第25話 長い冒険者登録


武具屋の入口を抜け、脇に逸れる。


「ふーっ」


いくらゲームとはいえ、

いかついおっちゃん相手に喋るのは緊張した。

だが本当に勉強になった。


「分かりました」


唐突に言ったおかげで、全員がこちらを向く。


「ナニが?」

「これから起こることが、です」



『ドドドド』

「ただいまぁーーー!!!……あれ?」




西部劇の酒場にあるような扉を開け、中に入る。

冒険者ギルド。

そこに桃子猫と来ていた。

準備はここから始まる。

中は物語で見る酒場を、少し大人しくした感じだ。

このゲームに酔いはないのだろう。

ただ代わりに、

リリース初期特有の人のごった返しはある。

列に並びながら前へ進み、受付嬢と対面する。

最近のNPCといった顔つきだ。

セミロングの中肉中背。


「冒険者登録をしたいのですが…」

「お願いしまス」


リザードマンに聞いた手順をなぞる。


「かしこまりました、二階へお上がりください」

「分かりました」


手で示された階段を上がる。

その途中で、突如喧騒が止んだ。

階段下を振り返ると、

プレイヤーがいなくなっていた。

そして桃子猫も。

混雑を避けるために、一人用の空間に飛んだ?。

だとしたら面倒くさい工程があるのかもしれない。


「こちらのお部屋にお入りください」


一室に通された。

内装に何の変哲もない場所。

長椅子二つに長机が一つ。

そして誰もいない。

ここに案内した受付嬢が向かいの長椅子に座った。

それに合わせてこちらも手前の椅子に座る。


「これより冒険者登録を始めます」

「あ…はい」


普通に始まった。


「こちらのウィンドウをご覧下さい」


おもむろにウィンドウが現れる。


『前衛・後衛』

「自分の今の役割に最も近いものを選んでください」

「わかりました」


おそらく桃子猫は前衛と選ぶだろう。

魔法を習得し杖も手に入れた事だし、

後衛を選んで遜色ないだろう

後衛を押す。

画面が切り替わる。


『戦士・武闘家・盗賊・弓手・魔法使い・僧侶』

「次に、

自分がなりたいと思う職業を選択してください」


迷わず魔法使いを押す。

また画面が切り替わる。

次は机につきそうなくらい長大なウィンドウだ。


『HP:10 MP:13 攻撃力:12

防御力:8 賢さ:15 素早さ:6 運:10 』


「ここから説明が長くなります。

随所でスキップできますので、

必要であれば申し出てください」

「あ、はい」

「今ウィンドウに表示されている数値は、

現在のあなたのステータスです。

数値についての説明をスキップしますか?」


このゲームのことだから、

他のゲームの経験など当てにならないだろう。


「いいえ」

「では説明いたします。

HPは、

現在のあなたがどれだけの攻撃に耐えられるか、

という数値です。攻撃は質量、速さ、

接地面の広さを元に数値を計算します」


新たなウィンドウが別で出てくる。

戦場と寝室の模式図だ。


「攻撃の数値にはしきい値が設けられており、

基本的に1を超えなければ

ダメージとして反映されません」


模式図が動き出す。


「よって剣による攻撃はダメージとして

反映されますが…、

布団や衣擦れではダメージが反映しません」

「なるほど」

「次にMPです。

MPは魔法を行使する際に消費する、

不可視のリソースです。

MPの消費量が残量を上回った場合、

魔法は不発となります」

「わかりました」

「次に攻撃力です。攻撃力はあなたの腕力や体重、

それに加えあなたが装備している、

武器から反映されるダメージの、

乱数の中央値から取っています」


ここが一番重要なポイントだ。

もう少し情報が欲しい。


「詳しくお願いできますか?」

「わかりました。あなたが装備している武器で、

一番攻撃力が高いものはナイフです。

ナイフには切る、突く、柄で殴るといった

行動ができます。その行動が乱数であり、

あなたの腕力で

様々なナイフの角度から攻撃を行う際の、

ダメージの揺れです。最善の攻撃ができていれば、ステータスの数値より高い攻撃が出せます」


つまり大体の数値ということか。


「ありがとうございます」

「続けます、防御力です。

防御力はあなたの体の強度に加え、

装備している衣服の、

全体の厚さや硬度などを平均して算出しています。接地面の硬度が攻撃力を上回り、

ダメージがしきい値を下回れば、

ダメージはゼロになります。

逆に下回れば、接地物が損傷しダメージを負います」

「盾もその算出方法なんですか?」

「そうですね」

「なるほど」


ドラゴンの火球でも目立った損傷や、

使い手の桃子猫にダメージのない盾の腕輪は、

もう何かのバグを疑った方がいいのだろうか。


「あのー…、盾のパリィって、

何か強い判定とかあったりするんですか?」

「…何を仰っているのか分かりかねますが、

盾を用いて強く弾く、ということでしたら盾の多少の損傷は免れないかと」

「ですよねー」


もうそろそろ、

バグを疑ってみてもいいのかもしれない。


「次の説明に移ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「賢さは、魔法を行使する際に参照する値です。

これが高ければ高いほど行使する魔法の威力、

利便性が向上します。賢さと記載されていますが、

便宜上の表記であり

プレイヤーの賢さとは一切関係ございません」

「はいはい」


ここはよく聞く要素だ。


「素早さは、現在のあなたの身体能力を表しています。 この値が大きくなるにつれ、

重い物を持つことが出来たり、

素早く動けるようになります」

「ほう」


素早さという表記の割に、

割と色々な能力に関わっている。

英訳の齟齬だろうか。


「運は、モンスターの希少個体の遭遇率や、

魔法、道具の使用時に関わるパラメーターです。

運が高いほど、珍しいモンスターに出会えたり、

道具や魔法の効果が向上したりします」

「分かりました」

「ステータスについて何かご質問はありますか?」

「そうですね…」


経験を元に、質問する。


「容姿、というパラメーターはありますか?」

「容姿、ですか…」


受付嬢は少し硬直した。


「そうですね…数値としては存在しませんが、

やはり住民の皆様の態度から、

そう察するのも無理はありません。

ですがそれは種族単位の信頼のようなもので、

例えばエルフは温厚だから話しやすいとか、

あるいは獣人は身体能力が高いので、

討伐系のクエストを安心して斡旋できたり、

ドワーフは職人気質なので

作った道具に需要がある、

というようなことはあると思います」

「なるほど」


ある程度予想して投げた質問だったが、

ドンピシャだった。

このゲームには、特定の場面で働く

「信用」のパラメーターが裏で存在する。

武具屋の店主の、

リザードマンに対する扱いのように、

マイナスの信用も存在する。

ゲームを長くプレイすれば、

名前も覚えられて信用が得られていくのだろう。

だからこそ、エルフは今仕掛けてきた。

交渉時に働く信用により値切りを成功させ、

それを転売する。

それを繰り返して、

このゲームを攻略するつもりだろう。

だがその行動により、

知り合ったリザードマン達が迷惑を被っている。

他のプレイヤーも困っていることだろう。

ゲーマーの一人として、

快適なゲームを阻害する行為は許しておけない。


「次の説明に移ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「これまで説明したステータスですが、

これらは全てパラメーターに関する行為をした時、成長していきます。傷つけらればHPが伸び、

魔法を行使すればMP、賢さが上がり、

運動すれば素早さ、攻撃力、防御力が上昇します。

ですので目指す職業がある場合、

職業にそったパラメーターを

成長させるのが良いでしょう」

「分かりました」


杖を用いた火球が実用に至るかは分からないが、

ひとまず後衛の能力を伸ばすことはできそうだ。


「以上で

こちらのウィンドウについての説明を終わります」

「はい」

「最後にこちらの紙をご覧下さい」


受付嬢はおもむろに紙を取り出した。

紙の内容はステータスを含む、

私のプロフィールのおさらいが書いてあった。

なぜ今更紙?。


「ここに拇印を押してください」


紙の四角い空間に指をさしながら、

朱肉が差し出された。

確か…親指の指紋で判を押す行為。

それの初めてがVRになるとは。

指を朱肉に擦り、四角い空間に判を押す。


「…はい、これにて冒険者登録は完了となります。

ステータスを確認したい時は

いつでもお申し付けください。

またのご利用お待ちしております」

「ありがとうございました」




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