主人公に殺されないと世界が救われない系の悪役に転生したので、気兼ねなくクズムーブをしていたのに…何故か周りの人達が俺を必死に守ろうとしてくる

たゆな

第1話 起筆


「思い……出した!」


 この男……シセル・ユーナスは、雷に打たれた衝撃で……とか、転んだ拍子に! などではなく、普通に生活して普通に寝て、ある朝……目が覚めたその瞬間に突然、前世の記憶を思い出した。岸山鳴海きしやまなるみとして生きていた頃の記憶を……。


「そうだ……俺は、あの時死んだはず……」

 

 ……彼、鳴海は──日頃から通っている本屋で好きなエ〇本を買った後、ルンルン気分で自宅向かっている道中……急にトラックが突っ込んできて、そのまま轢かれて死んだはずだった。恐らく……トラックの運転手に悪意は無く、周囲を確認していなかった彼が急に飛び出したが故のものである。


「っつーかシセル・ユーナスって……ラスボスじゃんッ!!」


 シセル・ユーナス……前世で話題になっていた乙女ゲーム『プリンセス・オブ・マジックハーツ』に登場するキャラクターだ。シセル・ユーナスの魂には、産まれた瞬間から……”解放されれば世界が滅んでしまう程の力”が存在していた。それを日々生活していく中で理解してしまった彼は自棄になり、自身が保有しているその力による恐怖であらゆる人間を操り、世界を混沌におとしいれようとする。史上最悪の犯罪者となったシセルだが、最終的に主人公の力によって魂に存在する力と共に消滅する事となる。


「……マジか」


 何も悪い事などせずに生活していれば普通の人生を送れるだろう ……しかし、彼にはそれが出来ない重大な理由がある。主人公の力で殺されなかった場合、例えば……寿命で死んだり、主人公以外の誰かに殺されたり、事故で死んだりしてしまうと、その力が暴発して星ごと破壊されるというトンデモ設定があったのだ。そこまでが乙女ゲーム『プリンセス・オブ・マジックハーツ』を……一度もプレイしたことのない”岸山鳴海”こと”シセル・ユーナス”が、前世で妹の志帆からチラッとだけ聞かされた原作知識である。


「……主人公って、どんなに悪い人間にも救いの手を差し伸べてしまう善性の塊みたいな人間らしいし……普通に暮らしてるんじゃ無理だろうな」


 ──それこそ、史上最悪の犯罪者にでもならない限りは。


「さて、どうやって殺して貰おうか」


 シセル一人の犠牲で、世界を救うのが前提なのだから……殺人を犯すという選択肢は無い。殺人ではないからと言って人を不幸にする訳にもいかない。良心のせいで己の手と思考が鈍る上に、不幸な状況に陥ったが故の自殺等があったのなら……それは結局殺人と変わらない。つまり、残る選択肢は必然的に……どうにか自身の協力者となり得る者達を集めて、主人公視点でのみ最悪の人間に見えるように装うというモノになるだろう。


「一度死んでるからか、死への恐怖が一ミリも湧かない……いや、一度死んだってだけでここまで落ち着けるか……? でも、これといって特別な力とかは感じないな。なんだよ魂に存在する力って……最初から自由自在に使えるやつにしてくれよ! ……それか無難に膨大な魔力とかにしておけよッ! ……ん、いや待てよ?」


 ここは魔法も魔物も存在するファンタジーのような世界。そこで弱小ではあるが貴族の家庭に生まれ、前世の知識……死ぬ程読みまくった異世界系小説のモノや、無駄に蓄えられたありとあらゆる雑学……そしてエ〇知識ッッ!! そう、特に身体能力が凄いとか、魔力が多いとか、特別なスキルが発現しているとか、そんな物はないが……彼には前世の記憶という、立派な知識チートが備わっていた!


「遂に来てしまったのか、俺の時代ってやつが……」


 何かを悟ったような表情で、部屋の窓から青い空を見上げるシセル。その青い空を見上げるという行為には何の意味も含まれていないが、とりあえず雰囲気を出す為にやっていた。別に出す必要もないのだが……まぁ良いだろう。


「しかしなぁ、前世の記憶が生えてきたからって……今すぐ何か出来る事ってあるか? 別にこの世界って、ステータスを数値化する〜みたいな奴ないし……今から魔法の修行ッ!! とか言ってやってみても、成長を感じなくてやる気無くなるだろうし」


 一応魔物という生物は存在するが、率先して戦いに行かなくても……街には現れないようになっている為、その辺の冒険者にでも任せておけばいい。


「後は……一応俺は貴族だし、領主の息子だし……蓄えた雑学で産業革命でも起こしてみるか……?」


 と、考えたものの……この世界は割と文明や化学が進んでいる。先程の魔物が街に現れない事の理由は、化学によって魔物が出現する原因である『魔素集合』という現象を解明し発明された装置が置かれた周囲、一定範囲内の魔素を常にバラバラに散りばめる事で……とかそんな感じで、割と彼の前世の知識が介入する余地がなさそうなレベルなのだ。つまり、雑学知識ももはやほとんど役に立たないであろう。残っているのは──


「エ〇知識だッッ!!」


 ──そう、エ〇知識!! 彼女いない歴=年齢、学生時代は女友達が居た……しかし、社会人になってからはほぼ女性との接点など無く……あったとしても彼氏持ちか既婚女性。その為、不定期に家へと勝手に上がり込んでくる妹を警戒しながらも……日々性欲をA〇、エ〇アニメ、エ〇3D、エ〇小説からエ〇漫画まで、様々なジャンルを制覇する事で消化していた。

 それ程にまで体内に燻っていた彼の性欲は今の所……恐らくはあまり無い。だが、大人になったら……なってしまったらきっと! 彼はそれと戦わなければ……闘わなければならないのだろうッ! しかし、ここは異世界……化学や文明が発達していると言っても、アニメ文化やネット文化は無い! つまり、このままだと彼はその性欲を消化できずに、最悪犯罪者にでもなってしまう。そうなれば、主人公に会うことさえ出来ずに牢屋にぶち込まれ……終身刑やら処刑やらの処罰を受ける羽目になる可能性はそう低くない。


 シセルはそこまで熟考した後、ふと思う。


 ──ん? もしそうなったら……いや、それだけはダメだッ!! 俺は、ネトラレや女性側が幸せにならない系だけは許容できないんだッ!! 


 と。


「そう言えば、ウチの領内を回ってた時……平民の家付近で可愛い子を見かけたなぁ。俺じゃなくて前のシセルが……だけど」


 例え魔法や剣術の修行をしたところで性欲を発散する事などできやしない。モテる可能性はあるかもしれないが確実性は無いッ! そして、シセルにとって……相手に恐怖やトラウマを与えかねない事をするという選択は”性癖的に無理ッ!”という理由から取ることはできない。


 最終的に──幼い内に仲良くなって、生涯の伴侶を予め作ってしまえば良いのではないだろうカッ!


 などとアホ過ぎる結論を出してしまったこの男は、その目的を達成する為の作戦を練り始めた。


「……計画的に幼馴染になる訳か。幼馴染幼馴染……そういや一時期、幼馴染を依存させちゃう系の漫画とかよく読んでたな。それと同じ事をすれば……恐怖による支配ではなく、且つッ! これから俺がやる事に全面協力してくれるんじゃないか!? 俺が前世で良く見ていたのは、ハグやら頭ナデナデ等の大変軽めのモノだが……現実でそんなんに惹かれる女性が居るとは思えない」


 ──ならば! 


 そう大袈裟に身体をクねらせながら叫ぶ。これを一人でやっているという事を考えると、シセルは恐らく世間一般から見て……かなり変人の部類に入るだろう。


「『すきすきちゅっちゅ』して依存させて、俺無しじゃ生きられない身体にしてしまおう! そうすれば、魂に存在するとかいう何の役にも立たない力を扱えなくても……ゴホンッ、使わずとも人を操って極悪人と装う事が出来るはず! ゆくゆくは主人公に殺されてハッピーエンドだ!!」


 そして最初に思い付いた作戦モノこんなんすきすきちゅっちゅであった。


 ──この時のシセルはまだ気付かない。依存というジャンルはフィクションだからこそ良くて、現実で再現しようと試みるのは悪手であるという事に……というか、すきすきちゅっちゅっとは何ぞや?






***********************






「確かこの辺だったと思うんだけどなぁ……」


 シセルは現在、領主の家じたく付近の民家……の直ぐ横に存在する、遊具も何も無い……ただ木や芝が生えているだけの公園のような場所をゆっくりと歩いていた。この身体の……シセルが前世を思い出す前の記憶の中にある『めちゃ可愛い子』を見かけた場所を重点的に歩き回っているのだが……全く見つかる気配がない。


「まぁ、毎日ここに居るって訳でもないだろうし……そりゃそうか。もしかしたら、もう引っ越したりしてるかも」


 そもそも……その『めちゃ可愛い子』を初めて見たのがここだからと言って、ここの近くに住んでいるとは限らない。ここはかなり広大な庭園だ。交流の為に領地の端から家族でたまたま遠出していたのかも知れない。


「また明日来ようっと……ん?」


 帰宅しようとしたシセルは、視線の先に一人の少女っぽい人間が居るという事に気付く。茶色がかった黒髪が肩に掛からない程度まで伸びていて、明らかに女性物の服装をしているその人間を注意深く見てみると……どうやら例の『めちゃ可愛い子』の様であった。


(──お? チャンスだッッ! ……いや、チャンスだから何だ? 俺は今から一体何をすればいいんだ!? ──エ〇知識とか、んなもんッ! 職場や学校でもない場所で知らん人に話し掛ける時に使える知識じゃねェ!)


 身に残る唯一のエ○知識チートが……クソ程も役に立たない事を理解して、頭を抱えるシセル。すると……割と距離があるのにも関わらず、この男の様子がおかしい事に気付いた少女は、下を向いた状態で悩み倒しているシセルの方へと向かう。


「……ん?」


 足元を見ていた彼の視界に、自身のモノとは違う靴が映り込む。その時点で何か色々察してしまったシセルが、恐る恐る顔を上げると……激マブの女の子にガチ恋距離でガン見されていた。


「あなたは、りょうしゅさまの……むすこ?」


 あまりの近さで少女の瞳孔が開いているのが分かり……そのちょこっとホラーな光景に、心の準備などしていなかったシセルの心臓がきゅっと縮む。


(──まっずい! 向こうから話し掛けてキタァァァァァァ!!)


 そして無慈悲にも、首に死神の鎌がセットされ……いつでも斬首OK状態となってしまったシセルは内心で叫んだ。






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