3

 翌日、澄子は近所の人と話をしていた。東京では近所の人と話すことはなかったけど、ここではある。東京との違いって、ここだろうか? みんなフレンドリーに話をしてくる。これが近隣住民の結束力だろうか?


 澄子は不安だった。二郎の帰りが遅い。何をしているんだろう。ひょっとして、変な人と関わりを持っているのでは? 不安でしかない。


「どうしたの?」

「最近、二郎の帰りが遅いのよ。どうしたのかなって」


 と、そのうちの1人の主婦が反応した。何かを知っているようだ。


「あの子? あそこの廃屋に出入りしてるのを見たって。あそこ、おばけが出るからって誰も近づかないのにね」

「あの家に出入りしてるって?」


 澄子は驚いた。その廃屋の事は知っている。だけど、どうしてここに行くんだろう。何があるんだろう。わからないな。


「うん。何かあったのかな?」


 主婦は首をかしげている。幽霊が出ると言うのに、どうして毎日行っているんだろう。行っても、怖いおばけがいるだけなのに。


「わからないな」


 2人とも、ますます疑問に思うようになった。あの家に、何があるんだろう。大切な何かがあるんだろうか?


 そしてその日も、二郎は八重の指導の下、そばを作っていた。日に日に二郎は腕を上げていき、八重も驚くほどだ。この子なら、この味を受け継いでくれるかもしれない。八重は期待していた。


「そう! その調子!」


 と、そこに澄子がやって来た。まさか、やってくるとは。でも、どうしてここにいるのがわかったんだろう。まさか、つけてきたんだろうか?


「二郎、何をしてるの?」

「な、何でもないよ」


 二郎は戸惑っている。そばを作っていることは、秘密にしようと思っていたのに。まさか、見つかってしまうとは。


 と、澄子はテーブルに置いてあるものに反応した。そこにはそばがある。まさか、そばを作っていたんだろうか?


「あれ? そば?」


 二郎は少し戸惑っている。おいしいと言ってくれるだろうか? ちょっと焦っている。


「うん。作ってみたんだけど」

「どうして? とりあえず、食べてみよう」


 澄子はそのそばをゆでて、食べる事にした。澄子には見えないが、八重はその様子を見ている。どんな反応をするか、楽しみだな。


 家に帰った二郎は、2階にいた。八重の事がバレてしまったかもしれない。秘密にしようと思っていたのに。秘密にできなくて、ごめんと言いたい。


 しばらくすると、そばがゆで上がった。今日は大輔の帰りが遅い。2人でそばを食べよう。寂しいけれど、こんな夜もあるよね。今日の夜はかけそばだ。具はネギだけのシンプルなものだ。どんな反応をするんだろう。二郎は緊張している。


「おいしい! 何だこれ!」


 少し口にして、澄子は思った。こんなにおいしいそば、食べた事がない。善光寺の近くで食べたそばよりも、はるかにおいしい。でも疑問がある。どうして二郎がこんなにおいしいそばを作れるようになったんだろう。そば打ち体験すらやった事がないのに。


「本当だ!」


 続いて口にした二郎も我ながらに驚いた。まさか、こんなにおいしいとは。八重とはいったい、何者だろう。ひょっとして、そば打ちの名人だろうか?


「二郎、どうしてそんなの作れるようになったんだ」

「うーん・・・」


 だが、二郎は言いたがらない。やはり秘密にしておかないと。


「そうか。まぁいいか」


 澄子は苦笑いをしていた。誰にでも秘密にしたい事はある。ならば、追及しないようにしておこう。


「でも、これを食べてると、名人の事を思い出すわ」

「その名人って?」


 二郎は驚いた。この辺りにそば打ち名人がいたとは。その話を聞きたいな。


「八重さん。上諏訪八重さんっていう人。この辺りだけではなく、長野県で一番の名人だったらしいよ」


 二郎は驚いた。八重が長野県で一番のそば打ち名人だったなんて。とんでもない人の幽霊に出会ってしまったな。まさか、自分が作っていたのは、長野県で一番おいしいそばだったとは。これほどの味を受け継ごうとしていたなんて。


「そうなんだ」


 ふと、二郎はあの廃屋を見た。八重がまさか、あんなに実力を持っていたとは。


「どうしたの? あの家を見つめて」

「何でもないよ」


 二郎は苦笑いをした。それでも八重の事は秘密にしないと。会った事がないように見せないと。


「あのー、ちょっと聞きたいんだけど」

「どうしたんだい?」


 ふと二郎は、八重がどんな人だったのか聞こうと思った。


「上諏訪八重さんって、どんな人なの?」

「あー、あの人ね。今でも忘れてないよ。だって、伝説のそば打ち名人、そば打ち界の永世名人と言われたから。多くのそば職人が、この人にあこがれたのよ」


 永世名人と言われたほどの人とは。永世名人の意味は全くわからないが、多くの人があこがれたと聞いただけで、どれだけの人なのか想像できた。


「そうだったんだ」

「30年ぐらい前に死んだんだけどね」


 二郎は驚いた。まさか、八重が30年前に死んでいたとは。だとすると、ここにいる幽霊というのは、八重だろうか? そして、幽霊にそばを教えてもらったとは。二郎はゾッとなった。でも優しい幽霊だから、良しとしよう。


「そうなんだ」

「葬儀はすごかったんだよ。長野じゅうのそば職人が集まって、名人の冥福を祈ったと」


 こんなに多くの人が葬儀に集まったとは。相当すごい人だったんだな。だけど、どうしてここに幽霊として出るんだろう。全くわからない。


「へぇ・・・」

「どうしたの?」


 と、澄子は思った。二郎は八重の事を何か知っているんだろうか? まさか、あの廃屋であったのは、八重だろうか?


「い、いや。何でもないよ・・・」

「そう」


 二郎はほっとした。八重と会って、そば打ちを教わったのがバレると思ったからだ。


 だがその夜、二郎はびくびくしていた。まさか、八重は幽霊だったとは。廃屋に出る幽霊とは、八重だったんだろうか? 幽霊にそば打ちを教えてもらっていたとは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る