第50話 食べさせあいっこ

「…やります?」

「…イイの?」

「ええ、まだお互い口をつけていないですし」

「ソ、ソッカ」


お互いケーキを一口大に分割し、

フォークを突き刺す。


「じゃあ、ソノ…アーン」

「あーん…」


身を乗り出し、口を開ける。

傍から見れば、

ぎこちなさで瞬時に初心者だと判別できるだろう。

うまい具合にフォークが見えないせいで、

目測がつけづらい。

バカップルの典型のような行動に思えるが、

実は高度な分業を伴った至難技なのでは?。

舌に金属が触れる。


「んっ」


ケーキを絡め取り、咀嚼する。


「ドウ?」

「…めちゃくちゃ美味しいです」

「ヨカッタ!」


チーズケーキ自体の美味さもそうだが、

人に食べさせてられると、

これほど胸が膨らむものなのか。


「ではこちらも」

「ウン」

「あーん」

「アーン」


こんなこと、前にもあったような。

ケーキを一口大に切り取り、

フォークに刺して、差し出す。

あ。


「んっ」


桃子猫の舌が見えた時、

脳内に光景がフラッシュバックした。

森の中、りんごの木の下。

咬合がうまくいかない桃子猫に、

削り出したリンゴを食べさせた。

なぜ今そんなことを。


「オイシー!」


桃子猫はこんなにも

純粋に楽しんでいるというのに。

今は現実に集中しよう。

そういえばさっき、なんと言ったか。

まだ口がついてないから食べさせあおう

と言った気がする。

なら今は口をつけた状態。

私が口をつけたフォークが桃子猫の手にある状態。

スポンジを割き、刺し、口に運ぶ。

そして唇の中に滑り込み、引きずり出した。

いわゆる、間接のやつ。

唐突に発汗し、動悸が激しくなる。

視線は右手に誘導される。

フォーク。

先端に間接的なやつ。


『パク』


何も考えていなかった。

その一口はあらゆる倫理や観念を置き去りにした。

故に理由がわからない。

なぜ咥えたのか。

なぜすぐに離せないのか。

舌が張り付くように触れている。


「?」


桃子猫が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

早く離せ。

早く。


『パッ』


やっと離せた。

よく分からない衝動に駆られてしまった。

桃子猫に勘づかれてないだろうか。


「オイシー」


気づかれてないようだ。

何事もなく食べ始める。

さりげなく桃子猫の唇を見ては、

フォークが運ばれることにむず痒さを覚える。

あくまで平静を装う。

それに意識を割いた結果、

せっかくの料理を味わずに食べ終えてしまった。


「「ご馳走様でした」」

「ア、もうコンナ時間」

「おっと、そうですね」


現在時刻は午後五時半。


「妹さんが迎えに来るのは六時あたりでしたっけ」

「ウン」

「ならもう出ましょうか」

「そうネ」


紙袋を持ち上げ、会計に向かう。

やはり、同時に財布を出す。


「ここはお互い半分で手を打ちましょう」

「わかっタ」


相手の考えも、多少は分かってきた。

この後の流れも。

紙袋を一方の手に偏らせて、

もう片方の手で手を握る。

どういった経緯で握り始めたのかはもう忘れた。

手の形は覚えてしまった。




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