十三階段の怪談の会談
蒼埜かげえ
第1話
「この学校の十三番目の怪談話を作ろう。
木造校舎の中央階段の怪談が良いな」
そう、最初に提案したのは箕島先輩だった。
平成五年の七月末。一学期の最終日。終業式を終えた後のことだった。
箕島先輩は肩まで伸びたストレートの黒髪に、透き通るような白い肌が美しい少女だ。すらりと伸びた手足は細く、まるで某かの財閥のご令嬢のような女生徒なのである。山田川中学校のやぼったい紺のセーラー服も、先輩が着ると、都会の私立学校のブランドある制服のように見えるほど。
けれどその外見を裏切るように、先輩はニヤリと不遜に笑う。
「つきましては十三階段の怪談を作る会談を行う。今夜九時に木造校舎前に集合だ」
芝居がかった口調で紡いだあと、一瞬、間をおいて「階段の怪談の会談……っふふ」などと吹き出した。どうやらツボにはまったらしい。先輩の笑いの沸点は未だよくわからない。
大げさな口調で無茶振りを後輩に要求してきて、そして割りとしょうもないことで笑う。
それが、この村立山田河中学校民族学研究部の部長、箕島佐知先輩なのである。
「……つまり夜の九時に部会をするということですね。ちなみにそれは顧問の安富先生には……」
「言ったら許可なんかおりるわけがないだろう。河方後輩、古来、部活とは大人の目をかいくぐって行ってこそ意味があるのだよ」
箕島先輩は当然というように断言した。
いつものことである。
先輩はなにか先輩のなかの独自ルールがあって、そして一度それを決めたら周りがなんと言おうと突き通す。そういう困った人だ。けれど、そういう人だからこそ、民俗学研究部などという部員の集まらなさそうな部活を作り上げることができたのだろう。
ちなみに先輩は私のことを『河方さん』ではなく『河方後輩』と呼ぶ。なんだか中二病まっただなかという声掛けだ。けれど箕島先輩のようなとんでもない美少女がいうと、まるでそれが当然で世界の常識というような雰囲気が生まれるから不思議だ。
「ちなみに先輩、私に拒否権は」
「無いに決まっているだろう、河方後輩。君は我が部活の基調なルーキーだからな。遅刻厳守だ、よろしく頼む」
これまた当然にように返された。
貴重なルーキーというよりも、部員は私しかいない。
そして、何度も言うが、箕島先輩は一度言い出したらそのまま突っ走るタイプだ。ならばこれは言うとおりにする他、無い。
まあ、私の回りにはそういうことで目くじらを立てる大人はいないし、夜間の木造校舎に行くくらいなんてことはない。極度の怖がりというわけでもないし、学校の規則をガチガチに守りたいわけでもない。懸念事項といえば虫刺されくらいなものだ。私は別に良いのだけれど、箕島先輩はそうはいくまい。白く透き通った肌が痛ましくなる。箕島先輩はそういうところの詰めが甘い。
とはいえ、突拍子がないけれど、ちょっと面白そうだとも思う。正直に言えば、かなり心惹かれる。
だけど夜の学校にはしゃぐというのも子どもじみているような気がして。
「はあ、わかりました」
などと、しょうがないですねという風に答えた。けれど先輩にはそんな私の考えもお見通しであるらしい。
「普段とは違う特別な部会だ。花火もお菓子ももってきていいぞ!」
ニヤニヤと笑いながら紡がれて、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちを抱いた。
先輩はちょっと変わっていて、おかしくて、けれど私のことをよく見ていて。まぁ、だから尊敬する先輩なので、結局私は「はい」などと、最終的には元気に返事をしてしまうのだ。
そうしてしまう程度には、私はこの民俗学研究部のことが、随分と好きだった。そして箕島先輩のことも、好きだったのである。
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