異世界でデスゲームに巻き込まれた少年が実況配信される話 ~リスナーからのギフト(現物支給)と初期装備の魔導書で異世界からの脱出を目指します~

黒井カラス

第1話 デスゲームの始まり

 何事においても期待せずに諦めてしまうのは自分に自信がないからだ。


「人生って何で決まると思う?」

「生まれ持った才能」

「身も蓋もねーな」


 軽い問いを投げたら思いの外重い回答が返ってきた。

 紙パックのジュースを手摺りの上から落としそうになるのを慌てて引っこめる。

 落としたらグラウンドまで真っ逆さまだった。危ない危ない。


「努力が人生に及ぼす割合なんて高が知れてる。産まれた瞬間に人生がどうなるかはほぼ決まってるんだよ。例外もいるけどさ」

「あーあ、俺にもなんか秘められた才能とかないかなー。ないだろうなー」


 高校二年生。将来という言葉が間近に迫り、そろそろ準備をし始めなければならない時期に俺たちは差し掛かっていた。

 いや、今からじゃ遅すぎるのかもな。

 将来に明確なビジョンがある奴は年齢が一桁の時から将来を見据えて努力してる。

 ただただ時が流れるままにのほほんと生きただけの俺たちみたいなもんが敵う相手じゃない。

 すでに優劣は付いたあとだ。

 一発逆転はない。


「まぁ、いいか。そこそこの人生を死ぬまで歩ければそれで」

「枯れてんな、紫苑しおん

「期待しなけりゃどんな結果でも、まぁこんなもんか、って諦めらめがつくからな。今から心入れ替えて努力したところで無駄だし」

「ホントに高校生かよ」


 ジュースを飲み干して、空の紙パックが途端に邪魔になった。


蓮也れんやは実家の定食屋を継ぐんだっけ?」

「あぁ、そこそこ繁盛してるし、極端に味を変えなきゃ喰っていけるはずだ」

「いいね。働き出したら喰いに行く。安くしてくれよな」

「見当しとくよ」


 昼休みも終わりが近づき、終了前のチャイムが鳴り響く。

 急いで教室に戻ると空の紙パックをゴミ箱に投げ捨て席に着いた。

 テストの前日に読み返すためだけにノートを取り、放課後には授業の内容なんてすっかり忘れて帰路につく。

 それがあと一年は続く俺の日常だった。

 この日までは。


「なんだ? あれ」

「黒い……煙?」


 道路の真ん中から黒い煙のような、靄のようなものが出ている。

 空に向かって昇っているわけでもなく、炎のように一定の高さまで昇ってはゆらゆらと揺れていた。


「ヤバい有害物質でも燃えてるんじゃ」

「近づいたらヤバいかも」

「こういう時ってどこに連絡すればいいんだ? 警察? 消防? 救急車……はいらないか。人もいないし」

「とにかく一旦離れるべきだ、紫苑」

「あ、あぁそうだな」


 今もなんらかの有害な物質を吸っているかも知れない。

 体調に異変を来す前にこの場を離れようとした矢先のことだった。

 俺たちに反応するように黒い煙が動く。

 脈動するように揺れて、瞬く間に道路を埋め尽くすほどに膨張する。


「や、ヤバい!逃げろ!」

 波のように押し寄せてくる黒い煙から逃れるため、必死にアスファルトを蹴った。

 けど、こっちより黒い煙のほうが速い。

 瞬く間に距離を詰められ、煙に学生服を掴まれた。

 袖を、背中を、足を取られ、転ぶことも出来ずに飲み込まれる。


「紫苑!」


 蓮也は逃げ切れたみたいだ。

 まぁ、そうだよな。

 捕まるとしたら俺だよな。


「死ぬのか……俺」


 黒い煙に覆われて視界が真っ黒に染まる。

 俺の意識はぷっつりと切れてしまった。


§


『お、目が覚めたか』


 目を見開く。

 意識の覚醒と共に心臓が激しく脈打ち、息が漏れる。

 落ち着きを取り戻すまで数十秒ほど。

 鼓動が平常に戻り始めたところで、ようやく視界いっぱいに広がっている空に意識が向いた。

 外? たしか放課後に黒い煙に巻き込まれて、それで……どうなった?


『驚いてる驚いてる』

『まぁ最初はな』

『こいつの名前、なんだっけ?』

飾雪紫苑かざゆきしおん。十七』

『結構若めなところ行ったな』

『中年太りのおっさんよりマシだろ』


 体を起こすために地面に手を突き、違和感を憶える。


「土?」


 手に付いた土。砂や小さな石じゃなくて水分を含んだ土だ。

 道路の上で黒い煙に飲み込まれたはず。

 訳がわからないまま体を起こすと、視界にあり得ない景色が映り込んだ。


「なんだよ……これ」


 乱立する木の幹、背の高い下草、苔生した岩。目に入る範囲のどこにも人工物が見当たらず、人の手が全く入っていない。

 日の当たる場所は俺がいるこの場だけで、周囲は鬱蒼としていて暗い影ばかりが地面に張り付いている。

 鳥の鳴き声と、枝葉の揺れる音が周囲に響いていた。

 ほかにはなにも聞こえない。


「そうだ、蓮也は?」


 姿がない。いや、当然か。蓮也は黒い煙から逃げ切れた。

 捕まった俺が何故かここにいるんだから蓮也がいるわけがない。

 そのことに安堵する反面、居てくれればと思ってしまう。


「連絡は……」


 携帯端末のことを思い出して取り出してみるも繋がらない。


「圏外……」


 考えて見れば当たり前のことでも、万が一を考えると試さずにはいられなかった。


「やっぱりダメか! どうすれば……助けは――いや」


 期待するな。期待すればするほど叶わなかった時の落胆が大きくなる。

 生存そのものを諦めたわけじゃないけど、最悪の事態を常に想定しておかないと。


『ここでパニックにならないのは加点項目』

『まだわからんぞ』

『重要なのはこの後だからな』


 まずは落ち着いて冷静になろう。

 なにか、なにか使えるものはないか? 半分しか充電のない携帯端末、ポケットティッシュ、財布、家の鍵、ペンと紙の切れ端、着たままの学生服。

 ダメだ、なにもない。

 周囲になにかないかともう一度見渡すと、鬱蒼とした木々の影に動く何かを見た。


「なんだ?」


 姿は見えず、ただ下草が音を立てて揺れるのみ。

 旋回するように連鎖する音を追い掛けて視線を動かすと、ある地点でぴたりと止まる。そこから下草を掻き分けて現れたのは一匹の獣だった。


『来たな』


 野犬か狼か、全く別の獣か。


「嘘だろ……」


 喉を震わせ、低く唸る狼のような獣。

 それはこちらを鋭い目で睨み付けながらゆっくりとにじり寄ってくる。

 距離を取ろうと後退ってはみたものの解決にはほど遠く、背中に木の幹が当たっ、てついに後ろにすら進めなくなった。

 ここで死ぬのか。こいつに喰われて。

 地面を蹴って跳びかかってくる獣。それを倒れるように転がってなんとか避ける。

 急いで体勢を立て直すと、獣は木の幹を食い千切っていた。

 より鮮明になる死のイメージ。


「ここまで……か」


 これからも歩むはずだったそこそこの人生が終わる。

 ただ生きていられるだけの金と、すこしの娯楽があればそれでよかったのに。

 これでもまだ期待しすぎだったのかよ。


『おい、誰かギフト贈ってやれよ』

『お前がやれ』

『しようがねぇな。俺が贈ってやるよ』


 再び獣が俺に飛び掛かろうとした、その直後のことだった。

 空からなにかが落ちてくる。

 下草を斬り裂いて地面に突き刺さったのは一振りの刀。

 なぜだ、どうしてだと考えている暇はなかった。

 この手は刀に伸び、柄を掴む。

 その時点で、すでに獣は目と鼻の先にいた。木の幹を噛み千切るほどの強靱な顎が、この身を食らおうと開いている。


『行け!』


 引き抜いている暇はない。

 地面を斬り裂くようにして刀を振るい上げ、飛び掛かってくる獣の下顎を割る。

 刃はそのまま骨を斬り裂いて頭蓋を断ち、顔を二分された獣は夥しい量の血を流しながら地に伏した。


『しゃぁあああああ! いい! いいぞ! 贈った甲斐があった!』

『ふーん、やるじゃん。あそこから逆転するとはな』

『正直、死んだと思ったよね』

『贈り損にならなくてよかったじゃん』


 息を幾ら吸っても足りない。手が震える。痛いくらい心臓が脈打つ。

 この手に握った刀で、生き物を殺した。刃からは赤い血が滴り落ちている。

 この世のあらゆる物事に期待しないようにしてすぐに諦めていたのは自分に自信がないからだ。

 だから何事にも予防線を張り、失敗した時の言い訳を常に用意していた。

 そうすることでしか生きて行けなかったんだ。

 けど、今この手の内にあるのは小さいけれど確かな自信。

 凶悪な獣を斃したという自負。

 今まで自分の中に存在していなかったモノが、本当は憧れ続けていたモノが、芽生えた気がした。


「この刀はいったいどこから……」


 視線を限界まで持ち上げても青い空に白い雲が流れているだけ。

 この刀がどこから降って来たのかはわからない。


「ありがとう」


 でも、とりあえずこの刀にでもお礼を言っておこう。


『なんか愛着湧いて来たな。もっとギフト贈ってやるか』

『見た感じこいつは期待できそうだし、俺も贈っとくか』

『俺は様子見。すぐ死んだら無駄になるし』

『そう言って結局最後まで贈らないいつものパターンだろ』

『まぁ、人それぞれってことで。有望株なんだし、楽しく見守ろうぜ。この配信を



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