩いているうちに、アズミは前を行く二人にふと違和感を覚えた。

「あれ? アクアルナとイグネア・アニュラス、荷物は?」

こいつらどっちも小さなバッグひとつしか持っていないが、いきなり忘れ物か?


「私のはげんぷーに【収納】してもらってるよー」

「ああ、そういえばカメの精霊は【収納】の力を持ってるんだっけ。便利でいいなー」

「えへへー」

――精霊の力だった。


まあそれはそうか。ならきっとイグネア・アニュラスも何か精霊の力で――

「我は事前に宿泊棟に発送しておいた」

「あー……そういえばヒノワグループのご令嬢なんだっけ。これでも一応」

「む?」

――金の力だった。


「ノアちゃんいいなー。メイド魔法【エコバッグ@買物】とかを工夫したら、同じような事出来るようにならないかな」

「難しそうだけど、もし出来たらサイコーだな! 大会が終わったら試してみるか」

メイド魔法の非常識二人が何やら不穏な会話をする中、マキエ先生が溜め息を吐く。


「君達、ちゃんと私の案内を聞いているか? 後でコンビニの位置が分からなくて泣いても知らないぞ」

「「「「はーーい」」」」

「まったく、この緊張感のなさは……逆に大会が始まってからガチガチになりそうで心配な奴が約一名いるのがまた……」




その後も和やかに案内兼移動は進み、やがて宿泊棟に到着した。

「今日はゆっくり体を休めるように。食事は食堂に行けばいつでもとることが出来るから、各自好きにとればいい。ただし、食べ放題だとか言って暴飲暴食しないようにな。あと明日は大会に備え競技会場の見学と軽い訓練を行うから、集合時間に遅れない事。それでは解散」


長時間の移動に疲れたのか、それとも大会を前に緊張感が高まってきたのか。

その日は全員おとなしく食事を済ませ、眠りについた。

そして翌日。




「おおー、執事服も色々だー」

「メイドさんもKawaiiです」

会場を見て回るノア達は、たくさんの他校の生徒とすれ違った。

どの執事服やメイド服も少しずつデザインや色遣いに差があり、見ていて楽しい。

相手もまたノア達を見て同じように感じているのだろう、お互い自然と微笑みを浮かべて会釈しつつすれ違うようになっていた。


「ま、そうは言っても全員ライバル同士だ。あまり和むのもどうかと思うぞ」

「そういうアズミだって笑顔じゃない」

「ん? あれ? そうだったか?」

「気付いていなかったんだ……」



だが、和やかなのはそこまでだった。

開会式を行う大きなドーム型競技場に足を踏み入れると、そこには巨大な電光パネル一杯に明日のトーナメント表が表示されていた。

「ええと……私達はどこかな、と」

先程決まったばかりのトーナメント表から、自分達と対戦相手を探し始める。


「あっ、あった。場所は第二会場で、最初の相手は……福岡!?」

「ええー、いきなり強いとこだ!」

「うわぁ、ヤバっ」

そんな少し狼狽え気味の下級生達に、最上級生が喝を入れる。

「優勝を目指すんだから、どこかでは当たるでしょ。それが最初だったってだけで」

「そうだね。それに強豪校なんて他にもたくさんあるんだし」

「まあ、うちも強豪校って言われてるんだけどね」

「あ。そうだった……」




気を取り直し、最初の戦いの場となる第二会場へと移動した。

そこではノア達と同じように会場を見に来た他校も来ており、そうなれば当然――

「こんにちは。あなた達が聖バスティアーナ学園とロゼメアリー学園の人達ね」

「あら、そういうあなた達はトゥルーロード学院の方々ですね。明日はよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。お互い道真公に恥じない品格の技で競い合いましょう」

このように、対戦相手とのファーストコンタクトも起こり得る訳だ。


一見笑顔を浮かべ和やかに話してはいるが、トーナメントにて真剣勝負を行う相手、しかも負けたら終了の勝ち抜け戦だ。周囲は緊迫した雰囲気に包まれた。

「さあ、会場の雰囲気を掴んだら戻って宿泊棟の練習場で軽く調整するぞ。トゥルーロード学院の君達も、お互い良い戦いをしよう。それではな」




宿泊棟に戻った選手達は、先程までとは打って変わってピリピリムードだ。

「ふむ、皆良い表情になったな。どうやらトーナメント表を見て対戦相手と出会ったのが良い刺激となったようだ。ではその緊張感を持ったまま実技訓練に入るぞ」

そう指示を出したマキエ先生に甲野サザナミが声を掛ける。

「あのマキエ先生、格闘訓練はどうするんですか?」

「ああ、そちらはやらない事にした」


ハッキリと言い切ったマキエ先生に軽く驚きの表情を浮かべる選手達、一番重要と思っていた格闘なのにやらないとは?

「対戦相手が決定した今、既に我々は相手の目に晒されていると思うべきだ。ここで手の内を見せる訳にはいかないからな」

「ああ、言われてみれば」

「あともう一つ忘れていないか? トーナメントの開始は明後日からだからな。明日の競技は全学校一斉のバイクレース、我々の代表として出場する篝火をしっかりと応援するぞ」



いよいよ戦いが始まる!

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