第44話 デパート



東京駅から徒歩数分。

オフィスビルと見まごうほどに

清涼としたビルには、

老若男女様々な人間が入り乱れる。

日本有数のデパート、その足元に到着する。


「ココ?」

「ええ」


桃子猫は疑っている様子だ。

初見なら無理もない。

事前情報のある私でも、

正直間違ってしまったんじゃないかと

心配なくらいだ。

ただ、全ては入ればわかる話。

大口を開けた自動ドアから、中に入る。


「オー…」

「おー」


設計の妙なのだろうか、

入った途端に

「ここがデパート」だと頭が思い出す。

笑い声、話し声、赤ん坊の泣き声。

よく知っている空間の喧騒だ。

となるとやはり、見渡す限りの店と人。

どこに向かうか迷う。


「適当にお店探しましょうか」

「ウン」


双方が同時に手を伸ばし、掴む。

今日においては、

最早幾度となく繰り返された行為であり、

両者何の気負いもなかった。

はずだった。

明らかにこの空間だけ、女女のペアが多い。

その中には、

どの角度から見てもカップルである

ペアも多数いる。

それらに混じって手を繋いでいる私たちは。

周りからはどう見えているのだろう。

まずい。

手汗が出てきた。


「ア!」


桃子猫は手を離し、近くの店舗に指を指した。


「ここいいんじゃなイ?」


やや庶民向けの、服屋だ。


「た、確かにいいですね」


桃子猫なりの気遣いだろうか、

とにかく手が離れて助かった。

だが同時に、

きっかけがあれば離れてしまうのかと

残念に感じた。

服を握り手汗を吸わせる。

感触に違和感。

右手の方が明らかに汗が付着している。

桃子猫と繋がっていた、右手。

桃子猫を見る。


「これカワイイネー」


そう言った桃子猫の耳は、少し赤くなっている。

桃子猫も手汗をかいていた。

ただそれだけの事なのに不思議と気分が高揚する。


「そうですね、

もうすぐ夏なのでいいと思いますよ」

「だよネ!」


薄手でゆったりとしたシャツ。

黄色は良く似合うだろう。


「オ」


桃子猫は同じ形の、青色のシャツを掴んだ。

そして両方のハンガーを持ち上げ、

黄色を自分、青色を私にかざした。


「…買っちゃいます?」

「ウン!」


そこまで豊かではないが、

まあ服くらいは買えるだろう。

5000。

値札にはそう書いてあった。

別に買えなくはない。

ただ、シャツに5000…。

ゲームソフトなら古いものや

セール品なら買えてしまう金額。

逡巡していると、既に会計に入っていた。

急いで財布を取り出す間もなく、

桃子猫がカードで支払ってしまった。


「ありがとうございましたー」


紙袋を持ち上げ終えた瞬間、財布を開ける。


「払います」

「イイのイイの、お昼のお返シ」

「お返し…」


丼一杯確かに奢ったが、値段は倍以上の差がある。

桃子猫は言及を避けるように私の手を引っ張った。


「行こ?」

「分かりましたよ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る