ツリコツリの夜

そうざ

The Name of the Night is “Tsuriko-tsuri”

 久し振りに、そして気紛れに故郷へ寄ってみたら、その変わりように驚いてしまった。

 以前は古い木造の長屋やトタン屋根のアパートがひしめき合うさびれた町だったのに、今やお洒落な戸建てが建ち並ぶ振興住宅地の様相なのだ。

 そして何やら賑やかしい。

 もう黄昏時だというのに子供の集団や親子連れが往来を絶えず行き交っている。提灯が映すのは浮き足立った顔立ちばかりで、しかも妙ちきりんな装いばかりだった。

 これは日常風景なのか、何か特別な日でもあるのか。〔波浪迂因〕なる外来の祭事については、耳にした事があるくらいで実際に遭遇した事はない。断定出来る材料は何もなかった。

「よぅ、加古かこじゃないか」

 知っている顔が不意に人波を割って現れた。

「もしかして降木ふるき? それに負地おうじ? 越方こしかたも?」

 懐かしい顔ばかりだった。

「皆、今もこの町に?」

「やけに賑わってるもんだから、つい野次馬でさ」

「この辺り、すっかり変わったよな」

 すると、見知らぬ子供達が寄って来て何かを言った。が、僕達が様式を心得ていないと覚るが早いか、さっさと走り去ってしまった。

「あの子達、何て言った?」

「ツリコツリ……とか何とか」

「釣りを、する子を、釣る?」

「釣りか……皆でよく釣りに行ったなぁ」

「堤防に並んで」

「競い合ったな」

「一番の娯楽だった」

「海の町の特権だった」

 暫しの沈黙。誰の脳裏にもあの頃の風景が蘇っているに違いない。いや――の光景か。

 現在の住人は、ここに別の町があり、別の生活があった事を知っているのだろうか。

 或る日、知らない人達がやって来て子供を作り、その子供がまた子供を作り、暮らしを営み、文化をはぐくみ、掛け替えのない故郷と呼び始める――そうやって全てが塗り替えられた。

 何処まで行っても綺麗に整備された街路と色取り取りの電飾が、僕達を公園へと誘った。そこに待っていたのは、満ち足りた思い上がりを持ち寄ってつどう影法師だった。

「逆に、こんな夜に来て良かったな」

「あぁ、僕達よそものが居ても誰も違和感を持たない」

 あの日、あの時、遠い海の果てが轟いた。

 途轍もない巨大なうねりが歴史も笑顔も現実をも飲み込んだ。散り散りになった住民の中には、未だ彷徨っている者が少なくない。

 が、これ以上は何も言うまい。僕達の想う故郷でさえも、見知らぬ歴史を押し流して築いた借り住まいに過ぎないのだ。

「……そろそろ行くか」

「僕も皆と一緒に帰りたい」

「帰る? だろう。もう俺達に帰る場所なんかないんだから」

 皆で笑った。笑いはこんな遣る瀬ない気分の時にもよく似合う。

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ツリコツリの夜 そうざ @so-za

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