第151話 VRMMOで出会ったお姉様なら私の隣で寝てる


意識が覚醒する。

ひとまずは空。

体は仰向け。

ピクリとも動かない。

何も聞こえない。

じきに何も見えなくなるだろう。

そう考えていた時、

苦味が口いっぱいに拡がった。


『!?』


これはそう、薬草の苦味。

触り覚えのある手に無理やり咀嚼させられる。

そうしてやっと飲み込んだ時、言葉を発する。


『桃子猫さん!?』


生きてたのか、よかった…。

鼓膜が破れているので、

自分でもちゃんと発音できているか怪しい。

体を揺らされるが、

首を傾けることも出来ないので

喋っているかも分からない。

やがて視界の端に毛が映る。

やはり桃子猫。

毛の外側は焦げ落ちヒゲも

まばらになってしまったが、

それでも桃子猫だとわかる。


『ア』


桃子猫がそんなことを言った気がして、

そして指を指した方向を見る。

ドワーフが丸太で橋を作って崖を渡っていた。

器用なものだ。

ここまでやってきたドワーフは、

背嚢から薬瓶を取り出した。

そして瓶の口を口に突っ込まれる。


『!?』


口から罵詈雑言を注がれたような刺激が始まり、

それが体内に広がった。

気がつけば、体が動いていた。


「そ、それは…?」

『ベータテスターの特典さ、

外傷だけなら全て完治する』

「そ、そんなものを…いいんですか?」

『ああ、工房にこもっている

私には宝の持ち腐れだ、それに』


獅子巨人の亡骸を指した。

倒せていたようだ。


『あれの端材でもお釣りが来る』

『その事なのですが…』

「「『!?』」」


全く別の声が、隣から聞こえ振り返る。

そこには、初期アバターのような普通の顔に、

場所に見合わない白いシャツを来た人がいた。

性別不明、髪の長さは私と同じくらい。


『今お時間よろしいでしょうか〜…?』

「あ…はい」

『あのですね…

ヒジョーに申し上げにくい事なんですが、

あなた方が今日討伐したモンスター達の素材を、

持って帰って欲しくないんですね』

『なんなんだ、あんた?』


ドワーフの眉間のシワが濃くなる。


『申し遅れました、私アジアサーバーの管理、

運営をになっているものでございます』

「運営…さん」


薄々そんな気はしていた。


『門番が倒されることは

我々も想定していなかったので…

素材が流通すればゲームバランスが

崩壊しかねないんですよ〜』

『まだ加工できない代物だし、

そうはならないんじゃないか?』

『爪そのものでも市販より攻撃力高いんですよ〜』


努力が無下になることより、

運営と接触していることに今興奮している。


『じゃあ何か?この二人の努力の成果を奪って

サヨナラってことかい?』

『いえ、そこはきちんと考えております』


目の前にウィドウが出てくる。

これは街の地図?。


『ここをご覧下さい』


街の中心部が拡大され、

その中の一つの建物がハイライトされる。


『それは…』

『はい、ここはベータテスター特典の一つである

一戸建ての住居です、

ベータテスターの殆どが商店街に近い場所を

選んだので、ここは現在空き家になっています』


そんな特典があるなら

ベータテストしとけばよかった…。


『私が提示した条件を呑んでくれるのなら、

この家をまるまる差し上げます』

「ナルホド…」


加工できずに

しばらく腐らせるか売るだけの素材より、

家の方がはるかに有用であることは明白。

桃子猫はどう考えているだろうか。


「家具ハ?」

『あります』

「その家は買ったら幾らにナル?」

『金貨一万枚になります〜』

「ンー…」


桃子猫と顔を合わせる。


「貰オウカ」

「ええ」

『決まりですね』

『対価として素材を貰い受ける手筈だった

私はどうなるんだ?』

『そこはまあ…シンプルにお金で』

『それでいい…途中で掘った鉱石は?』

『それはもうすぐ一般に手に入るので、

おまけしておきましょう』

『わかった』


諸々の調停が済んだところで、

運営が死体を片付けだした。


『あ、もう帰っていいですよ』

「あ…はい」


かけられた丸太橋を渡り対岸へと至る。

激戦を乗り越えたにしては、驚くほど身軽。

そして内に燻り、未だ秘めている。



『では、またな…』

「ええ」


街でドワーフと別れる。

まだだ、まだ早い。

地図で示された家に来た。

地方領主が中央に来る時だけ使う別荘、

という趣が感じられる。

表札にはランと書かれている。

何も言わず中に入る。

一直線にベッドへ。

共に寝て、ログアウトする。



「やったあああああああああああ!!!!!」

「ヤッタアアアアアアアアアアア!!!!!」


意識が戻るなり桃子猫と抱きしめ合う。

秘めた喜びが爆発した。

復讐は成功、完全勝利。

その後のやり取りなどはもはやどうでもよく、

喜びを二人で分かち合うことしか

考えてなかった。


「ヤッタ!ヤッタ!」


桃子猫が主導となってベッドの上を転がり回る。

同じ床で温まった体温などお構い無しだ。


「ヤッタ…ヤッタ…」


やがて回転が収まり、ある体勢に収まる。

桃子猫が上、私がした。

高さは違えど、左右の顔の位置は一致している。

桃子猫の長い髪がカーテンのように

視界に垂れる。

既に体の力は抜けていた。

やがて高さも一致する。

流れるようにキス。

相手に息をかけないよう呼吸を止め、

それでもなお限界まで。


「「ぷは」」


唇を離し、暫し見つめあったあと二回目。

今度は、桃子猫は緩慢に息をしていた。

私に息がかからないほど。

そんな…そんなのって。

キスを終わる理由が

なくなってくれるじゃないか。

早速同じように実践する。

少し集中する必要はあるが、

十分キスを堪能出来る。

すごく柔らかい。

少し強く吸われたり、

媚びるように見つめたり。

その間、

桃子猫によって布団が地面に降ろされていた。

ベッドの上に邪魔者はいない。

長い夜が、始まる。



『チュンチュン』


雀の鳴き声で目が覚める。

朝か。

体に桃子猫を巻き付かせたまま、スマホを見る。

時刻は朝の八時。

何件かの通知の中に

社長からのメッセージを見つける。



『急な仕事こなしてくれてありがとう』


『いいよ』


『ところでさ』



返信早。



『ネットで知り合った人とは、

今どんな感じなの?』


『ああ…』



VRMMOで出会ったお姉様なら私の隣で寝てる


『は?』





ご無沙汰しております、甘頃です。

この物語の大筋はこれにてお終いとなります。

もうちっとだけ続くんじゃ。


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