第2話 一つ目の作戦
「あなたは、りょうしゅさまの……むすこ?」
(──まっずい、向こうから話し掛けてキタァァァァァァ! 俺の脳よ、捻り出せ、思い出せ……幼馴染ジャンルのエ〇漫画主人公の行動を!)
シセルは脳内に……いや、魂に刻まれている数万冊程の漫画知識を呼び起こし、無駄な数式と共に脳裏を駆け巡るそれらの中から、この状況を打開する為の最善手を捻り出す。わざわざエ〇漫画である必要などないのだが、彼は”変態”である為……通常ジャンルからの知識を取り入れようという考えは頭に無い。
「う、うん。そうだよ、僕の名前はシセル。シセル・ユーナス。君の名前は何ていうの?」
「わたしは……るーな! るーな……るーな・まりうす」
──あ、この世界……貴族じゃなくてもラストネームがあるんだぁ。
などと……前世の記憶が戻る以前から、この身体は今まで平民の名を聞いたことが無かったが故に、その事を知らなかったシセルは……今の所は大して重要にはならないであろうその無駄な情報で脳内が圧迫される。
「ルーナは今何してるの?」
「わたしはね、いまは……まほうのれんしゅうをしてるの」
「え? 凄いじゃないか! こんなに小さい頃から魔法の練習なんて……努力家なんだね!」
ルーナは少し考える様な仕草をして身体を硬直させた後……思考が纏まったのか、続けて話し始める。
「ううんちがうの……いえにいても、おかあさんがしらないおとこのひととなかよくしないといけないから、そとであそんできなさいっていうの。それで、ひとりでもやれることないかなっておもってたらね? できるようになったの!」
シセルは──これはもしや……俺の苦手な”
「えっと……お父さんはその事を知ってるの?」
「……おとうさんは、ずっとまえにしんじゃったんだって」
”
(──ただちっちゃい子の事を褒めただけなのに、気付いたらクッソ重い話飛んできてたアァ!)
と……先程、ルーナに初めて話し掛けられた時と同様に心で叫び声をあげるシセル。
「しせる……さまは」
「あ、シセルでいいよ?」
「しせるは、いまなにしてるの?」
「僕は……そうだなぁ。友達になってくれる子を探してるんだ。ルーナが良かったらなんだけど、僕と友達にならない?」
「え? ……なる! わたし、しせるとともだちになる!」
「やった! これから宜しくね!」
「うん! よろしくね!」
(ふ……俺レベルになると、道端の赤の他人とも友達になる事ができてしまう。……え、これガチ? 相手は子供なのにこの幸福感は何だ!? 暫く友達という友達が居なかったせいで、身体がビックリしているのか!?)
知り合いと呼べる相手は幾らでも……いや、相手側は彼の事を友達と思っていても、陰の者寄りの考えを持っている彼には……『友達になろう!』と明言でもしない限りは分からなかった。前世の幼少期では、まだ思った事を素直に口にできていた為……”子供の頃なら友達は居た”と本人は自信を持っている。たった数度だけ経験していたソレを、死後生まれ変わって……再びこの幼少期という期間で経験する事となり、多幸感を味わうシセル。
「そう言えば、ルーナは魔法の練習をしてたんだよね。ちょっと見せて貰えたりする?」
「ん、いいよ? みてて!」
直後、ルーナの掌に空気中の水分が集まる様に水が形成される。正確には、空気中の水分が集まっているという訳ではなく……周囲の魔素が、ルーナの手に集まると同時に水へと変換されているのだが──それにしても。
「凄いな! これだけの水を一度に生成出来る人は僕でもあまり見たことがないよ!」
「……えへへ、そうかなぁ」
実際は……魔法を使える人間自体との交流がないから、そもそも見る機会が無いというだけである。まぁ、本当の事ではあるので別に問題はないだろう。
恐らく、このルーナという少女は……天才の部類に入るような人間だ。シセルは故意的に『頑張り屋さん』ではなく『努力家』と言ったり……『作る』ではなく『生成』と言った様に……一般的に見れば、この歳の少女にとっては難しい言葉をちょくちょく使っていた。その証拠に……彼がその様な言葉を使う度に、一度思考が長引いているような仕草をする。だが、いざ喋ると……その意味を完全に理解した返答をしてくるのだ。
(──この歳で文脈や雰囲気から言葉の意味を察してるなんてしゅごいッ! では突然ですが、そんな凄い君に試練を与えます。文脈も雰囲気も関係なくて、君も知らない言葉を急に教えた時──君はその言葉の意味を理解できるのカナ?)
そして彼はゲス笑いを浮かべ、問う。
「ルーナは……『すきすきちゅっちゅ』って、知ってる?」
「『すきすきちゅっちゅ』……? ん〜っと……すきすきちゅっちゅ……」
「クッ……! 幼い女の子が『すきすきちゅっちゅ』なんて言葉を連呼してる事実が……俺の体内の何かをイイ感じに刺激してきやがる!」
熟考するルーナに背を向けて、人知れず気持ちの悪い事を呟くシセル。
「すきとちゅー……すきすきして、ちゅーする……?」
「……マジか」
──『すきすきちゅっちゅ』をしっかり『すき』と『ちゅー』の二つに分けて謎を解きやがった! 天才や!
と、彼は内心……手放しで褒めまくる。
「正ッ解! 仲のいい人同士がやる、日々の疲れが解消されるという噂のモノなんだけど……僕には今までそんな事ができる程、仲のいい子は居なかったんだ」
ルーナの言う『すきすきして』とは一体どういうモノなのか? シセル自身、それが何か分かってない為……最初から何を言われても正解にするつもりだったのだろう。
「……しせるもそうなんだ」
「だけど今日! 僕にも『すきすきちゅっちゅ』ができるくらい仲のいい友達ができた!」
──……誰のことか分かる?
と、シセルは吐息を混じらせたキショめのイケボカテゴリーボイスでルーナに問いかける。
「……もしかして、わたし?」
「うん、そうだよ。だからさ、仲良しだっていう証明の為に……僕と『すきすきちゅっちゅ』しない?」
「よくわからないけど……うん、いいよ?」
(キタァァァ! ふぅ、落ち着け……俺。あまりがっつくと恐がられてしまう。……ん? 落ち着くだとッ!? いや、俺はそもそも取り乱してなどいないはずだ! 俺はロリコンではないッ! そう、これは世界の為に仕方なくやっている事だ)
などと自身に言い聞かせて足掻いているが……無駄だ。どのような視点から見ていたとしても、間違いなくロリコンであるという事に変わりは無い。
「でも……わたし、やりかたがわからない」
「大丈夫だよ、僕に任せて? 僕の言う通りにすればできるよ!」
「ほんと?」
「うん! 本当だよ! ……じゃあ早速、ちょっとこっちに来て?」
「わかった」
シセルに手招きされたルーナは、何故かそのまま木製の椅子に座っている彼の
「じゃあ……目を閉じて、肩の力を抜いて?」
「……うん」
ルーナが目を瞑ったのを確認した瞬間、壊れ物を扱うかのように優しくルーナを抱き寄せ、その柔らかい頬に触れるだけのキスをした。
「……んっ」
頬へのキスに反応したルーナは、口から漏れるはずだった空気を閉じ込め、鼻腔の方から声をあげさせる。
(いきなり唇へのキスじゃ雰囲気が足りん……らしいからな。相手の興奮度を上げる為、しっかりと頬や額に触れるだけのキスとハグを繰り返していこう。決してッ! 唇へのキスは流石にハードルが高いからとかいう
シセルには経験が無い。経験が無いので、全てアニメや漫画……小説などの創作物から取り入れた付け焼き刃の知識による、ぶっつけ本番のモノとなる為……頬や額に口付けをするその様子は、相手が恋人である事を想定したというより……本人の精神とは裏腹に、家族の愛情表現のような微笑ましいモノとなっていた。
「んっ……ま、まって? いましせるとわたしがしてるのって『すきすきちゅっちゅ』なの?」
「ソウダヨ」
「ねぇ、しせる……これ、すごいね?」
「でしょ? ルーナと僕がそれだけ仲良くなれたって事だよ」
(一体どれだけ仲良くなれたんだろうか? 適当に言い過ぎて俺自身も何言ってるか分からん。てか、興奮し過ぎないように抑えるのキツイ!! やはりこれは、修行だったのか……)
自身に宿る性欲が
「……うん、そうだね。わたしとしせるはもう、おかあさんとしらないおとこのひととおなじくらいなかよし!」
その途中で──おっと? と、何か悪い予感がしたのか……ルーナを膝上に跨らせたまま、身体を硬直させる。
「いえにいるとき、おかあさんとそのひとが『すきすきちゅっちゅ』してるのをみたことがあるの……いつもどうしてあんなことしてるんだろうっておもってたけど、こんなにぽかぽかするならしょうがないよね?」
「う、うん……そうだね」
かなり気まずくなる話を強制的に聞かされてしまったシセルは、苦笑いを浮かべながら肯定するしかない。
「ねぇ……しせる、もっと……して?」
何故かたっぷりと溜めて、そう
──と、ここでシセルは当初の予定通り……依存させる為の作戦を開始する。
「……っとストップ!」
彼は……そのままハグを止める気配のないルーナを強引に身体から引き離す。
「……ぁ」
「今日はここまで!」
「え! ……ど、どうして?」
物欲しそうな表情でシセルに視線を向けるルーナ。
「僕、そろそろ帰らないといけないんだ」
「……そ、そんなぁ」
「……また明日もここに来るから、そしたr」
「わかった、またあしたここでまってる……またいっぱい『すきすきちゅっちゅ』しようね?」
ルーナは……シセルの声に言葉を被せながら、鼻と鼻が接触する程の距離まで顔を近付ける。
(だ、だいぶ食い気味だなッ! ……ふぅ、びっくりしたぁ、ちびるかとおもったぁ。まぁ、この様子だとかなりハマってくれたみたいで安心安心!)
どうやら、目的に一歩近付く事が出来たと確信したシセルは……『やる事は終わった』とばかりにルーナを太ももの上から優しく降ろし、立ち上がる。
「じゃあ、また!」
「……うん」
そんなシセルの態度を見たからか、なにやらルーナが寂しそうに俯いている。その様子に気付いたシセルは……”やっちまった感”を覚えると同時に──これは流石に……伝説のアレを出さざるを得ないかッ! と、予め思い付いていた……このような状況を打開する為の対策を講じる。
(初日で出すつもりは無かったんだが、あんな表情をされてしまったら……もう出し渋る訳にはいかないッッ!!)
「……ルーナ、こっち向いて?」
「え? ……んむぅ!」
シセルは……何が起こるか分からず、顔を上げたルーナの頭をがっしりとロックする。そして、アニメ漫画小説知識から成せる……渾身の『優しさ全開プレッシャーキス』をお見舞いした後……ゆっくりと顔を離して見つめ合う。
「お別れのキスだよ! 明日から毎日しようね!」
その発言を聞いたルーナは、先程までの暗い表情が無かったかのように満面の笑みを浮かべた。
「……うん!!」
(──ヨシッ!
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