謝ることが “癖” になったボクへ。

進藤常吉

第一話 青天の霹靂からの一歩。

ごめんね。

謝ることを癖にしてしまって。

我ながら、本当に申し訳ないと思っています。


まだ何事もなかった頃は、何の根拠もない自信に満ち溢れていましたね。

周囲から十中八九は失敗すると言われ続けた『役者になる』という夢を追いかけて、目上の方からの貴重なアドバイスも「お前とは違うんだ!」などと身の丈も考えず、聞く耳すら持っていませんでしたね。


今にして思えば、正に世間知らずの小生意気な小僧でした。


でも、あの頃は本当に楽しかった。

ご飯を食べるお金もなく、6枚切りの食パンを一日一枚足らずに小分けして1週間を凌いだり。

それさえままならないときは、眠る直前に水道水をガブ飲みして、水っ腹でパンパンにして空腹を紛らわせたりして……。


その辛さを差し引いてもなお、お釣りがくるくらいの充実感がありましたよね。


同じ夢を抱いた仲間とともに小さな劇団を立ち上げて、稽古とバイトに明け暮れる日々。

もちろん、役者としてのお給料などなく、各々がバイトで稼いだお金を積み立てて、年に2回の舞台公演を開催する。


大きな劇場は借りられないから、150人も入ればギュウギュウになる小劇場の舞台に立ち、照明を浴びながら役を演じていたあの頃。


きっと、あの頃が“刺激的観点”でいえば人生の中で最高に充実した日々でした。


そんな日々も、ある日を境に唐突に終わってしまいましたね。

思い返せば、数年前から身体に変調はあった。

左足が痺れて感覚も鈍い。

何度も段差とも呼べないほどの小さな出っ張りに足を引っかけて、絶えることなく左足首を捻挫する日々。

それでも、台本の執筆や舞台セットおよび演出プランの考案。それに加えて唯一の収入源であるバイト……。

忙しさにかまけてと言えば格好をつけすぎですが、心のどこかで “自分は大丈夫” とこれまた何の根拠もない自信を持っていたのは事実でした。


ところが……。

あの日、視界が全て2重にダブって見えた日。

あれには本当に焦りました。

“これはきっとただ事ではない” とさすがに感じましたもんね。


近くの小さな内科医院に行ったら、「すぐに大きな病院に行って下さい!」と言われ、よくわからないままに紹介された病院に着くやいなや、即入院。

どうやら一目で分かるほどに、僕の右目は動かなくなっていたのだそうです。


見たこともない機器を使った検査をして、何の検査なのか皆目見当もつかない質問に答え続け。

病名も告げられないままにいろんな診療科に回されて3週間が過ぎたころ、神妙な面持ちで病室にやって来た主治医から告げられた言葉は「MSです」でしたね。


意味が分からず、「なんかモビルスーツみたいですね」とおどけた僕に、感情を押し殺した主治医の声が覆いかぶさって来る。


「多発性硬化症……難病です……」


相変わらず何を言っているのかは分からなかったけど、想像以上に大変なことになったという事だけは理解できた気がします。


頭の中が真っ白になりました。

身体の中で何か大事なものがバキッと折れる音が聞こえました。


そう、あれからなんです。

なんの根拠もない自信もすっかりへし折られ、勉強もせずただやりたい事だけをやって来たボクには、もう何もなくなってしまいました。

新たに生まれてきたものは、誰に言われたわけでも強要されたわけでもない劣等感。


冷静に考えれば何も出来なくなってしまったわけではありません。

ボクよりもっともっと大変な現実を受け止めて、なおも立派に生きておられる方はたくさんいらっしゃいます。


でも、あの時のボクには、『役者を続けられない=生きている意味がない』という本当に短絡的で感情的で甘えた考えしか浮かんできませんでした。


それ以来、いつも伏し目がちで歩き、弱さを悟られないように人前ではニコニコすることに努めるようになりました。

そして、自分が何も出来ない分、人に迷惑をかけない事を最優先に考えるようになった結果、気が付けば「ごめんなさい」や「すみません」が口癖になっていました。

嫌われるのが怖かったんですね。


それでも、それまで周囲にたくさん居た広く浅い関係性の人たちは、蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまいました。


ただ、共に劇団を立ち上げた仲間たちは、毎日のようにお見舞いに来ては馬鹿話を繰り広げ、ボクを笑わせようとしてくれましたね。

いま思い返しても涙が出るくらいありがたい話です。


彼らがいなければ、今の自分はきっといなかった。

いや、生きてもいなかったかもしれません。


元々、ボク自身が持っていたものなんて、たかが知れていたんです。

才能なんて皆無。

自分一人で出来たことなんて無いに等しかった事に気づかされました。


唯一、難病になって良かったことと言えば、その一点でしょうか。


いつもボクのことを気にかけてくれる仲間たち。

これは嘘偽りなく宝物です。

でも。

彼らに対する妬みがなかったと言えば……噓ですよね。


変わらず夢を追い続ける彼らが、どんどん遠くに行ってしまうような被害妄想が膨らんでいく。

そんな自分が嫌で仕方なく、ますます自分自身が嫌いになる。


負のスパイラルって言葉は知ってはいましたが、実感したのは初めてだったんじゃないでしょうか。


なんとか彼らと共にいたい。

これからもずっと仲間と呼んで貰える自分でありたい。

きっと、そんなことをしなくても、彼らは何ひとつ変わることなく傍に居てくれたのでしょう。

でも、自分自身が許せなかった。

いや、怖かったんですよね。

何も出来ないまま、愛想をつかされてしまうかもしれない未来が。


舞台に立てなくなったボクの利用価値とは……。

毎日、眠れない長い夜の間中、懸命に考えましたよね。

自信がないから答えも出ない。

嘔吐きながらグルグル廻る無意味な思考と怖気と葛藤しながら。

思い出しただけで気持ちが悪くなります。


そんな中、不意に目に飛び込んできたのが、あるシナリオ学校の入学案内でしたね。

あれは俗にいう天啓のような感じがして鳥肌が立ちました。

自分の劇団の台本は書いてはいたけど、完全に独学で作品の仕上がりに自信なんて欠片もない。

でも、一から勉強してしっかりと身につければ、もう一度、彼らと同じ場所に自信を持って立てるんじゃないだろうか。


今だから言えます。

あの時、勇気を振り絞って一歩を踏み出してくれたボクへ。

ありがとう。


そして、背中を押してくれた両親や仲間たちへ。

本当にありがとう。


こうして、ボクは第二の夢へ向かって歩み始めました。


















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