プロタゴニストとファムファタル
「人は何故、酒を飲むと思う?」
コト、と微かな音を伴って、アルミ缶が鉄製のフェンスの上に置かれる。
このビルの屋上からは、街を一望できる。
プラグマティズムの上に林立する
E-wasteの山々とバラック。
赤茶けた平和記念碑。
街の中心部に
「私が思うにね、酒を飲む事自体に特別な意味は無いんだよ。酒がある、っていうその一点が人を明日へ駆り立てるの。それを
松井はフェンスにもたれ、おもむろに口火を切った。
「あたしの希望はね、
松井の背後を、
羽音が周囲に少し響いた。
「
そう言うと、松井は体を180°回転させて、フェンスを抱くようにもたれかかった。
それから、屋上のコンクリートに転がる球形の機械を見やる。表面が僅かに黒く焦げている。
「カメラ壊すなよ...。あ〜あ、
溜め息が一つ。
「でも、いいんだ。元々、キミを撮るのは一回だけだったから。ホラ、見て。」
松井は、上空を飛ぶモニター付飛行船を指差した。
そこには「高宮航太」「ソードベントだ」「木村昴 逮捕」などの退廃的なニュースが広がり、女性アナウンサーが無機質な声でそれらを読み上げる。
松井は、その中の一つ...「改造人間、死ぬ」を示した。
「ちょっとだけ話題になってるよ。民間人を無差別に殺して回ってた怖〜い改造人間が、現場でポックリ逝ってたんだもん。本格的に調査が始まって、監視カメラの映像が世に出れば、きっと知れ渡るだろうね。悪を狩るヒーローの姿が。」
松井は続ける。
「後は、コツコツとキミが人助けをしていけば、
ふと、松井は
「てか、キミ話さなさすぎじゃない?あたしにばっかり喋らせて、可哀想だと思わないの?」
「いや、松井がずっと喋ってるから割り込むのはどうなのかなって...」
「逆だよ。逆。」
「俺は家でも学校でも一人が多かったし、友達も...友達も数えるほどしかいなかったから、その...人と話すのに慣れてないんだ。不快にさせてしまったのなら、謝る。すまんかった。」
「別に怒ってないですー。キミと話すと調子狂うから嫌なんだよ。後、キミはもうちょっと自分に自信を持てよ。そうポンポン謝るんじゃあない。」
「すまん...。」
「だーっ、詫びるな!!あたしは、キミのそういう愉快な真面目さが大好きなの!!」
「衷心、お詫び申し上げ...」
「カス!!!!」
松井は缶ビールを仰いだ。
「キミ、初めて戦ってどうだった?怖気付いた?」
ひろは、しばらく黙考した。
しばしの沈黙を破って、ひろの口が開く。
「...子供がいたんだ。」
「...ポエットだね。」
「俺は、この手で何一つ守れやしなかった。女の子の笑顔一つさえ...。もっと力が欲しい。守れる物はこの手で守りたい。俺はこの為に生まれてきたんだって、これからも生きてていいんだって...そう、思いたい。」
「ふ〜ん。ブレないじゃん。だから、腹筋してんだ。」
「うん...。」
松井はまたもフェンスの方に向き直って、体を預けた。
先程から腹筋し続けるひろを背後に。
「じゃあさ、まずあたしを笑顔にしてよ。」
松井は街の風景を眺める。
酷く我々の世界と
「
ふと、カラスの鳴き声がした。
「奴は、生まれた時から絶望してて、この世の全てを失くしたいと思ってる。奴は、その能力で悪い改造人間をい〜っぱい増やしてる。あ、キミが死んだ電車事故も、奴の手引きだよ。とにかく下劣で卑劣で悪い奴なの。最低で最悪で、死んでも死にきれないようなクソ野郎なんだ。」
カラスの鳴き声が、僅かに強くなる。
「殺してね。」
ひろから見て、松井の表情は伺えなかった。
ただ、その声色は黒かった。
チューブから捻り出したように淡々として、全ての絵の具を混ぜ合わせたように感情的。
そんな形容し難い声色だった。
「絶対だよ。」
松井は念を押すように言う。
「絶対。」
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