事実は妄想より奇なり
美墨真由子。そう名乗った女性は、その凛々しい真紅の瞳でこちらを真っ直ぐ見据えていた。その力強さに圧倒される。まさに「強い女性」といった風貌の彼女は、どうやら私と李乃の研修を担当する人であるらしい。
「よ、よろしくお願いします...」
「よろしくお願いします、真由子さん!」
李乃は朗らかに、私はやや緊張気味にそう答える。なんだろう、対人経験の差が如実に現れている気がする。
「(李乃ほどのレベルとまではいかずとも、もう少しなんとかならないものだろうか......)」
なんだろう。言い表せないが、自分に対する情けなさが浮き彫りになってくる。
「(しかし...なんだろう)」
威圧感に呑まれてしまっていたが、冷静に考えてみれば周囲の状況は常識で理解できる範囲を超えているように思えてくるのだ。心のどこかで魔術的な、非日常な何かを期待すると同時に、心の一部が常識的ではないとしてそれを否定する。頭が混乱して、なるほど、少し考える時間が欲しい。
状況を整理しよう。
専用のカードでしか通れない門。大通りに面しているが、入口の人気が異様に少ない豪邸。謎としか言いようのない、目を象った置物。高速で飛んできて地面に刺さったボールペン。美墨さんの「解いた」という言葉。置物に施されているらしい仕掛け。
先程までの出来事を、脳内で順に羅列していく。
「(というか、怒涛の展開すぎて先程まで考える余裕が無かったが、わからないことだらけなんだよな...趣味全開の考察であればできるんだが......まさか、本当に?いや、でも......)」
駄目だ、また頭がこんがらがってきた。
魔法ではないか?いや、射出機ではないか。魔術師ではないか?何かの企画ではないか。
しかし、どうにも両極の思想の中で意見が対立しているように思える...。
常識と妄想の間で堂々巡りする思考は未知の体験であったが、しかし、どこか冷静にそれを俯瞰することができている。
「(人は本当に混乱すると、一部の思考が逆に冷静になるのだろうか......)」
事情を知っているであろう美墨さんに聞くのが早いかもしれない。だが、どうしたものか。
尋ねてみたいが、とてもそんな雰囲気ではない。それにどう切り出せばよいのか。悶々とした中、ふと明るい声が場に現れる。「あ、そうだ!真由子さん。」
李乃の声だ。
「なんですか?」
「さっきの地面にぶっ刺さったあれって、真由子さんの魔法ですか?」
「(李乃!!!!????)」
朗らかに放たれたその内容に、全ての思考がフリーズする。
確かに気になっていた点だし、その可能性もあると考えていたが、それにしても率直すぎる。浮かんだ疑問点を即座に口にできる、これがコミュニケーション勝者の貫禄...!
「(しかしこの質問、美墨さんはどう答えて__)」
「そうですけど」
「(肯定した!?!?)」
美墨さんの声はどこまでも真っ直ぐで、動揺したような感じは一切無い。
「(え?............え??)」
小鳥の囀る幻想的な庭園の中、五感と思考が乖離していくような__そんな感覚に襲われる。
「やっぱり!真由子さんってすごい魔術師なんですね!あ、そういえばあの刺さったやつってなんですか?ボールペン?」
「あれは万年筆です。ボールペンと形状が似ているので、間違えるのも無理はないでしょう。」
「万年筆かぁ...真由子さんって万年筆使いなんですか?」
「護身用にいくらか忍ばせていますが、別に万年筆でしか戦えないというわけではないですよ。」
「なるほど...!」
二人は一体何を話しているのだろう。
私の妄想は正しかったのだろうか。本当にここは異世界なのだろうか。この場では魔法が当たり前なのだろうか。
「話せる範囲で構いません。教官としてお二人の魔術傾向も把握しておきたいのですが、よろしいでしょうか」美墨さんは平静そのものの調子でそう言ってくる。
「え...あ、その」
「あっ、了解ですっ!」
蜜柑色のウェーブが、李乃の動きに合わせて上機嫌に揺れた。
「えーっと、私はおはじきとかけん玉とかコマとかお手玉、あとだるま落としとかを使います。属性は五行__えっと、火、水、土、金、木の全部で、おばあちゃんは媒体の道具に塗られている色と呼応しているって言ってました!でもなんか、道具がないと上手く元々の力を発揮できないみたいで......だから、魔法を使うのに必要な道具だけは絶対に手放すなって言われてます!」
どうしよう、理解できるのに理解できない。
五行も創作における魔術理論もある程度履修済みだが、それはそれとして理解が追い付かない。
なのにこの現実に舞い上がっている自分もまた存在しているのだ。魔術が現実のものである、その事実に歓喜する自分もまた存在するのだ。
というか李乃は五行を全て使えるのか。つまりアベレージ・〇ン...?いや、型月のあれは五行じゃなくて五大元素だし、李乃のその特徴は某あかいあくまとは大きく異なっている気がする...。
「なるほど」美墨さんは頷く。「では、貴女は?」
「はひ」
どうしよう。話を振られてしまった。
「(いや...私は、魔術使えないんだが)」
小説の中では極大呪文を行使したし、妄想の中では全ての元素を司る賢者であり天使だが、現実となると話は別なのである。
「(だかこれ、仮に私が「できません」と言ったらどうなる?最悪の場合、殺されるのではなかろうか...?はっ!そうだ面接!あの面接はどうだ。あの水晶玉が光った時点で、私には実はそういった、魔術の才能があるのでは...?)」
迷った末に、私は右手の人差し指で、眼帯に覆われた右目を指し示す。
「え......っと、目...です。」
「目?」李乃が不思議そうな声色で聞き返す。
「あっはい、その、目......です。あっこれ以上はその」
「秘匿したいということですね、わかりました。」
美墨さんはそういって話をぶった切る。「身体の一部を媒体とする魔術、特に目は繊細ですから取り扱いに気を付けるように。その眼帯が負傷によるものか、機能の封印という役割を果たしているのかは判別がつきませんが......視覚は魔術を使わない日常生活においても重要なものです。大切になさい。」
「は、はい」
本当に、これで良かったのだろうか。冷静に考えると、自分は流れに任せてとんでもない嘘をついてしまったのではないだろうか。
そんな疑問を抱えつつも、徐々に正常化していく視覚や聴覚といった感覚が、現実のものとして聳え立ち__突然のそれに圧倒された私は、言いかけていた言葉を失った。
なにがなんだかわからない。
「(しかし、『目を大切に』か。......少し耳の痛い話かもしれない。)」
左手で、眼帯をそっと撫でる。ショッピングモールで購入した布地は、私自身の裁縫技術が原因なのだろう、縫いつけた糸で少し凹凸ができている。
「それでは、この館の簡単な紹介と職務内容についての説明を行います。と、その前に.........まずは更衣室を案内します。お二人には、まずそこで仕事着に着替えてもらいます。」
「はい、わかりました!」
「は、はい......」
李乃と私がそれぞれ答えると、美墨さんはこちらに背を向けて先へ進んでいった。なんというか、第一印象からも凛々しくて格好いい女性だとは感じていたが、美墨さんのそれは立ち振る舞いにも如実に現れている。
「ねぇねぇ、友梨花の魔術って、魔眼系なんだよね?」美墨さんの後を進む中、李乃は目を輝かせてこちらを見た。「すっごく羨ましい~!!道具がなくても、すっごい緊急事態でも身を守れるってことでしょ?私もね、お父さんに『魔眼系目指す!』って言ったことあるんだけど、絶対にやめとけって言われちゃってさー」
「な、なるほど...」
李乃の純粋な尊敬の目線が痛い。すごく痛い。
というかここ、本当に「魔法」があるのか。そういうコンセプトのドッキリではないのか。信じていいのだろうか。いや、魔法が実在するというのはとても魅力的だし、現実であってほしいと願ってしまうのだが。
____
真由子さんが魔法で万年筆ぶっ飛ばしたのは、”仕掛け”を壊されることを懸念したからですね。
現在の心境
友梨花→良心が痛む(「咄嗟に目とか言ってしまった...というか魔法、マジで存在するのか...」)
李乃→すごいなぁと思ってる(「友梨花も真由子さんもかっこいいなぁ」)
真由子→仕事のことを考えている。(「五行を基盤とした道具使いに魔眼系の組み合わせですか......なるほど。」)
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