中二病がバイト面接に受かってメイドになったら、そこは魔法の世界でした。

@HarusameRunaPalPal

運命のバイト面接(上)

大通り。国道沿いの一帯は、近くにある大型のショッピングモールの恩恵だろうか、行き交う車も人も雑多である。青空にぽつぽつと浮かぶ白い雲。ショッピングモールの向こう側、公園の側を流れる川の周辺には桜の木々が、美しさを競うように揺れていた。


子連れの家族、それから恋人同士。いかにも春の訪れを言祝ぐような、華やかな色を身に纏っていた。すぐ横でみたらし団子を売っている店には既に行列ができている。


その向かい側の歩道、アスファルトの上で一枚の紙を見ながら佇む少女が一人居た。


灰色の長い髪を後ろで一つに纏め、白いブラウスにシックな黒いワンピース。黒い薄手のタイツに紫色のパンプス。濃い桃色の両眼はどこか周囲を探っているようにも見える。少女の神秘的な佇まいに、誰もが目を奪われる___




__と自分で思考しておいてなんだが、いささか美化しすぎたか...?




神秘的な少女。つまり私こと、高峰友梨花は清々しい青空の下、今日も妄想に耽っている。




桜の香りも、近くのお団子屋さんのいい匂いも、いや、これは中々に良いシチュエーションではなかろうか。一人頷いて考える。


平穏そのものの街の風景。物語の始まりとして相応しい。しかし一歩路地裏へと踏み出せば、そこには全く異なる世界が待っている__的な。うん、良い。平穏な日常に潜む不穏というのは、ある種のロマンを生じさせるものだ。例えば異能バトル系。例えば組織モノのエージェント。そして、例えば__




「...と、いかんいかん。こんなことを考えている場合ではなかった」




手元の案内地図が指し示すのは、この国道から少しばかり逸れた場所。住宅街の方角だ。




大通りの喧騒に背を向けて、住宅街の脇道へと一歩を踏み出す。


大通りでは身近に感じていた車の音が、急に遠ざかっていく不思議な感覚に襲われる。二軒先の家からは庭先ではしゃぐ子供の声が聞こえた。ボール遊びをしているのだろう。側ではご両親らしき二人が見守っている。




春休みだからだろうか。どうも行く先々で家族連れと出会う気がする。




右手には何回も読み直した案内地図。簡単にこの周辺の道路を書き表したその地図の中央には赤い丸と共に「面接会場」と記載されてある。


「面接会場」その四文字がもたらす威力は存外侮れないもので、私などはその文字を見ただけで地の底が揺れるような恐h…ではなく武者震いを感じる。




なにを隠そう、今日は私のバイト面接の日。




「(人生初のバイト面接だ。緊張していない...といえば嘘になるが。)」




恐怖を払拭するように思い切り首を左右に振る。「(いいや...弱気になるでないわ、高峰友梨花!お前の覚悟はその程度だったのか!?違うだろう!!)」




一年前、中学3年生の春。あの時に掲げた「脱・引きこもり作戦」は最初こそ厳しいものだった。だが今の私は進化を遂げた。週に4日は通学できるようになったのだ。




そして、バイト。これは私の「脱・引きこもり作戦」最後のステップと言えよう。




正直に言おう。私は所謂コミュ障だ。人との接し方とかわからないし、ぶっちゃけると他人と関わること自体が怖い。考えてみてほしい。他人とはすなわち育った環境も思考も全く違う人のことを指す。殆ど異星人と同義である。その異星人に躊躇なく声を掛けられる人、それは多分私とは違う次元の人類だとすら思う。


頼むから誰か「赤ちゃんでもわかる他人との談笑方法」とかいう教科書を出してほしい。いや「初級!知らない人に声をかけるときのワードセレクション!」とかでもいい。需要は大いにあると思う。




「...だが、コミュ障がなんだ。引きこもりがなんだ!人すなわちホモ・サピエンスは変われるということ、この私が先陣を切って証明してやる!者共、この旗印に続けーっ!!」




高らかに宣言したその後。「...あ」




自分が声を出していたことに気づく。




顔が熱くなる。鼓動は高鳴り、脳内の半分は「恥ずかしい」という感情で占領される。


風呂でのぼせたときのような熱が全身を襲い、急激に消えたくなる。




素早く周囲を見渡して、誰も聞いていないことを確認する。先程見た五軒ほど後ろの、庭先でボール遊びをしている家族以外に人影は無い。その家族も、どうやら家族での談笑に夢中でこちらには気づいていない様子だった。


そりゃあ妄想はする。だがそれを他人に知られるのはまた別の話というもので。




恥ずかしさを掻き消すように面接会場へと足を走らせた。








___きっかけは中学校卒業式の翌日。




「友梨花さん、ちょっといいかしら」




そこそこ綺麗な高峰家のリビング。牛乳を飲みに部屋から降りてきた私を、父の再婚相手である新しい母親が呼び止めた。肩まである薄茶色の髪をサイドで纏めた、どこかゆったりした雰囲気の彼女はなにやら紙の束を持っていた。




「...おかあさん」どこかぎこちなく私は返す。




言ってから、またやってしまったと思った。




別に新しい母親が嫌なわけではない。前の母親が所謂クズだと言うことはもう知っていたし、新しいお母さんがよくやっていてくれていることも知っている。ただ、あまり馴染まないだけで。




気まずく思って目を逸らす私を、彼女は咎めなかった。




「急にごめんなさいね。一年ほど前に友梨花さん、高校に入ったらバイトしたいって言ってたでしょう」




…言ってただろうか。




一年前といえば新しいお母さんが来たばかり。もう女性などうんざりと言っていた父親が再婚相手を見つけて、私もそろそろ前に進まないとと思った時期だ。同時に、新しいお母さんとどう接すればよいのかわからなくて一番ギクシャクしていた時期でもある。




沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は続ける。「友梨花さんが出してきた条件ね、なかなか難しくて。探すのに結構時間かかっちゃったけど、見つけてきたのよ」




「はぁ...」相槌とは言えない相槌を打つ。




「...あ、別に強制とかじゃなくてね?あくまでも参考にって。ほら、バイトまで母親が制限かけちゃうのって、アレだし。一年も経ってるんだし、今はあまりバイトしたくないんなら、別にやらなくてもいいの。選択権は友梨花さんにあるからね。」




弱々しくも、何度も「私の自由意志」を強調するような話し方。背景にはやはり、私の「前の母親」があるのだろう。




でも、丁度良いと思った。




一年前に私が提示したバイトの条件は覚えていない。だが、高校生になったらバイトを始めようと思っていたのは事実だ。本当は入学してから決めようとおもっていたが、せっかく彼女が探してくれたのだ。新しい母親から受け取った書面の1ページ目には「錦条院家応接館従者寮専用ハウスメイド」と大きな文字で印刷されている。




「(...お金持ちの、メイドさん...?)」




はて、私は一年前にどんな条件を彼女に出したのだろう。正直言って知らない人と話すだけでも頭が真っ白。いっぱいいっぱいだったのだ。話した内容など覚えていない。


聞けば答えてくれるのかもしれない。しかし、そのたった一言は喉元のどこかにつっかかってしまっているらしく、ついぞ言葉に表すことはできなかった。




「...ありがとうございます」




絞り出したようなその声に、おかあさんの顔が少し憂いを帯びたのがわかる。




また、気を遣わせてしまった。言いようのない自己嫌悪と共に、逃げるようにして足早に二階にある自室へと戻っていった。








__




羞恥心を掻き消すように、暗記した道順を辿って足を動かし続ける。約30秒ほどのランニングは、元引きこもりで体力クソ雑魚の私には十分すぎる痛手だった。なんとも無様なことに、目的地である面接会場に辿り着いた途端に座り込む事態となってしまった。




「く...この高峰友梨花、一生の不覚...!」




息絶え絶えになりながら掠れた声で吐き出す。いつか魔王と戦う機会があれば是非言ってみたい台詞No.2だ。




荒い呼吸を繰り返す。脳に酸素が足りない。呼吸すること以外にできることがない。


「(この程度でへばるとは、巨悪と戦う宿命を背負った選ばれし聖乙女である(という設定の)私らしくもない...!やはりバイトをする以上、体力も必須...今からでも走り込みしておくべきか...)」




小学校時代はよく体育の授業を休まさせられた。「脱・引きこもり作戦」を掲げた中学三年生の頃ですら、参加よりも見学した単元の方が多い。そのツケが今押し寄せているのであろう。私の運動能力は引きこもり以前とは比べ物にならないほど低下している。




徐々に視界が安定していくにつれ、周囲の状況を脳が処理し始める。


木々がざわめく音。小鳥が囀る音。


そういえば書類に添付されてあった面接会場の写真には、小さいながら可愛らしく自然豊かな庭園があったことを思い出す。顔を上げて立ち上がればさぞ色とりどりの薔薇が見えることだろう。




「(というか、いつまでも座り込んでいるわけにはいかんな。海外にいる父さんが送ってくれた貴重な服を汚してしまう)」




立ち上がろうと足に力を入れる。ふと、アスファルトが大部分を占める視界に人の手が映った。




「大丈夫?」




女性の声だ。




見上げれば真上に煌々と差す陽光と共に視界に飛び込んでくる、青い髪、青い瞳の可愛らしい少女_ちょうど私と同い年くらいの子がそこには居た。薄緑のニットに紺色のスカート。黒靴下にローファーといった出で立ちの彼女は、整った顔立ちをこてんと傾げている。




「アナタも、ハウスメイドの面接に来た感じかな」




「はっは...はい」


緊張で上ずった声に、青い髪の少女はくすりと笑う。




「もしかして、襲撃されたクチ?やんなっちゃうよね。しかも昼間っから攻撃してくるなんて。暇なの?って感じ。__立てる?」




至極真面目にそう語る彼女に、一瞬ほど面食らった。


「は、はぁ...」彼女の手を掴んで立ち上がる。




目を瞬いて最初に飛び込んできたのは、目の前にある家屋だった。「うわぁ...!」




敷地の広さこそ一般家屋と変わらないものの、精巧に作られた小ぶりな洋館はアンティークのドールハウスを連想させる。クリーム色の壁にビターチョコレートを思わせる屋根。洋画の一幕と見紛うその光景は、息を呑ませるには十分すぎる程だった。


庭園は書類に載っていたとおりで、色とりどりの薔薇が並んで、しかし全く喧しくはなかった。陽光に照らされて神秘的にも見える屋敷は、洋菓子を連想させる色合いだからだろうか。どことなく甘く美味しそうな匂いが漂っていると錯覚してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。




数秒の沈黙の後、ようやく言葉を零す。「天に祝福されし精霊の館..??」




「あはは、面白いねアナタ!」青髪の少女がまた笑う。聞かれていた。というか、私が口に出してた。自分の発言に対する羞恥でまた鼓動が早くなるのを自覚しながら、改めて目の前の屋敷を見る。自分が働くことになるかもしれない場所を__




青髪の少女は、屋敷を熱心に見つめる私の視線に気がついたのか。彼女も屋敷の方を見て言った。「でも勿体ないよね。こんな綺麗な場所、面接にしか使わないなんてさ。」




青天の霹靂。




「(まさかの面接専用会場!?!?)」




錦条院家、だったか。やはりお金持ちはスケールが違う。驚愕を禁じ得ない。




「ふぇああぉあああ...」動揺故だろうか。漫画でしか見たことがないような台詞が己の口から溢れている。「あーっと...それ普段、人って...」




「住んでないよ」




「使うのは...」




「メイドの面接する時だけ」青髪の少女はこともなげに言う。




常識の根底が崩れ去る音がした。


人間、スケールの大きすぎることに出会うと思考停止するというが、それが事実であることを悟る。体がぐらつくような心地に、ふとある考えに至る。




「(面接のためだけにこの素敵な立地を使うような家だ。メイドの審査もそれはそれは厳しいのではなかろうか...?)」




ここで私の履歴を思い返してみよう。




小学五年生後半あたりから中学二年生終了時までの約3年半の間はほぼ不登校。中3の春は週に1〜2日、秋ほどになると週3日。最近になって週4日登校ができるようになった。


当然ながら家事経験はゼロ。体力にも自信なし...脳内に自分のスペックを羅列するたび、反比例の曲線グラフの如く減っていく自信。




駄目だ、終わった。どう足掻いても受かる気がしない。




そんな私の心中を知ってか知らずか、少女は軽やかに言う。「じゃ、私そろそろ行かなきゃ。アナタも面接頑張って!」そして向こう側へ駆け出して、一度止まる。再びこちらを振り返って笑顔を向けた。「次は職場で会いましょ!」




…彼女には悪いが、果たして会えるだろうか。




遠ざかる軽やかな足音を意識の端で聞きながら、呆然とそんなことを思って立ち尽くす__が、次の瞬間には弱気な己を叱咤した。




「(弱気になってちゃ駄目だ、友梨花!変わるんだろ!?前に進むんだろ!?なら駄目って断定しちゃ駄目だろう!!なにより私の創作キャラであり分身・聖乙女クリスティリアも強敵ドラゴニアスに敗北を喫した時、失意のパーティメンバーに同じことを言っていたシーンがオリ小説の中にもある...!その作者が実行せずにどうする!!)」




両手で思い切り両頬を叩く。我ながら痛い。だが、乾いた音が周囲の住宅に反響するのを聞いて、自分の中の自信が再び湧き出てくるのを感じた。「脱・引きこもり作戦」真っ只中にも度々沸いてきた「弱気な自分」、その叱咤に関しても随分と手慣れてきた。




左手で抱えている緑色のトートバックを両手で抱えて、その中身をもう一度確かめる。




まずは履歴書。それから保護者同意書。通帳に、マイナンバーカード。それからお母さんに持たされた、数枚の書類が入った封筒。それから筆記用具。




大丈夫だ、ちゃんと全部揃っている。




息を吸って、吐く。呼吸を整えてから数回瞬き。少しだけ乱れた髪の毛を両手で整える。


「___よしっ!!」気合十分。いざ館の中へ。


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