一年前にタイムリープした俺は六人の美少女を攻略する
憂木 秋平
第一章 タイムリープと六人の少女
第1話 人生はじめての告白と人生はじめての死
天井を見上げていた。何の変哲も無い、いつもの見慣れた自分の部屋の天井。ふと、時計に目を落としてみると時刻は16時30分あたりを指し示していた。カチリカチリと規則正しい音を刻みながら秒針が動いている。特に何を考えていた訳でもない。ただ、なんとなくその音と針の動きを眺め続けていた。しかし、それも秒針が一周する頃には目を逸らしていた。持て余した時間に区切りをつけ、ベッドから身を起こす。とりあえず、水を汲みに冷蔵庫へと向かう。その途中で、これから何をしようかと考える。特別にやりたいことがあるわけでもない。だったら、面倒ごとでも先に片づけようか。ちょうど、春休みの宿題というものが、おあつらえ向きに鞄の中に無造作に放り込まれているはずだ。他に代案も浮かばないため、あんまりにも柄じゃないけど宿題を進めることに決めた。
とりあえず、水を喉の奥に流し込み、気持ちを切り替える。歩くという行為、そして水の冷たさが、頭の覚醒を促し、面倒ごとに取り組む姿勢を形作る。鞄から、宿題を引き出そうとし、「…あれ?」と間の抜けた声が漏れた。
…ない。鞄をひっくり返してみても当然のように宿題は見当たらない。穴の開いていない鞄から宿題のみがピンポイントで消えるという不思議現象か、人の宿題を盗むような酔狂な人でも居なければ、十中八九は学校に置き忘れたのだろう。学校は開いているだろうか。一応、今日が終業式だったため、まだ開いていると信じたい。いや、そんな懸念は頭の隅に追いやる。どのような事情であれ、いずれやらねばならない面倒ごとなら先送りにする理由がない。手早く制服に着替え、髪を適当に整えてから家を飛び出した。
家から15分ほど歩いて学校に到着した。学校は閑散としていた。そんな中、駐輪場の近くで、猫と戯れている女子生徒を見かけた。青い髪で無邪気な笑顔を浮かべている。何がそんなに楽しいのか、いちいちオーバーなリアクションで猫と接していた。そんな女子生徒を流し目で見送り、玄関前まで進む。幸いなことに玄関はまだ施錠されていなかった。使い慣れた自分の靴箱に向かって半ば無意識に足を動かすと、自分の靴箱の前に人が居た。一瞬、自分の靴箱を間違えたのかと思うが、そんなはずはない。間違いなく自分の靴箱であり、そのまえに居る女子生徒は見知った顔だった。
佐藤真奈美、俺のクラスメイトであり、俺が校内で唯一と言っていい関わりを持つ生徒だ。全体的に地味ながらも薄幸そうな綺麗な容姿をしていて、何より優しい人だった。そんな彼女が心底驚いたような顔で俺を見つめ、ばつが悪そうにツインテールである自分の髪をいじっていた。
「今、帰りか?俺は、宿題忘れて教室に取りに戻ろうと思ってたとこなんだけど、そこ俺の靴箱だよね?」
「…あー、うん、ちょっとね。」
なんとも曖昧な返事をされ、こちらもなんて言葉を続けるべきか迷う。しかし考えてもみれば、人間誰かと話したくないときもあれば、触れられたくないことだってあるだろう。彼女と俺のこれまでの適度な距離感は、これ以上無為に会話を続ける必要が無いことを理解するには十分すぎるもので、俺は、「じゃあ。」と軽く片手をあげ、彼女の前の自分の靴箱を開けようとした。
その時、「待って!」と大きな声がした。
それが誰の声なのか、すぐには分からなかった。なぜなら、彼女がそんな大きな声を出したのを始めて聞いたから、今までの彼女の印象とあまりにも異なる印象を受けたから。
「…ごめんね、急に大きな声出しちゃって。」
「ああ、うん、別に良いけど、どうした?」
努めて平静を装い、何がそんな態度をとらせたのかを確認する意味で問いかける。
長い長い沈黙が続いた。なんとはなしに重い空気があたりを立ちこめているようで、実際の時間よりも沈黙が長く感じる。ついに、俺がいたたまれない気分で頭をかこうと手を挙げたときに、それがきっかけとなったように彼女は口を開いた。
「あの…ね。聞いてもらいたいことがあるんだけど、今ってちょっと時間あるかな?」
「大丈夫だけど。」
明らかに動揺しているにもかかわらず、こちらを気遣うような問いかけは、彼女の生来の優しさを感じさせるもので、自然と強張っていた体が少し楽になったように感じた。
「なんで、あなたの靴箱の前にいたのかというと、…実はラブレターをあなたの靴箱に入れた直後で。」
「笑っちゃうよね、すごいタイミングで遭遇しちゃうんだもん。」
「直接伝えるのが怖かったから、わざわざ手紙なんて書いたのに。」
とつとつと、拙いながらも、今の現状をこれでもかというくらいに明確に説明してくれた。そして、そこから一拍置くと、彼女は意を決したように再び口を開いた。
「…聞いてもらいたいことがあります。」
真剣であることを強調するためか、わざと敬語を使って言葉を始めた。
「もう分かってると思うけど、こんな状況になっちゃったから直接、自分の言葉で伝えるね。」
「あなたが好きです。」
その一連の言葉を、想いを受け取って、俺は何と言葉を発したら良いのか分からなかった。もちろん気持ちはうれしい。告白なんて人生で始めてされたし、されることを考えたこともなかった。ただ、その真摯な気持ちに応えてあげるだけの気持ちを彼女に抱いているかと言えば、答えは分からないだった。彼女のことは嫌いじゃない、むしろ好意的な感情を抱いているのは間違いない。それを男女の気持ちかは考えたこともなかっただけで。
「…返事は今すぐじゃなくても良いから。ちょっと考えてみてくれるとうれしいかな。」
彼女が助け船のように、言葉を発してくれた。なんて答えて良いか迷っている俺を見かねたのだろう。どこまでも優しい彼女を意識し、同時にそんなことを言わせてしまった自分があまりに情けないように感じた。
「ああ、分かった、真剣に考えてみるよ。」
せめてこちらも真摯であろうと言葉を返し、その後にこう続けた。
「今まで、告白なんてされたことなかったから、すごいうれしい。これが、今の嘘偽りのない気持ちだ。…だから、ありがとう。」
そう言うと彼女は少しうれしそうに、恥ずかしそうにはにかんだ。
「…ん、どういたしまして。」
そう言って、彼女はこの場から立ち去ろうとする。もうこれ以上この場で伝えたいことはないのだろう。何より、俺と彼女のいろいろな感情がない交ぜになったこの空間は居づらくて仕方ないに違いない。
足早な彼女に、「気をつけて。」とだけなんとか伝え、俺もようやく自分の目的を思い出した。胸にあふれるものをため息として一息に吐き出し、冷静になろうとする。そのまま無意識に靴箱を開けると、そこにはラブレターが入っていた。
…直接告白されたことで忘れていたが、そういえば、彼女はこれを靴箱に入れていたために俺に遭遇したのだということを思いだし、再び頬が紅潮していくのを感じた。
なんとか気持ちを落ち着け、自分の教室へと向かう。玄関から少し歩いた職員室の前で、同じクラスの女子生徒が立っているのを見かけた。何か仕事でも押しつけられたのか、それとも熱心に質問でもしているのか、どちらにせよこんな時間によくやるなと感じた。その時、ふと、先ほど自分に告白してくれた少女のことを思い出す。彼女はこんな時間まで一体何をしていたのだろうか、と。なんとなく不思議に思っていると、廊下の角からやってきた人物と肩をぶつけてしまった。
「すみません、ちょっと考え事をしていて。」
「気にすることはない。こちらも気がつかなくて悪かったね。」
そういって、ぶつかってしまった生徒は、本当になにも気にした風もなく、悠然と廊下の奥に歩いて行った。途中やっぱり少し痛かったのか肩の辺りをさすっていたが、わざわざ追いかけてまで、もう一度謝りに行く必要も無いだろうと、先に進むことにした。
教室は夕暮れで真っ赤に染まっていて、どこか幻想的に雰囲気をまとっていた。なんとなく、自分の席に腰をかけ、非日常的な真っ赤な教室に身を委ねた。感傷に浸りたかったのか、あるいは落ち着く時間が欲しかったのか。ただ、呆然と席に座っていた。
少しして、足音が響いた。ちらりとそちらを見やると制服の上に部活のジャージを羽織った生徒が隣の教室に入っていくのが見えた。なにか忘れ物だろうか。しばらくすると隣の教室から出てきて、来た道を戻って行った。どうやらその生徒は、俺と違ってこの景色と雰囲気に感傷を抱き、教室内にとどまったりはしなかったようだ。
そこで、俺も真っ赤な教室の呪縛から逃れ、目的を果たすために動き始める。自分のロッカーへと向かい、それを開けると中には確かに宿題が入っていた。ただ、不思議に思ったのは、どうしてロッカーの中に宿題が入っているのかと言うことだった。俺は、唯一の特技として記憶力が非常に良いと自負している。その自分の中の記憶にロッカーに宿題を入れたなんて言うものが存在しないのだ。しかし、現実にはロッカーの中に宿題はあったわけで、この疑問を抱く余地など、まるで存在しなかった。
とりあえず、ロッカーの中から鞄に宿題を詰め込み、多少の名残惜しさを感じながらも教室から出ようとしたとき、廊下から足音が響いてきた。先ほどの生徒といい、自分自身といい、みんな忘れ物をしすぎではないだろうかと、そんな自嘲めいた考えが脳をよぎり、廊下にいたその人物と目が合った。否、正確には目は合っていない、その人物はサングラスをつけていて目の動きが分からなかった。それだけではない。その人物はマスクをつけ、ぶかぶかの大きなフードを被っており、目だけでなく何一つその人物の特徴が分からないようになっていた。
真っ赤に染まった廊下に、明らかに異常な格好をした人物は、非日常感という意味で奇跡的に溶け込んでおり、何の違和感も抱かせなかった。それは、その人物が当たり前のように、友達の元に駆け寄るように近づいてきたからかもしれない。だから、致命的に遅れた。手を伸ばせば届きそうな距離にいたって、その人物はポケットからナイフを取り出し、それを俺の胸めがけて突き刺した。
…それを避けることができたのは偶然以外の何物でもないだろう。ただ、無様にも腰が抜け、その場に崩れたと同時にナイフが頭の上をかすめていっただけのこと。
「ひっ。」
声が漏れた。そこにいたってようやく自分が命の危機にさらされているのだという現実に気がついた。もう一度小さな声が漏れ、次には大きな悲鳴となって、その場を駆け出していた。無様に悲鳴をあげ、助けを請い、走った。
…死にたくない。誰でもいいから助けて欲しいと。真っ赤に染まった廊下を走る。その色は今や血のように感じてならなかった。全身に血を浴びているような、廊下の隅から隅まで血で満たされているような、そんな感覚。それは、もうすでに自分が刺し殺されたのではないかという錯覚にさえ陥らせる。心臓に手を当て、自分の存在を確かめる。心臓は早鐘を打っており、まだ生きていると言うことをこれ以上にないくらい実感させてくれた。
背中に衝撃。どうやら追いつかれて押し倒されたらしい、廊下に組み伏せられていた。
力の限り叫んで暴れた。そうすることによって一時的に拘束を逃れたものの、またすぐに倒される。
どうして。…何故。そんな疑問が頭を満たした。
どうして、こんなにも叫んでも誰も駆けつけてこないのか。確かにここに至るまで、何人かの生徒とすれ違ったはずだ。
どうして、この人物は迷いもなく俺を狙ってくるのか。まるで、最初から俺がこの時間に教室に来るのを知っていたかのように。まるで、俺を殺さなければならない動機があるように。
乱れに乱れた呼吸を直す暇も無い。その人物は今度こそ俺を仕留めるためにナイフを握り直した。
小さな何かが落ちた音がした。それは制服の袖についているボタンだった。それは、その殺人鬼のぶかぶかのフードの奥から落ちた。さっき暴れたときにほつれたのだろう。しかし、そんなものはこの状況を解決するためには、なんの役にも立たない。
手足は恐怖にすくみ、ろくに力も入らなくなってしまった。頭が体が本能的に理解したのだろう。自分に襲いかかる逃れられない死を。そう思うと、急に冷静になっていくような気さえした。頭の中に広がる疑問や、理不尽で不条理なことに対する怒り、状況の早急な打破を求める焦り、そんなものが引っ込んでいき、周りの景色が目に入る。
夕日は沈み、廊下は鮮烈な赤ではなく、暗みがかっていた。まるで、命の灯火が消えるように周りも暗く暗く。
気づけば、ぽつりと言葉を漏らしていた。
「俺って実は、長期休みの宿題は最終日までとっておくタイプだったんだ。」
そう言って、目を閉じた。
その発言の真意は一体何だったのだろうか。悔し紛れにぶつけた言葉だったのだろうか。本当は、今日ここに来るはずは無かったのだと。偶々、柄にもなく長期休みの初日に宿題をしようと思っただけだと。だから、お前の殺人計画はずさんだったと。あるいは、やっぱり慣れないことをするものではないという自嘲じみた感情だったのだろうか。
それを考えて答えを出すだけの時間はもう残されていなかった。
最後に見たのは、殺人鬼がナイフを振りかぶる瞬間。こんなにも唐突に死が訪れるなんて思ってもみなかった。
自分なりに、まあまあ楽しい人生を送れたんじゃないだろうか。ただ、そんな中で気がかりとして頭の隅に引っかかったのは、先ほどの告白だ。答えを返せなかった。せめて、あの時に答えを返すべきだったかもしれない。それが唯一の後悔。きっと、優しい彼女は返ってこなかった答えまでも抱えてしまうような気がしたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます