第51話 今日だけの別れ

東京駅ロッカー前。


「フンッ」


何事もなくトランクを回収出来た。

ただ桃子猫の両手は塞がってしまった。


「私もトランク運びます」

「アリガト」


聞き返すことはなくなってきた。

同じ持ち手に指を入れ、引きずる。

今朝よりも明らかに、

お互いに歩行が遅くなっている。

その時間の流れに対するささやかな抵抗も虚しく、

ホームへと辿り着く。

新幹線乗り場の、手近な椅子に座る。

各々紙袋を抱え、トランクを間に置く。

決して、今生の別れなどではないだろう。

明日にはもっと良い友人に

なれているかもしれない。

だというのに、今日ここで別れるということに、

悲観が集中する。


『ギュ…』


同時に、繋ぐ手の力が強くなる。


『ギュ』

「!」


握られた後強く手を引かれ終いに抱き締められた。


「ダイジョウブ、ダイジョウブ」

「…」


そして頭を撫でられる。

ここに来て初めて年上の包容力というのを感じる。

体は正直なもので、

人肌で温められれば自然と落ち着いてくる。


「ダイジョウブ?」

「はい、もう、大丈夫です」


惜しくも離れる。


「また…会えますよね?」


中々に、くさいセリフ。

今朝の自分が聞いたらどう思うだろう。


「会えるヨ」


淀みなく答えてくれるのが、嬉しい。

地面の震えと音を伴って、車両が近づいてくる。

きっと、迎えが乗っているのだろう。


「お別れですね」

「ウン」

「また会いましょう」

「またネ」


軽々しく、確証もないのにまたと口にする。

きっとそれが、熟れた友情なのだろう。

桃子猫は歩いて向こうへ行く。

と思ったら、すぐに踵を返した。


「今日」


息を吸い込んだ。


「一緒にゲームしなイ!?」


初めて桃子猫に、はっきりと誘われた気がする。


「やりましょう!」


「ウン!」


楽しそうに、歩いていった。

このやり取り自体、Zでも補えただろう。

いや、だからこそ、

口に出すのが大事なのかもしれない。

今日の悲しみは消え失せ、今日の楽しみができた。

不思議と、足取りが軽くなる。

今日は桃子猫と何をしよう。




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