第46話 閉じて開く


「これは…」


目を閉じろと言われたので目を閉じた。

目を開けろと言われたので目を開けた。

その間で、顔が変わっていた。

ほとんど完璧に高い形で、

私のドッペルフリーのアバターに似ていた。


「お綺麗ですよー」

「ウンウン」


聞き慣れない世辞が放たれる。

それはもちろん、鏡の中の人物ではなく、

私に向かって言ったのだろう。

ただ、しっくりこない。


「あの…お気に召しませんでしたか?」

「あ、いえいえ、そんなことないです、

ただ…びっくりしたというか…」

なぜ私は素直に喜べないのだろう。

喜べないのはそれとして、

この場は丸く収めよう。


「記念に、これ買っていきますね」


化粧に使われたものと同じ化粧水を手に取る。


「あ、お買い上げありがとうございます!」


早々に購入を済ませ、店を出る。

その間黙っていた桃子猫が、口を開く。


「ソノ…嬉しくなかっタ?」

「いえいえ、全然そんなこと…」


そう、普通の人間は嬉しいはずだ。

プロに化粧を施されたなら。

けど私の胸の感触を言葉にするなら、

嬉しくない、ということになる。

私がこうなってはならないような、

そんな気がする。

ただ、桃子猫の居心地は悪くしたくない。


「今日はこのまま過ごしましょうか」

「ウ、ウン!」


隣の婦人服店に移る。

一階の店とは違い、

やはり女性もの特有の色合いが視界を支配する。

そして何より、下着が置かれてある。


「スゴ…日本の下着スゴイ…」


ここに来て、桃子猫はまた違った反応を見せた。


「こういうのには疎いんですが…

そんなに凄いんですか?」

「うん、スゴイ、超スゴイ」


ということは、超すごいのだろう。

手に取る。


「アー」


素なのか、中国語っぽい感嘆が漏れている。

開いたり撫でたりと、綿密に調べている。


「ヤー…」


服などはそっちのけで、

色んな種類の下着を漁り始める。

そしてその幾つかを持って、こちらに来る。


「あの、コレ、着てみてもイイ?」

「ああ、はい」


店員に顔を見せ、試着室に行く。


「じゃあ…」


桃子猫はカーテンの向こうへ消えた。

後は衣擦れの音のみ。

何故だか、妙に緊張する。

あの桃子猫なのに。

いやむしろ、あの桃子猫だからか?。

今の桃子猫だからか?。

確かに美人で、どこか妖艶で、

それでいて距離が近い…。


『ジャッ!』

「!」

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